第三十話・「マキがいなくても」
騒がしい階下の音に引かれて、マキは静かに階段を下りていく。
抜き足差し足……まるで泥棒にでもなったかのように、階段を下りてダイニングのほうに向かっていく。
そっと扉から中を盗み見ると、まるで家族会議でも開くように食卓につく四人の姿があった。優雅に紅茶をすするカレン、寝起きのせいか苛立ち気味のハル、その直ぐ隣でハルにじゃれつくナナ。最後、三人に向かい合う形で座るうるわ。
――それでは、これより第一回、人型古代兵器対策会議を行います。
咳払いをしたところを推測するに、どうやら教師と生徒の構図のようだった。
その光景を扉の影から見たマキは、知らず体が震えるのが分かった。
体の内側から何かが燃え上がり、今にも爆発しそうなのに、足は一歩も前に出ず、声帯はちっとも震えようとしない。胸が締め付けられる痛み。心はざわつくばかりで、思考は乱されてばかり。
その全てにおいて、マキには対処のしようがなかった。
一応、扉の中に入ろうと脳が体に命令しようとするものの、まるでその権利がないとでもいうように、体は動くのを拒否し続けた。
……思い出すのは、昨夜のハルとのやりとり。
マキは心のざわめきに体を震わせながら、テーブルを囲む四人の会話に耳を傾ける。
マキの存在を無視するかのように、明るい雰囲気で話は続いていった。
ナナはハルに積極的にスキンシップを図る。まるでハルが大好きだった愛猫のニャン太を思い出させるよう。ハルもそんな思い出を重ねているからなのだろうか、言葉では嫌がりつつも、ナナを引きはがしたりはしない。どことなく昔を懐かしむようなまなざしで、ナナを見ていた。見守るような、優しい目。
無表情のうるわには信頼さえも感じさせる雰囲気で、カレンとのやりとりは、まるで犬猿の幼なじみを想像させる。ハルはそのどれにもぶっきらぼうな態度で応戦しているが、席を立ったりもしないし、心底怒りをあらわにしたりもしない。どこかハル自身が慣れていくようで、どこかハル自身が少しずつ変わっていくようで……少しずつ遠い人になっていくようで、マキは心痛を発する胸に手を置いた。
心の中で、マキは呟く。
――お兄ちゃん……お兄ちゃんはマキがいなくてもいいの……?
勝手に透けてしまう自分の体を抱きしめ、寒さに身震いする。
――お兄ちゃんが、マキを思ってくれないと……願ってくれないと……マキは……。
薄く透けた手の平には、赤い髪留めがある。
マキは願いを込めるように胸に抱いた。