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第十話・「……(ニヤリ)」

「さてと、気分も落ち着いたし……本命、探すわよ」


 うるわを伴って中央通りへ。

 右を見ても左を見ても家電量販店が建ち並ぶ。反対側に見えるひときわ目を引くデパートのような場所は、最近オープンしたばかりの巨大な家電ビル。カレンは上京したばかりの田舎者のように空ばかりを眺め、科学万能の時代、というかつて流行した言葉を思い出しているようだった。


「ここから探すのは容易じゃないわね」


 高架線をくぐって、メインストリートを並んで歩き出す二人。すれ違う人、店から出てきた人が二人に道を空けていた。店の前で呼び子をしている者でさえ、カレンが通り過ぎようとすると声を失った。ティッシュを配ろうとしていたメイド服姿の女の子は、渡そうとしたティッシュに逆にサインを求めてしまうほどだ。うるわはそれに流れ作業のように応対しながら、


「任務のこと、忘れていなかったのですね」


 わざと感心した声を出す。


「当たり前じゃない。さっさと見つけ出さないと、また上からあーだこーだとやかく言われるもの」


 頭をぼりぼりとかいて苦虫をかみつぶす。


「やれ、何で取り逃がした。やれ、遊びでやってるんじゃない。やれ、職務怠慢で給料を下げる……本当に公僕って嫌よねー」


 指折り数えるだけできりがないのだろう、カレンはすぐに数え上げるのをやめた。


「そういえばカレンは、若くして防衛省遺跡管理局に就職して以来、全てのボーナスを自主的に返上しているのでしたね」

「嫌なことを思い出させるわね……。そう……あれはまさに悪夢。ちょっとぐらい建物を壊しただけなのに! 自主的に返上というと聞こえはいいけど、それは世間一般を欺く偽りのい大義名分で、詰まるところは脅迫よ脅迫」

「ちょっと破壊しただけ……?」


 大きく首をひねる。うるわの記憶をよぎるのは、廃墟と化した町並みと、恐怖におびえる犯罪者達。書いてきた何百枚、何千枚という始末書の山々。いつのまにか完全にマスターしてしまったタッチタイピング。


「そ、ちょっとでしょ。ほんのちょっと。だってのに、がみがみがみがみ。上は頭が固くて嫌になっちゃう。本当、上司は選べないってよく言ったものだわ」

「カレン、声が大きいです。それに上司もそれをカレンに言われたくないのでは……」


 衆人環視もなんのその。オーバーアクションが余計に好奇の視線を集めている。


「ていうか、上層部はもっと柔軟性を持てっていうのよ。許可とか手順とか、面倒な書類ばっかり。大げさな手続きで手間取って、せっかくのチャンスを逃したらそれこそ一巻の終わりじゃない。無能って言うのよ、そういうの」


 道路を挟む家電製品にはまったく目もくれずに、歩道の中央を我が物顔で闊歩する。こぼし続ける愚痴はとどまるところを知らなかった。うるわはどこで息継ぎをしているのか不思議に思ってしまう。


「……それでカレンは独断専行、猪突猛進、獅子奮迅、被害甚大、賠償請求、賞与削除、不満蓄積、鬱憤解消、独断専行、猪突猛進――以下無限ループですか」

「まさに負のスパイラルよね」


 金色の髪を指にくるくると巻き付けてほどく。芯の通った髪は、すぐにカレンの背後に戻っていく。まるでシャンプーの宣伝だった。


「尻ぬぐいの書類を書いているのはもっぱら私です。ご存じですか? デスクワークは地味で辛いのです」


 恨みがましい声が、カレンの背中に寒波を吹き付ける。


「この話題終わりー、さて! 本命はっと……」


 冷や汗に頬をぬらす。カレンは混雑したメインストリートから逃げるようにして道を一本それた。


「カレン……」


 足下に小さなため息をついて、うるわは気持ちを切り替えたようだ。カレンにはいくら言ったところで分かってはくれないのかもしれない。そんな気苦労をため息に変えているようだった。同情を隠しきれない周囲のうるわファンも、そんな二人のやりとりに大きく頷いていた。


「まだ確証はつかめませんから、ここはしらみつぶしですね」


 そうして三十分ほど人通りの多い道を歩き回った末に、カレンが下した結論は。


「……面倒くさい」


 だった。


「我慢してください。人型古代兵器の起動確認からすでに三百時間以上経過しているのにもかかわらず、依然有力な手がかりは私たちが交戦した記録のみ。危険性の高さから公開捜査に踏み切れないとはいえ、野放しにさせておいていい時間はとうに許容範囲を超えています。本来ならば、前回の戦いで目的を果たさなければいけないところです」


 涼しい顔をしているうるわに比べて、カレンはひどく疲れた顔をしていた。太ももに手を置いて、大きく息をしている。


「相変わらず体力がありませんね、カレン」


 カレンの額にシルクのハンカチを押し当てる。


「仕方ないじゃない、私はこういうスタイルなのよ」


 鼻先から大粒の汗が地面に落ちる。


「その場を一歩も動かずに相手を圧倒する……《アンタッチャブル》の名に恥じないことは分かりますが、日常生活に支障をきたすのはまた別であると考えます。カレンの面倒くさがりは直したほうが賢明です。ついでに、好き嫌いの多さも」

「……なによ、説教する気?」

「いいえ、でも前回の戦闘の折に体力、および集中力のなさが露呈していたのを見かけましたので」

「う……」


 言葉に詰まった。


「今回こうしてめぼしい場所を歩いているのもそうですが、いざ戦闘行動に移ったらどうするのですか? 今回の任務、立っているだけでは済まされないかもしれません」

「人型古代兵器はその希少性から破壊せずに捕獲しろ、だっけ? 上層部も軽く言ってくれるわ。そんなに欲しいんだったら、自分でやればいいのよ」


 鼻で笑う。うるわは二枚目のハンカチで残りの汗を拭ってやりながら、カレンの言葉に続けた。


「上層部としては、そうしたくても自分たちできない。そして、それができる人間が限られているから、私たちにしか特命を与えていません。ですから、無理難題を押しつけられたと悪態をつくよりは、私たちの実力が認められ、信頼されていると捕らえた方が肯定的な思考だといえます。実は……それに伴い、私たちには非常時における特権行為が許されています」


 二枚目のハンカチをポケットにしまう。顔を上げるとカレンがきょとんとした顔でうるわを見ていた。


「聞いていないわよ、そんなこと」

「カレンは私にばかり任せず、通達書を一読してください」


 拭うほどの汗もかいていないうるわは、やはり涼しい声だった。


「ま、次回から読むからいいわ。で、その特権行為ってどこまでできるわけ?」

「お金で解決できることなら、ほとんど許容範囲でしょうね」

「……(ニヤリ)」


 うるわに見えないように顔を背けるカレン。その顔には特大の嫌らしい笑みが浮かんでいた。警察が見つけたら思わず職務質問をしてしまいそうだ。


「カレン、あなたの考えていることを当てて見せましょうか」

「ふふん、うるわに分かるのかしら?」


 腕を組んで胸を張る。


「大人買いをする気ですね?」

「さ、行くわよ」


 拭ったはずの汗が頬を伝っていった。


「カレンは単純すぎます」


 その声から逃げるように、カレンは歩く速度を速めるのだった。

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