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第十六話・「……お兄ちゃん、駄目なの」

 カレンを中心にして暴風域ができあがる。

 カレンから吹き上がる暴力的なまでの風圧に、散乱した電子部品やら、液晶テレビやらが、がたがたとざわめき出す。砂埃や、回路、ネジなどは身の軽さから真っ先にカレンの周囲から消え去り、カレンの足下は掃き掃除でもされたかのように綺麗になっていく。カレンを守護する無数の風切り音は、敵対者に対する警告音。接近すれば容赦なくたたき伏せるという絶対的な意思表示。


「上層部は捕獲を第一に考えているようだけど、それって逆を言えば稼働さえしていればいいってことよね」


 ゴシックロリータをまといながら金糸のような髪の毛を揺らす。だらりと下げた右腕の袖をはためかせ、平然と風を受け続けるナナを見る。天井に設置された蛍光灯が、暴風で次々に割れていき、ガラスがフロアに降り注ぐ。暗闇におおわれていく店内。蛍光灯が破砕し、火花がフロア全体に及んでいった。蛍光灯があらかた破壊しつくされると、唯一開いた外壁の穴から太陽光が入り込み、ナナとカレンを照らし出す。

 光を背負ったナナと、対峙するカレン。


「この前逃がした分、腕の二本や三本は破壊してあげる」


 吹き飛ばされてきたテレビのリモコンを、首をかしげてよけると、ナナはにっこりと笑った。


「ナナの腕は二本しかないよ?」


 納刀するように刃を後方に構えて体を落とす。黒のレザースーツがよれる独特の音。まるでたわめた筋肉の音を体現させるように聞こえる。今にも爆発せんばかりの力。


「カレン、古代兵器にも揚げ足を取られるのですね」


 兄妹をかばいながらうるわは目を伏せた。


「あんた達は一体……?」


 強風に目を細めるハル。


「あ! もしかしたらお兄ちゃん、この人!」


 ハルの腕を引くマキに、うるわは背中ごしに応える。


「お分かりいただけましたか。察しの通り、私とカレンは――」

「メイドさんとその付き人さんだよ! あのイベントの!」

「あー……お前がさんざんだだをこねていたアレか」


 兄妹間で一方的に納得していく様に、うるわがあっけにとられる。頭の上で輝くカチューシャがバランスを崩したように見えた。そんなうるわを見て含み笑いをこぼしていたのはカレンだった。どうやら、うるわの知名度がこの兄妹には通用しなかったことが痛快らしい。


「うんうん! でも、イベントにしては派手な演出だよね~、これだけ派手だって事はテレビカメラなんかあるのかな? もしそうだったら兄妹で芸能界デビューだねっ!」


 急に拍手をし出したかと思えば、兄の小脇に寄り添うマキ。

 どことなく立ちマイクを前にするような仕草を見せる。


「まぁ、そんなこんなで頑張っていかなあかんなと思うんですけど。ところでお兄ちゃん、私、お嫁さんになりたいという夢があるんです! ――というわけで、お兄ちゃんが夫役で、私が新妻役やりますね! あなた、お帰りなさい! 夜は私の中にお帰りなさいっ!」

「マキ、いい加減にしような」


 兄のチョークスリーパーが炸裂する。


「ギ……ギブ……ごほごほっ! 禁断の妄想をしてしまいましたっ! 違うんです、違うんです! あなた、お帰りなさい!」


 強引にも程がある話の戻し方だった。


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……た、わ、し?」


 背後から茶色のたわしを取り出す。


「私とたわしをかけたのですか。微妙ですね。……しかし、カレンよりは評価できます」


 カレンにちらりと視線をくれるうるわ。視線を受けたカレンは袖がはためく右手ではなく、左手で握り拳を作っていた。カレンの悔しさあらわに、うるわのリベンジ完了といったところか。


「お兄ちゃん、つっこみ、つっこみ」


 兄を指でつんつんする妹。


「……。なんでや――ねん!」

「ふぎゃん!」


 つっこみにしてはいささか度が過ぎるげんこつを受けて、フロアに沈むマキ。出来たてほやほやの巨大なたんこぶから湯気が立ち上っている。湯気はカレンが作り出す風の勢いに飲まれて、あっと言う間に消し飛ばされてしまった。


「あそこの馬鹿は放置決定として、そろそろ始めるわよ」

「にゃ? やっと始めるの?」


 おどけてみせるが、ナナはすでに臨戦態勢。微動だにしないまま、刀を居合いの定位置に止め続けていた。


「そうよ、始める――にゃ!」


 ナナの真似をしたカレンが眉間にしわを寄せると、風切り音が喜びの声を上げる。天井を引き裂き、転がる液晶テレビをたたき割り、複数の衝撃がナナを襲う。見えない衝撃の接近に、ナナの体がかすむ。カレンの予測以上の弾丸ぶりだった。歩数が二を数える頃には、自らを最大速へと連れて行く。舞い上がる破片に、ハルが慌てて顔を背ける中、ナナは大きくカレンを迂回して切り込もうとしていた。カレンの背後に回り込み、向かい風をくぐり抜ける。風切り音を背後に感じながらの接近にも、恐れを抱かないナナ。刀を滑らせて、カレンを胴体ごとまっぷたつにしようとする。軌跡は寸分の狂いなくカレンをとらえたかのように見えた。


「短絡的」


 ナナがその声を耳にしたときには、すでに体は暴風域の外にはじき飛ばされている。フロアを滑っていき、テレビ台に背をぶつける。木片に変わるテレビ台。


「まだまだ~!」


 体に反動をつけて起き上がると、ナナは再び切り込んでいく。風切り音を左右に感じて舞い上がれば、下から襲った風切り音に迎撃されて天井にたたきつけられる。五階の天井を突き抜けた先は、どうやらおもちゃ売り場のようだ。天井から落下してくる最新のゲーム機器とソフト。ゲームのパッケージを口にくわえたナナが、おもちゃと一緒に落ちてくる。口からパッケージを吐き出すと、ジャンプして六階に舞い戻る。戦いを放棄して何をする気かと首をかしげると、カレンの背後の天井が爆発した。滝のように落ちてくるフィギュアの箱に紛れて小柄な影が見え隠れする。ニヤリと笑うカレン。風切り音を走らせて、他のフィギュアごと影をめった打ちにする。何十という打撃を受けて転がる首。断面を見たカレンが舌打ちをする。それは等身大のフィギュア。


「ぶぶ~! はずれ~!」


 最初に開けた穴から落ちてくるナナ。顔中に歓喜を花咲かせ、刀をカレンの頭頂部に振り下ろす。吹き荒ぶ風をものともしない斬り下ろし。まさに風を切る光だ。しかし、カレンは回避運動を取らない。

 それは取れないのではなく、取らないだけ。

 カレンの不敵な笑みがそれを証明して見せた。またしてもナナは、カレンに斬撃を加えることも出来ずに弾き飛ばされた。天井をかすめて、プロジェクターコーナーに突っ込んでいく。誤作動なのか、上映を始めたプロジェクターに影絵のように照らされながら、ナナはふくれたように頬をふくらませた。

 一連の攻防を見守る兄妹は、ただただ感嘆を漏らすしかなかった。


「人の域を超えてる……すごすぎる」


 吹き飛ばされてくる破片をはじき飛ばし、兄妹を保護するうるわ。


「あれがカレンの姿……《アンタッチャブル》と恐れられる所以です。面倒くさがり屋が出した戦いの結論とでも申しましょうか。その場を一歩も動かず、相手を近付けさせず、当然触れさせもしない。《千手》を持つカレンにしかできない、カレンだけが作り出すことのできるテリトリー。ゆえに、カレンを中心にした半径約百メートルはカレンの絶対領域と言っても過言ではありません」


 流暢に説明するうるわの姿は自慢げだ。


「絶対……」

「そうです、絶対です」


 激突の激しさに目を奪われるハルの裾を、我知らずぎゅっとつかんでしまうマキ。


「お兄ちゃん……」


 寂しそうな声は風にかき消される。

 力と力のぶつかり合いに関心しながらも、マキは胸の奥を突く痛みに顔をしかめた。ハルの目をこうも簡単に奪ってしまえる攻防が繰り広げられている。大好きな兄の視線を浴びることのできる二人。敵味方はこの際関係なかった。

 マキがお兄ちゃんを助けるはずだったのに。

 大好きなお兄ちゃんに見てもらえると思ったのに。

 二人でピンチを乗り越えて、気持ちが通じ合うと思っていたのに。

 今は、ナナ、カレンという二人の少女に取って代わられてしまった。目を輝かせて見つめるお兄ちゃんの瞳の中にマキがいない。マキはお兄ちゃんの妹で、お兄ちゃんを守りたいの。奇跡的にお兄ちゃんのそばにいることができて、生きていた頃よりずっと強くなったのに。守れると思ったのに……!


「……お兄ちゃん、駄目なの」


 たまらなく悔しかった。

 私を見てくれなきゃ駄目なの。

 言えない言葉の先は、ナナが起こした爆発によって塗りつぶされた。

 飽くことなく攻撃を仕掛けるナナが、カレンをぐるぐると周回する。転がっている液晶テレビを軽々と持ち上げると、左手一本でカレンに投げつけていく。四方八方から投げ込まれる巨大なテレビの影に隠れつつ、カレンに接近しようという魂胆だ。テレビからテレビへ、残像を残してカレンに迫る。


「下手な鉄砲数打ちゃ当たるって、言い得て妙よね」


 戦いの中で深呼吸をする。右の袖に加えて、左の袖が震え出す。十数個という液晶テレビがカレンを押しつぶそうと空を舞う。そのなかを小柄な影が移動し、一撃必殺の機会を待つ。刀が反射する光は、舌なめずりをする捕食者の牙。

 ナナがしなやかに獲物を狙う豹ならば。


「全部破壊すればいいんだもの」


 カレンはまさに破壊を司る神。

 肺から吐き出す息は、体から放出される力に同じ。風切り音が倍になり、耳に幻聴を残すほど重なり合う。カレンを取り囲んだ液晶テレビが粉々に破壊されていく。

 一が二に。二が四に。四が八に。

 乗算のように解体されていく液晶テレビ。しなやかな豹の牙は、カレンの破壊的な衝撃波によって脆くも折られてしまう。テレビに身を隠すも、そのテレビが全て破壊されてしまっては意味がない。体を露呈させたナナは、右からくる風切り音に体を強打され、さらに左から来た風切り音にはじき返される。天井につり下げられた看板を巻き込み、ナナは地面にたたきつけられた。

 小柄な体がバウンドし、ナナの口から初めて血のようなものが吐き出された。ナナは後転を繰り返して体を起こすと、口のはしから流れ落ちる液体を手の甲で拭う。レザースーツは所々が破れ、肌が露出している。ボーイッシュな短髪をほこりまみれにしながらも、ナナは刀を構え直した。

 戦意を失うことのない瞳は、古代兵器である矜持だろうか。


「まだまだまだ~!」


 可愛らしい声を出して跳躍する。カレンはやはりその場を一歩たりとも動かずに、ナナを鼻で笑った。


「やるならとことん付き合ってやるわよ」


 実力に裏打ちされた自信が体からあふれ出る。左手の袖が落ち着きを取り戻したのは、ハンデとでも言うのだろうか。メガネの橋を左手で持ち上げて、三日月の形に唇を歪める。乾燥梅を口内で転がしながらの戦闘は、もはや余裕としか表現できない。


「むぅ……ナナも負けないから!」


 傲慢なゴシックロリータに一撃を加えるべく、ナナは動き出す。カレンとは逆の方に走り出し、天井に刀傷をつける。カレンはそれを馬鹿にしたように笑い、風切り音を向かわせる。刀をやたらめっぽう振り払いながら、ナナは天井、床、テレビ等、手近にある物全てに傷をつけていく。カレンの放つ正体不明の風切り音を自慢の柔軟性を生かして回避しながら、ナナはカレンの周りを疾駆し続ける。増え続ける刀傷は、どれもカレンには無関係のように思える。素人目には、古代兵器といえども錯乱したとしか思えないだろう。


「この黒チビ兵器……!」


いらだちは意外にもカレンだった。これまで立て続けにヒットさせてきた風切り音が、ここに来てかわされ続けている。支離滅裂なナナの動きに惑わされるように、カレンの心もかき乱される。


「カレン! 平静を――」

「分かってるわよ!」


 うるわが発した声をいらだたしげにたたき落とす。いつまで経っても向かってこないナナに舌打ちをして、カレンは風切り音を増やそうとする。落ち着いていたはずの左袖が緩やかになびき始めた。刀を地面に突き立てるナナ。右袖が発した風切り音を棒高跳びの要領で飛び越える。そのまま一回転して地面に着地。刀を居合いの形に構えると、切っ先を地面に引きずりながらカレンに突貫する。愚直なまでの猪突猛進。一直線にカレンに疾走する。


「馬鹿の一つ覚えね!」


 いらだちを破壊の衝動に変換するカレン。熱波がカレンから放出する。暴れ回る風切り音は、ナナだけでなく、周囲をなぎ払う。天井を瓦解させ、柱を粉砕し、床を陥没させる。龍がその身をよじるようにフロアが揺れ、構造がきしみ始めた。均衡を失いつつあるフロアを気にも留めずにに、ナナは火花を床に残しながらカレンを狙う。それだけならば、単純な攻撃だった。単純な攻撃のはずだった。

 カレンの直感が愚直なまでのナナの行動に疑問を持たせる。それは数多の戦場を経た者にしか得られない、生き残るための勘。単純な攻撃の前の、不可解な行動。

 カレンが対策を練るためには、時はすでに経過しすぎていた。

 背中を駆け抜ける汗。

 周囲を見るまでもない。ナナが刀傷をつけたその全ての箇所が赤くふくれあがろうとしていた。

 爆発する刀傷、ふくれあがる炎。

 着火。閃光。爆音。

 煙と破片がフロア全体を灰色に染めていく。いくら暴風域を巻き起こすカレンの《千手》といえども、フロア全てに及ぶ煙を払拭するには時間を要する。そして、人型古代兵器であり、スピードと柔軟性を武器とするナナには、それは絶対的な好機となる。


「カレン!」


 二度目の叫びは、うるわが加勢に向かう合図。エプロンドレスを振り乱し、煙の中に突っ込んでいく。もうもうと舞い上げる煙と吹き荒れる暴風の中、ナナの刃が光る。背中を走る悪寒を受けて、カレンは眉をつり上げた。久しぶりに感じる生と死の狭間。煙を切り裂き、抜刀されるひらめきは、迷いなくカレンの首に伸びていく。黒レザースーツがカレンに最接近した瞬間だった。

 数秒後、煙が凪いでいく暴風によって吹き飛ばされる。唯一の光源である壁の穴からの光が、舞うほこりと共に命の是非を映し出す。

 消失していく暴風域。

 ――風が、止んだ。

 カレンの首を襲った一閃は、カレンの黄金の髪を数本、切断しただけにとどまる。うるわによって刀は軌道をそらされ、フロアの床に突き刺さっている。ナナは目を丸くしてバックステップし、右腕を確認した。関節が壊れた腕はぶらりと垂れ下がっている。

 切り裂かれたエプロンドレス。じわりとにじむ赤はうるわの腕から。本人は涼しい顔をしてナナを見据える。


「……この私を」


 カレンは地面に落ちた自分の髪に体を震わせる。

 恐怖ではない、武者震いでもない、怒りでもない、もう一つの感情。


「この私を動かしたばかりか……この私に触れたですって……?」


 ナナの放った刀に、一歩、後退してしまった自分。


「――この私に!」


 それは純然たる、悔しさ、だった。

 コートの裾が揺れ、髪を逆立てる。黄金の髪が燃え上がるように波打つと同時に、カレンの放つ鬼気が微妙な均衡を保つフロアを揺らした。柱には大きな亀裂が入り始め、コンクリートがぱらぱらと剥落していく。爆風のごとき波動が再びカレンを中心にして発生していた。


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