第二十一話・「お兄ちゃんはマキのものです!」
機械的な声を漏らした後、ナナはすぐにまた動かなくなった。口下に耳を寄せると、わずかに呼吸はしているようだ。人型古代兵器、人型古代兵器と言われていたわりには、信じられないほど人間らしかった。心臓の鼓動を確かめれば一番確かだと思い、手を伸ばしかける。……が、腕の中に抱いているのは曲がりなりにも女の子だ。ハルは柔らかいナナの感触を感じ、今更ながらに顔を真っ赤にさせて目をそらす。
「お兄ちゃん!」
兄がそらした顔を逃がすまいと、顔を向かい合わせるマキ。体の痛みで立ち上がれないハルを、腰に手を当てながらにらみ付ける。
「お兄ちゃんは何をしたのか分かっているんですか!」
襲われたこと。日本刀で斬られかけたこと。危うく命を落としかけたこと。
ハルは目の前で繰り広げられる現実に、危機感に身を震わせたはずだった。
「……分かってる。それは分かってる」
「ちっとも、分かってませんっ! お兄ちゃんには私という恋人がありながら、他の女の子をお持ち帰りするなんて!」
「……悪かった、つい出来心で――」
ハルの斜め上を行くマキの想像にのせられて、ハルは危うく謝罪しかける。
「まったくもう! 浮気は男の甲斐性と言っても、マキ相手には通用しませんよ! マキは独占欲が強いんです! お兄ちゃんはマキのものです! たくましい二の腕も、強ばった頬も、筋肉のついた背中と、肩甲骨も……も、もちろん! たくましい、か、か……下半身だって……」
拳をぐっと握りしめ、天に向かって宣言する。後半は顔を真っ赤にしながらも、小声で言ってのけた。
「……三秒待ってやる」
腹の奥から絞り出すようなハルの声には気がつかない。
「あ……あれですか? 猫ですか? 猫がいいんですか? にゃ、ですか? にゃ、って言って欲しいんですか!? だったら、そんな得体の知れない女の子よりも、マキの方が絶対にいいに決まってるにゃん!」
ハルのまぶたが落ちてくる。眠いからではない、眉間にしわが寄っていくからだ。
「マキは猫にゃ! お兄ちゃんの可愛い飼い猫にゃん! あまりの可愛さに、お兄ちゃんは足下にすり寄ってくるマキを抱きしめて、頭や首もと、あんなところや、こんなところまでを撫で……違う違う――愛撫! してくれるんです……にゃん!」
納得のいく表現がマキの妄想の引き金を引いたのか、瞳がハート型に変わっていくようだった。ダクトに背を預けて休んでいる兄の腕を取り、顔をすり寄せていく。
「う~ん、ごろごろ……お兄ちゃん、くすぐったいにゃぁん……もう、手つきがえっちだにゃぁ……お返しに顔をぺろぺろしてあげます……えへ、えへへ、うへへへ……じゅる」
待てを命令されている動物のように、口からよだれをしたたらせる。我が姿のはしたなさに慌ててよだれを回収すると、頭の上に浮かんでいた甘美な妄想をかき消そうとする。やっとのことで雲に飛んでいってしまった意識を取り戻したときには、すでに兄のチョップが脳天に炸裂していた。
「うう……痛いにゃん……お兄ちゃんが、マキをいじめるにゃん……」
「ペットに手をかまれる前にしつけるのは、飼い主として当然だからな」
兄のチョップの勢いに、ダクトに顔面をぶつけるマキ。無惨に崩れ落ちながらも、執念深く顔を上げる。今にもダイイングメッセージを書きそうなほど、地面にはいつくばっていた。
「妹からペット……可愛がる、奴隷、調教、お兄ちゃん色に染め上げられるマキ……! うう、お兄ちゃんのサディスト……はぐっ!」
とどめを刺された。容赦なく打ち下ろされるエルボー。割れた脳天から立ち上る煙が、屋上に吹く風と戯れる。
容赦のない兄だった。
「でも……なんだ……その……感謝はしてる」
不器用な兄だった。