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第十一話・「《彼岸》という古代兵器を知っていますか?」

「カレン、聞いていますか?」

「……聞いてるわよ」


 中央道路を挟んで反対側に移動した二人。


「ならいいのです。先日破壊された遺跡から、起動が認められた人型古代兵器は二体と断定されました。一体目は少女型の古代兵器、つまり私たちが交戦したもの。もう一体は目撃例もなく現在も行方不明のままです。それに関係して、情報部から興味深い報告があります」


 歩き始めて一時間、収穫はまったくと言っていいほどない。


「興味深いのはうるわだけでしょ。私は興味ないもの」


 カレンはゴシック調に彩られた洋服店に興味を奪われている。


「……話の腰を折らないで、素直に興味を持ってください」


 カレンは十分ほど前から任務に飽きてしまって、ウインドウショッピングを始めてしまっていた。


「あ、この服、フリルがいい感じじゃない」


 腕を組んであらゆる方向から眺めながら考え込んでいる。ウインドウの中には、ギザギザとしたフリルが特徴的なワンピースが飾られていた。フェイクレザーのドクロパッチ使いが大人っぽい。

 いかにもカレンが好みそうなゴシック調の洋服店だ。


「カレンは《彼岸ひがん》という古代兵器を知っていますか?」

「それなりにはね……へー、なかなか良さそうな店じゃない、入るわよ」


 中の様子を確認して、カレンはためらいもなく店に入っていってしまった。うるわはそれに顔色一つ変えないで追随する。

 洋服店の店内は少し暗めだが、商品にはそれぞれスポットライトが当てられていて、際だつ個性をさらに強調するように仕掛けられている。店員は袖口の広いロングコートを着こなすカレンが気になるようで、ちらちらと視線を向けていた。


「《彼岸》は、かつて古代文明を一夜にして滅亡させたとされる禁断の兵器。数多と現存する古代兵器の中でも最高峰の逸品です」


 うるわはちらりとカレンを見る。

 カレンは先ほど外に飾られていたワンピースを手にとってなにやら分析している様子。


「ふ~ん、裾がアシンメトリーになっているから、ここからさらにロングスカートを履くっていうのもありなわけね……」


 うるわの話を聞いているのかいないのか。

 任務をどこかへ置き去りにしてしまっているカレンに、普通の人間なら文句の一つでも言うだろう。しかし、そこは付き合いの長いうるわ。カレンに聞いてもらおうと、淡々と言葉を継いでいく。


「その昔、古代文明の突然の滅亡にはいくつもの説がありました。天変地異説、戦争説から隕石衝突説まで。しかし、十年前……当時世界選りすぐりの発掘隊であった、チーム・ダテによって《彼岸》が北米で発見されてから、全ての説が覆されました」

「よく見れば、全面のグラフィックプリントもなかなか凝ってるじゃない。……でも、やっぱりドクロパッチが鬼門なのよ。私にドクロってあり得ないわ。五十点」


 手に取った洋服にカレンが興味を失ったところで、うるわはタイミングよく話を切り出す。


「《彼岸》と同じ場所で、現代科学では足元にも及ばない論文の数々が出土……今でもその半分は解明されていません。それが古代のたった一人の科学者によって書かれたというのですから、さらに信じられないことです。そして、その科学者が発案、設計、プログラミングしたもの……それが古代兵器であり、人型古代兵器。《彼岸》はその科学者が生み出した究極形といわれています。強く願えば全ての事象をねじ曲げてしまう。破滅も再生も思いのまま。そのあまりにも強大な力を恐れた科学者が、《彼岸》が起動させられないように人型古代兵器を使って守護させたと言います」


 ハンガーを横にずらしていくなかで、気になったものを素早くピックアップ。

 面倒くさいが口癖のカレンにすれば、本当に無駄がなく俊敏な動きだ。


「へー……あ、このベルト付きのスカート、なかなかやるじゃない。ベルトが赤で、スカートが黒。こういうの嫌いじゃないわ」


 洋服を選ぶカレンの動きに無表情のまま感心しながら、うるわはカレンの背中に語り続ける。

 飽くことなく語り続ける姿勢が、馬耳東風とばかりに流される。なんとも空しく感じられる光景。


「なによこれ、ヒップバッグがついているの? 王冠がモチーフになっていて……へぇ、取り外しもできるのね、やるじゃない。スカートの裾にはフリルか……セクシーさでも出そうっていうのかしら。デザインはいいんだけど、私には少し裾が短すぎるわね。同じゴシック調でもパンクファッションは私の分野じゃないし。六十点」


 少し乱暴にハンガーを元に戻す。ハンガーがポールにかかる、かちゃり、という音が静かな店内によく響く。

 その横で、念仏のように語り続けるうるわ。


「しかし結局は、時の権力者達の欲望の到達点にされ、それによって幾多にも及ぶ戦争が繰り広げられた……。その様を見た科学者は、人間に絶望し、自ら世界の崩壊を願ってしまった。書物にはそのように記されていたそうです。古代文明破滅の日、《彼岸》が願いを受け入れた日であると。そして、人型古代兵器は《彼岸》と共に長い眠りについたのです。二度と《彼岸》が起動させられないよう……」

「この黒のジャケット、色づかいはいいけど、フード付きでさらに燕尾裾っていうのが私の守備範囲外ね。五十五点」


 意外に厳しいカレンの採点に、店員が顔をしかめている。


「そのため、チーム・ダテは《彼岸》の発掘と同時に、起動した三体の人型古代兵器に襲撃されてしまうことになった。その後、長く激しい戦闘の中で《彼岸》は紛失。現在まで起動すら確認できていませんでした」

「ふ~ん……あ、このフリル付きのコート、私好みでナイスな感じ」

「ですが、今回の事件、その例に酷似していると情報部が報告してきました」


 話の核心を突こうというのか、うるわの声が幾分高くなる。


「一週間前に、この地域で、ある強力な古代兵器の起動を観測。ほぼ同時刻に、離れた遺跡で人型古代兵器二体が起動……偶然ではありません」


 力説したうるわの目の前には、ハーフ丈のコートを手に取り、鼻歌を歌いながら自分の体に合わせているカレン。

 うるわは、自分の背後に木枯らしが吹きすさぶような錯覚を感じていた。


「チェックのフリルが私の心をくすぐるわね……。最近こういうアクセントのあるデザインのを買ってなかったから余計に。パンクな感じなんだけど、どこかロリータなところが私に歩み寄って来てる感じ。黒が八、赤が二の色配分もよし、と。襟が高くて、ボタンが大きいのもポイント高いわね……背中もコルセットみたいにひもで縛るおしゃれな感じになっているし……こうしてひもを背中から垂らす感じの遊び心も……やるじゃない、合格点を上げるわ」


 店員がレジの後ろでガッツポーズをしていた。


「カレン、《彼岸》の起動は、必ず人を不幸にします」


 うるわの声に感情が加わり始める。


「一度は古代文明を滅亡に追いやり――」


 普段は聞くことのできない声色に初めてカレンの手が止まった。


「二度目は、七年前……人型古代兵器三体との死闘で、メイド・イン・フランス、メイド・イン・スペイン、メイド・イン・イタリア……当時世界最高と謳われた三人のメイドが命を落としました。もちろん、発掘隊チーム・ダテにも多くの死傷者が出ました」


 合格点を与えたコートを胸に抱えたまま、カレンはハンガーだけを元に戻す。


「カレン、あなたと同じ古代兵器の使い手も、その戦いで命を落としたのです。カレンはそれを知っていても何も感じないのですか? この任務に無関心でいられるのですか?」


 静寂の中に、強い口調が突き刺さった。店内の薄暗い雰囲気が、暗い過去の歴史を語るに一役買っている。明るい場所で語れるほど、うるわは度胸があるわけではなかった。尊敬する先人達が命を落とす。それは、メイド・インの称号を持つうるわにとっては胸を切り裂かれるほどに苦しいことだった。

 奥歯をかみしめ、静かにうつむく。白い指先は、いつのまにかエプロンドレスの裾を握りしめていた。


「言いたくなかったけど」


 止まっていたカレンの手が動き出す。再びハンガーに掛かった洋服を手に取り、素材やデザイン、縫い目などを確認していく。


「私の母もその戦いで死んだ一人よ。血はつながっていないけどね」

「……初耳です」


 顔を上げたうるわに驚きが宿る。


「同情されるのは大嫌いだから」


 手に取った洋服が気にくわなかったのか、ハンガーを戻していた。乾いた金属音が、店内に緊張感を漂わせる。


「うるわ」


 カレンにしては珍しく感情のない声。


「……はい。なんでしょうか、カレン」


 振り返ったカレンは、申し訳なさそうに唇をかむうるわを瞳に納める。

 かつてない真剣な顔のまま、黄金の瞳の少女は静かに言葉を紡いだ。


「この服、特権行為の一部として買えないかしら?」


 胸に抱いたコート掲げてみせる。


「カレン、あなたは……」


 カレンは微笑んでいた。主の微笑みを受けて嬉しくないメイドはいない。うるわは心の奥で大きくなっていく温かみを感じながら、何とか微笑みを返そうとする。

 うまくできる自信はないけれど、何とか感情を主人に伝えてあげたいと思った。

 感謝を伝えたいと思った。


「領収書は、防衛省遺跡管理局でお願いします」


 黒色のクレジットカードをポケットから取り出す。


「任せなさい」


 不器用なうるわの笑顔に、カードを受け取りながら笑顔で応えるカレン。うるわの手からカレンの手へと渡りかけたところで、カードはぽとりと床に落ちた。

 店内を駆け抜ける振動。

 洋服を照らすスポットライトが揺れている。


「……今のは?」


 振動と音が遅れて二人の体に到達する。


「この感触は……衝撃波です。地下からのものではありません」

「地震でないとすれば」


 胸に抱えた洋服を棚に置く。服に興味を示しているときではないと悟ったのだろう。カレンの瞳には、電気街を歩いていたときの疲労の色は微塵もない。


「爆発である可能性が高いと思われます」


 クレジットカードを拾い上げながら、うるわがカレンと視線を交わす。


「それにしては妙な感じね。胸騒ぎがするし、イライラする」

「古代兵器同士、またその使用者同士は、当人の感情はどうあれ引かれあう存在です。チーム・ダテはそれを証明し、《彼岸》にたどり着くことに成功しました。それが起動した《彼岸》であるならば、全ての古代兵器を引き寄せるほどの強さでしょう」


 洋服店を素早く飛び出した二人。何があったかと周囲を見回す人々の肩をはねとばして走るカレンと、人々の間を器用にすり抜けるうるわ。


「なら、起動しているというの?」

「完全ではないにしろ、起動していると考えられます」

「その根拠は?」


 息を切らしながらも、カレンは全力疾走で衝撃波の発生源に迫っていく。


「もしも完全に起動していたら、遺跡で人型古代兵器と戦う前に、カレンに今のような兆候が現れたはずです。それがないということは、まだ起動が不十分ということ。加えて、胸騒ぎとイライラは別物だと考えます。今はその二つが混在している。ということは、両方が近くにあるということで間違いないはずです。覚えていますか? 遺跡での戦いを。あのとき感じたカレンの感情を」


 息ひとつ乱さないうるわが、冷静に分析する。ガードレールを足場にしたかと思うと、そのまま高く舞い上がり、宙返りをしてカレンの隣に着地する。


「確かにね。イライラの元と、胸騒ぎの元ってことね、何となく分かってきたわ」


 金色の髪が走りながらはためく様は、まるで光のアートワーク。人々の瞳に鮮烈に焼き付く美しい流線。


「ですから、この爆発は……」

「あのナナって奴の仕業かもしれないってことね?」

「そうです」


 楽しそうに唇を持ち上げるカレン。


「それでもって、その近くに《彼岸》がある、と」

「そうです」


 うるわが大きくうなずくそばで、恐ろしい笑いがこぼれ出す。


「ふふっ……ふふふ……《彼岸》を追っかけていれば人型古代兵器が現れる……私を餌に釣りってわけ? うちの上層部もやってくれるわね!」


 吐き捨てた言葉と共に、大きく開いたカレンの袖口がばたばたとはためき出す。カレンが街路樹の下を駆け抜けると、葉が散り散りになって落ちてきた。


「カレン、冷静に。落ち着いて対処してください」

「さぁ? やってみないと分からないわね……っ!」


 駅前の高架線の先にそびえるマルチメディアビル。世界中の家電製品が集う巨大なデパート。

 その外壁から大きな煙が立ち上っていた。


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