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第十五話・「――アレ、使ってもいい?」

 メガネチェーンを首からぶら下げた金髪の少女が、激しい呼吸を繰り返している。非常階段をノンストップで駆け上がってきたのだろうから、その消耗はうなずけるというもの。


「体力のないカレンにすればいい運動だったと思いますが」


 カレンの背中を丁寧にさする。メイド服の少女は破壊されたフロアを一別すると、小さなため息をついていた。こちらはまったく息を乱していない。


「ゼェ……ゼェ……うる、さいわね……余計な……お世話よ。私はうるわみたいな体のつくりを……ハァ……ハァ……していないのよ」


 汗をハンカチで拭うと、カレンは鼻で笑った。


「それでは私が人外の化け物のように聞こえます」


 心外だといわんばかりに、無表情だった唇をとがらせる。


「私からすればうるわの体力は十分化け物よ」

「私からすればカレンの方が十分化け物に感じるのですが」


 馬鹿にするような笑みを浮かべたカレンに、うるわはしれとこたえる。


「なによ」

「なんですか」


 主従で火花を散らし始める奇妙な光景に、傍観していたハルが呆けたように口を開いた。


「あれはなんだ?」

「マキにも分かりません……メイド喫茶の店員さんではないでしょうか」


 腕を組んでさも考えるように装うマキ。


「どうしてこんなところに来るんだよ?」

「マキに聞かれても分かりません。マキはお兄ちゃんのことは何でも分かるんですけど、他のことには案外無知だったりします。ちなみに、お風呂で一番最初に洗う場所は、右腕で、次に胸回りですよね?」

「ああ、よく分かったな。って……なんで分かるんだ?」


 ぎろりとマキをにらみ付ければ、マキは頭の上に大きな雲でも浮かべて記憶の再生をしているようだった。目がうつろで、とろけるように頬をだらしなくさせている。よだれが今にも口のはしからこぼれ落ちそうになっていた。


「お兄ちゃんの……お兄ちゃんの服の上からでは分からない、想像以上にたくましい胸板がシャワーをはじいて……ううっ、思い出すだけで感涙のサービスシーンですっ! きゅっと引き締まったお尻や、力こぶ、盛り上がる背筋、伸びた前髪からしたたる水滴……うへへ……えへへ……はぁはぁ……じゅるり」


 兄の握り拳がマキの背後で震え始める。まったく気がつかないマキ。


「……はわっ! まずいまずい、よだれがこんなに出てしまいました……あれ? お兄ちゃんがいない? お兄ちゃーん?」


 マキの後頭部が影に隠れた。マキが背後で蠢く巨大な殺意に体をすくめる。

 間髪入れず、熊でも殴り倒さんばかりの力強い断罪の拳が、マキの脳天に炸裂した。

 銅鑼を叩くような大きな音が、フロアに響き渡る。


「あれは何よ?」

「私には分かりません……仲の良い兄妹ではないでしょうか」


 息を整えたカレンの問いに、あごに手を当てて考え込むうるわ。


「どうして一般人がこんなところにいるのよ?」

「私に聞かれても分かりません。……しかし、現状を把握すると、ただの一般人が人型古代兵器と相対した場合、ものの数秒で肉塊と化してしまうのは明白です。先の事件で最新の機器を身につけた特殊部隊でさえ一分ともちませんでしたから」


 分析した声は表情と同じく平板だ。


「カレン、先ほど感じた古代兵器の波動、抱いた感情をここでも感じますか?」

「え~と、そうねぇ……」


 腕組みをして精神を集中させた。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。


「相変わらずあの黒チビ兵器のいらいらする感じはするわね」

「黒チビ兵器……? 黒とチビ……あ、そういうことですか。分かりました、続けてください」


 理解に苦しむ表現をかみ砕き、それでも理解してみせるうるわ。


「あとは……かすかだけど胸騒ぎは感じるわ。特定はできないけど、このフロア中に充満しているような感じ。私が感知できるのはこれぐらいかしらね」


 鼻息荒く胸を張る。威張るようなことでも……と言いかけて、うるわはこちらをうかがう二人の兄妹に目を向ける。兄妹がうるわ達を警戒していたのは最初だけで、すぐに興味は失せ、すでに自分たちの世界に入り込んでしまっている。

 下されたげんこつ。頭を抱えて床をごろごろ転がる少女がとても痛々しい。


「この場にいるのは私とカレン、人型古代兵器――通称ナナ。加えて、あの一般人二人。どうやら、目的は果たせそうですね」


 金色のメガネチェーンがしゃらりと清澄な音を響かせる。目を開けてメガネをかけるカレン。視力の悪いカレンが一般人二人をしげしげと観察する。


「ふうん、じゃあ、あの前髪が長くて、暗そうで、人付き合いが苦手そうな冴えないひょろっとしたもやし男か、その下でもだえ苦しんで……もとい悦んでいる女が《彼岸》を持っているかもしれないって訳? ……女ならともかく、男の方だったら何とも頼りなさそうね」


 メガネのブリッジを指で上げる。企業面接の試験管も真っ青の審美眼。


「カレンは男性相手となると容赦ありませんね。表現が偏っています」

「悪臭を発する人間は例外なく男。厳しくもなるわよ」


 肩をすくめて、首を横に振る。大きく開いた袖が広げた腕に従ってゆらゆらと揺れる。


「もう! ナナを無視するなー!」


 刀をぶんぶんと振り回して、人型古代兵器が声を張り上げた。地団駄を踏むと液晶パネルがぱりんと割れて、フロアにひびが入る。無邪気さはあれど、力は人を優に超えている。


「あ、忘れてたわ」

「カレン、あなたって人は……」


 ぽんと手を叩くカレンに、うるわがため息。


「そこの二人!」


 カレンの大声に二人の肩がはねる。


「この私が直々に助けてやるんだから、ありがたく思いなさいよね!」


 居眠りをしていたら教師に指されてしまった。そんなリアクションを見せるハルとマキ。


「では、私はあの二人を保護します」


 つま先を兄妹に向け、メイド服の裾がひるがえる。


「待ちなさいうるわ。人型古代兵器は二体。その内の一体があの二人のうちのどちらかって事もあり得るわ、十分注意しなさい」


 組んだ腕をだらりと下ろすと、大きく開いた右の袖口が生き物のように動き出す。揺れる勢いは、弱から強へ。


「その気になってくれたようで嬉しいです、カレン」


 相好を崩すうるわに、カレンはどこか恥ずかしそうだ。


「ふん、言ってなさい。……それと、いざって時の話なんだけど、そのときは――」


 まじめな顔で訴えかける。うるわは言われずともその先を予測できていた。


「――アレ、使ってもいい?」


 袖口をはためかせながら、うるわに視線を合わせる。

 風もないのにばたばたと揺れる袖口に目を落としたうるわは、乾燥梅が入っているポケットとは反対側のポケットに手を当てて、頬を強ばらせる。脳裏をよぎる思い出に唇をかんでいるようだった。絞り出した声も、いつもうるわが発するフラットな声ではない。


「……駄目です。その代わり、乾燥梅ならいくらでも」


 手を添えた方とは反対側のポケットから、一粒の乾燥梅を取り出す。手のひらに載せた乾燥梅をカレンに差し出すと、カレンは仕方ないわね、といったように受け取り、口の中に放り込む。


「分かったわよ。これで我慢してあげる」

「お願いします。なるべく冷静に、自分を抑えてください」


 心底からカレンを憂慮する声だった。カレンはそれに軽くうなずいて返し、地面を蹴るうるわを見送る。


「やっぱりこの梅美味しいわ」


 ぺろり。

 妖艶な舌なめずりに呼応するように、カレンの周囲に無数の風切り音が発生した。

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