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第二十五話・「俺は、何も願ってなんかいない」

「大丈夫よ、これくらい」


 熱い吐息は、大丈夫にはほど遠い。自分の体を抱くようにして不敵に笑ってみせるが、壁に体を預けることでしか立っていられないようだった。


「そんな強がりは聞きたくありません。まだ副作用が出ているはずです。カレン、どうかご自愛なさってください」

「いいのよ……私は。慣れていることだし……ね。それよりも、これでやっと分かったじゃない」


 カレンの体を支えながら、うるわはハルを見やった。


「《彼岸》は起動していたのよ。……こいつを助けるためにね」

「……」


 ハルはうつむいたまま。


「《彼岸》の起動が確認されて……そこで初めて、人型古代兵器は起動するのよ……。その逆はないわ。もしもそうなら……」


 言葉を切らして咳き込んでしまうカレン。長距離を完走したマラソンランナーのように荒い息づかいを繰り返す。上気した頬と、多量の汗は尋常な量ではない。


「カレン、後の言葉は私が継ぎます」

「……悪いわね」


 黄金の瞳をまぶたの裏に隠して、自虐的な笑いを浮かべる。


「そんな弱音はカレンには似合いません。言われると調子が狂ってしまいます」

「……憎たらしいメイド」


 小声でつぶやくカレン。

 うるわはかすかな微笑を浮かべたが、風に吹き飛ばされるように直ぐに消え去った。


「……ハル。あなたは《彼岸》を持っている。きっかけは何にせよ、ハルの父君である伊達シンイチロウが《彼岸》を起動させたのです。おそらくは、ハル……瀕死のあなたを救うためでしょう。そして、それに連動し、人型古代兵器が起動してしまった」


 うるわが言葉の後に唇をかんだ。


「当時最高のSAMが三人失われただけではなく、数少ない古代兵器の使い手も命を落とした。……その戦いのさなか、《彼岸》はハルの手に渡った。ハル自身が知らなくとも、おそらくハルの中に……。そして、年月が流れ――」

「あの二体の人型古代兵器が起動したってわけ」


 ため息をつくカレンを、優しく抱え直すうるわ。


「そうです。その間、人型古代兵器が起動することはなかった。チーム・ダテの事件後は、一度も起動を観測されていなかった人型古代兵器……起動が確認されたのは、ごく最近のことです。情報部が観測した古代兵器の起動は三つ。一つはこの近辺、そして残りの二つはこの町から少し離れた古代遺跡です」


 いつだったか、朝のニュースで大々的に取り沙汰されていたのを思い出す。コメンテーターの苦々しい表情と、荒々しい論調が朝に似つかわしくなかった。


「ハル、アンタ、起動させたのね?」

「知らない」

「嘘ね」


 即答に、即答で返される。


「俺は、何も願ってなんかいない」


 ――『一度だけでいい、もう一回だけでいい』


 ふいに脳内でリフレインしたのは、白と黒で彩られたホールで流れていた歌。


「願ってなんか……ない」

「ま、いいわ」


 室内に張り詰めた緊張の糸を断ち切るカレン。


「今日はこのぐらいにしましょ。疲れたわ」

「それならばなぜ起きてきたのですか……とはあえて聞かないことにします」


 ポケットから出したハンカチで、カレンの汗をそつなく拭っていく。


「うるわが珍しく異性と楽しそうに話をしていたから気になったのよ」


 意地悪な瞳がうるわとハルを往復する。


「な、なんのことだよ」

「な、なんのことですか、カレン」

「うるわにしては珍しく言いよどんだわね? 二人ともまんざらじゃないってことかしら?」

「カレン、何を根拠にそのようなことを。心外です」

「そうだ、勘違いするな。俺はただ、客人へのもてなしは、人として当然で、べつにそういう意味で――」

「あー、はいはい。悪かったわね」

「そうです。ハルも私もいい迷惑です。そうですね、ハル?」

「お、おう……いらない憶測でものを言わないでくれ」


 うるわの有無を言わさない無表情の眼力が、ハルの言葉を引き出した。

 すでに切られた緊張の糸は、セレモニーのテープカットだったようだ。陽気な雰囲気がくす玉からはじけるように広がっていく。

 その雰囲気を作り出した張本人が、疲弊した体を物ともせずにいやらしい笑みを浮かべる。黄金の瞳は悪戯心で輝いていた。


「『いい香りです。それに――優しい』『そんな味のするコーヒーを買った覚えはないけどな』『買えるものではありません。それがハルの味ですから』……ああ、なんて甘酸っぱいやりとりかしらね。ブラックコーヒーもこれじゃコーヒー牛乳ね」

「カレン! あなたという人は!」

「あらら、顔が赤いわよ、うるわ?」


 心なしか頬を赤くするうるわの頬を、カレンが面白がってつつく。


「止めてくださいカレン! いくらカレンでもこれ以上は怒ります。ハルからも何か言って下さ……ハル?」


 疑問符を浮かべたうるわの目に、真っ赤な物体が飛び込んでくる。


「……聞かれていた……聞かれていた……」


 自分の言葉を他人から聞かされ、改めて自分のしたことに身もだえるハルがいた。口を酸欠の金魚のようにぱくぱくとさせている。顔の穴という穴から、いまにも蒸気が噴き出しそうだ。うつむき、慌てて長い前髪で顔を隠すが、後の祭り。


「良かったわね、うるわ。うるわだけじゃないみたいよ?」

「…………カレン、あなたは二つの意味で病気です」


 そう言いながらも、うるわはカレンの体を支え続ける。


「病気でもいいわ。楽しいものが見れたもの……っと」


 背中を向けて歩き出そうとすると、とたんによろける。


「強がるのもあなたらしいです。カレン」

「……うるさいわね。前にも言ったけど、私は元々強いんだから――」

「強がる必要はない……でしたね」


 うるわがカレンの言葉尻を奪う。


「カレン、確かにあなたは誰よりも強い。強いからこそ、さらに強くあろうとする。それもまた強がりなのです」

「……難しいことは分からないわ」


 カレンが難しそうな顔をして、うるわに体を預ける。完全に体重を任せてしまっているのに、うるわは憎まれ口ひとつつこうとしない。

 去り際にうるわが振り返る。


「ハル、ありがとうございます。あなたが《彼岸》の持ち主で良かったかもしれない」

「……」

「おやすみなさい、ハル」


 冷めたコーヒーのカップが二つ、テーブルに残される。


「《彼岸》……人型古代兵器、古代文明、カレン、うるわ……俺は、暗記が苦手なんだ」


 混濁する情報に、知らず特大のため息をつくのだった。


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