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第十七話・「黙りなさい」

「壊してやる……! 跡形もないくらいにバラバラにしてやる。上層部なんて私の知った事じゃない。塵芥にしてやる。この世から跡形もなく消してやる。生きていることを後悔させてやる。内部機械を引きずり出して、ネジの一本一本まで破壊してやる!」

「カレン、冷静に」


 拳を握りしめ、大きく開いた袖口を震わせる。カレンの怒りがうるわの肌にぴりぴりとした痛みを発生させた。

 風切り音がその秩序をなくす。

 通常ならばカレンの周囲で規則的に発生し、カレンの意識が敵に向いた瞬間に襲いかかる。それが今は、無秩序に周囲をのたうち回るばかり。床をはぎ取り、天井をうがち、テレビを粉々にする。暗闇の中で胎動する力の放出は、カレン以外の全てを敵視しているかのようだった。


「うるわ、よこしなさい」

「カレン!」

「いいから、よこしなさい。持ってるんでしょ? 《遺片いへん》を」

「カレン、冷静になって下さい。冷静になったあなたなら、古代兵器を制することは決して困難ではないはずです。ですから――」


 ナナに無防備な背中をさらすことになっても、うるわは主を止めたかった。腕を流れ落ちていく血を拭いもしないでカレンをなだめようとする。


「黙りなさい。主に逆らうの?」


 カレンのメガネ越しの眼光が、うるわの背を凍らせた。黄金の瞳は、闇夜に瞬くどう猛な獣そのもの。牙を立て、血をすすり、肉をはぎ取る。飛び散る血で、大地が深紅に染まっていく……。

 カレンのメイドであるうるわでさえ、そんな錯覚を見、噛み殺されるような心地を味わった。


「それは……」


 カレンの歯ぎしりが聞こえてきた。梅干しの種を噛み砕き、乱暴に吐き捨てる。梅干しの種は本来持つ色よりも赤く染め上げられていた。それは主の血。悔しさのあまりに口内を傷つけたのだろう。


「申し訳ありません」


 ポケットに手を入れ、《遺片》の感触を確かめる。カプセル状になったそれは、一見するならただの風邪薬にでも見えたかもしれない。握りしめれば簡単につぶれるし、大きさは小指第一関節にも及ばない。

 カレンは感謝の言葉もなくうるわの手から奪うと、口を大きく開けて舌の上にぽとりと落とした。胃で溶かそうとはせずに、噛み砕いてから嚥下する。味わうようにごくりと飲み下すと、美しいのど元がいやらしく蠢いた。


「さすがの乾燥干し梅でも、この味はやっぱり出せないわね」


 体を震わせるのは快感の証だろうか。怒りを忘れて舌鼓を打つ。


「……カレン、私は」

「気に病む必要はないわよ。私が望んだ。うるわはそれに従った。メイドとして正しい行いをしたまでよ。堂々と胸を張ればいい」


 唇をかむうるわ。自らの頭に冠しているカチューシャを、床にたたきつけてしまいたい衝動に駆られる。

 カレンが望んだことをした。

 結果的に発生する幸か不幸かを考えるのは私ではない。主が幸福であることが、私の幸せそのもの。たとえそれが刹那的でも、たとえ仕える者を守るのがメイドたる自分の役目だとしても、全ては主が望んだことだから。

 異議はない。正しいと思う。

 しかし、理解したはずの頭が納得に苦しんでいる。


「……『いかなる時も、冷静・笑顔・優雅であれ。かつ、最大の犠牲心を持って奉仕せよ』……私はそう誓いました」


 国際家政婦条項、冒頭の一節であり、宣誓式でも誓った言葉。笑顔すら満足に浮かべられないのに、メイド・インを名乗っている。そんな自分自身にいらだちを感じながらも、それを認めてくれたカレンという存在。主従関係にとらわれない自由奔放な、一風変わった主人。最大の犠牲心をかけるに足る大切な主人であると、真っ先に心が告げた。


「なのに私は……。最低のメイドです」


 主人の身にこれから起こる出来事を知っていながら、止めることもできずに、従ってしまうしかない。

 心の弱い自分。正しいことが何かも分からず、言いなりになるしかない自分。


「言っておくけど」


 風切り音がその鋭さを増す。殴りつけて破壊するようなスタイルから、斬りつけて両断するスタイルへ。前者が致命的な打撃の連続だとすれば、後者は全てが必殺の連続。威力も、速度も、領域も、全てにおいて格段に進化を遂げようとしている。


「うるわ、アンタは最高のメイドよ」

「いいえ、最低のメイドです」

「もう一度言うわ。最高のメイドよ」

「いいえ、最低のメイドです」


 メイドは主人に誠心誠意仕えることを仕事とする。でも、それはただ唯々諾々仕えることではない。最大の犠牲心を払ってしかるべき大切な主人、カレン。彼女が苦しむのを目の当たりにしなければいけない。守ること、いたわること。それすらできない自分自身。

 メイドなのに。日本でただ一人のメイド・イン・ジャパンなのに。


「ふん、言ってなさい。そうやってずっと」


 エプロンドレスの裾を握りしめて向かい合ううるわを通り過ぎる。かけられた言葉に慈悲はない。向き合っていた主人とは、背中合わせになったうるわ。


「待ってください、カレン」

「何?」


 背中越しに語り合う主従。うるわは耐えられなくなったように振り向いて、カレンの背中に言葉をぶつける。感情的になる自分を止められなかった。他人目には無表情、無感動に見えるうるわでも、胸中は痛みでふくれあがっている。

 痛みに耐えられなくなって叫び声を上げるような感覚に似ていた。


「専守防衛は私の理念です。援護させてください」

「邪魔しない程度に頼むわ。それと、後はよろしくね」


 後が何を意味する言葉なのか、うるわはその全てを理解した上で、しっかりとうなずいた。

 カレンが地面を蹴る。うるわもそれに続いた。


「ナナの腕が動かなくなっちゃったよぅ……」


 左手で地面に突き立った刀を引き抜くと、迫り来る二人を視認する。


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