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湖とロザリオと…

ハロルドの心を魅了した湖は小さな村から少し離れた森の中にあった

光の当たり具合で変化する湖面はいつまでも見飽きることがないほどの美しさ


「ここよ!ここに決めたわ!」

ハロルドは近くの岩場に腰を下ろし懐にしまっていたウィリアムからの預かり物、刺繍の美しい袋を取り出す


恐る恐る中を覗く…


ウィリアムから受け取ったあの日以来開ける事の無かった袋の中は…


『あの日のまま』


指輪も剣も曇り一つ無くハロルドが覚えている以上に輝いていた。


湖に葬る前にそのひとつひとつを手に取り目に焼き付ける


手渡す直前までウィリアムの指に輝いていた金の指輪はあの豪邸のギラギラゴテゴテ感とは違い、シンプルでセンスの良い美しい物であった


「きっとこれは奥さんが選んだのね!間違いないわ!あのじぃさんにこんなセンス無いもの!奥さんきっと素敵な女性だったのね…」


その素敵な女性であろうウィリアムの妻の指輪は細かい細工が美しい程よい大きさの赤い石がよく似合う華奢な指輪


「ほっそい指ね!小指にも入らないわよ!?」

罰当たりなハロルドは自分の小指に指輪をグイグイと押し込む


最後は息子の形見の剣…きっとまだ少年だったのだろう、少し小さめの剣には両親の愛情があふれていた


剣の鞘も柄も金細工で飾られておりそれは見とれるほど美しく、体の弱かった息子の希望か?それとも少しでも元気になってほしい親の願いか?鞘には翼を大きく広げ今にも飛び立ちそうな鳥の姿があしらわれている


「…みんな小さくなっちゃって…湖の底で家族仲良く暮らしなさい」

ハロルドは指輪と剣を袋に戻し一番深そうなポイントを探しながら湖の周りを歩く


時折肉付きの良い魚が飛び跳ね湖面に波紋を残す


「魚……さか…な!?って!ちょ!ちょっと待って!…こんな袋いずれ魚につつかれて湖の底で朽ち果てるだけじゃないの!?せっかく一緒に葬っても意味ないじゃない!」


袋から指輪と剣を再び取り出し、ハロルドは少し考え


「そうだ!ちょうど良いのがあるわ!!」

そう言うと自分の首から銀のロザリオを外し鎖部分をそれらに巻きつけた


鎖を指輪に通し剣にグルングルンと…

グルングルンのグルングルンに巻きつけた


二度と外せないように…湖の底で指輪と剣が離れないように


「まったく!最後の最後まで世話の焼けるじぃさんね!」

グルングルンに銀の鎖で絡まった指輪と剣を袋に納めぶつぶつ文句を言いながら狙いを定め湖へと放り投げる


最初は浮力で浮いていた袋もすぐに剣の重さで底へと沈んでいった


まるで親子3人でひっそりと暮らせる場所を見つけたかのように



「そしたらウィリアムのじぃさんがあたしの過去まで一緒に湖の底に沈めてくれたように物凄くスッキリしたのよ!…そう!便秘が治ったようなスッキリ感よ!!」

ハロルドはまるで今その状況を体感しているかのようにお腹に手を当て右回りにくるくる回した


「もったいない、自前の銀のロザリオまで一緒に沈めるなんて…」

もったいないと言ったもののハロルドにロザリオは似合わないなとイアンは思っていた


「もったいなくないわ…あたしの忌々しい過去よ…」


「忌々しい過去?ロザリオが?」


ハロルドはすでに無いロザリオを懐かしむように首もとに手をあてる


「あのロザリオは…湖に捨てたロザリオは幼い頃のあたしが初めて盗んだ物…初めて人から奪った物なの、そりゃそれまでちょっとした物を盗んだりしてはいたけど…高価な物を盗んだのはあれが初めて…」



初めての戦利品に嬉しくなった幼きハロルドはそれを自分の大事な宝物とし身に付けた


自慢げに首から下げたロザリオ


そのロザリオに刻まれていた文字


【Harold】


いつしかそれが彼の名前になった


「…名前…って」


「笑っちゃうでしょ?盗んだロザリオが名付け親なんて…親もいなけりゃ住むところもない…その上名前も無いなんて………ずっと『チビ』って呼ばれていたの、それが『ハロルド』って呼ばれるようになって…嬉しかったわ」


ハロルドはそんなロザリオをとても大事にした。家族のように…時には自分の分身のように


「そんな大事な物を何故急に忌々しいと?」

イアンは想像とは違うハロルドの過去に少し驚いた


「ウィリアムのじぃさんが悪いのよ!彼に出会ってから何もかもが変になったの!…奥さんと息子の形見を大事にしている彼を哀れだと思っていたけど…どこの誰だかわからない人から盗んだロザリオを家族だと思っている自分はそれ以上に哀れだって…痛感したの」

ハロルドは自分で自分に呆れる



「……ん?ちょっと待て…ハロルドのおっさん!あんた少し話し盛ったろ?」

怪訝けげん)そうな顔でイアンはハロルドを見る


「何言ってるの?何度も言わせないでよ~あたしは嘘は嫌いなの。どーせ盛るならもっと感動的な話しにするわよぉ」

薄っぺらい毛皮を羽織りハロルドは見張りへ出掛ける支度を整える


「だっておかしいだろ、おっさんには立派な呼び名があるじゃないか!戦いの時…勝利をもたらす男【ハロルド・スペンサー】って立派な名前が…だからロザリオが名付け親ってのは作り話しだろ!?」


扉に手をかけたハロルドの背中が一瞬ピクッとする

そしてゆっくり肩越しに振り向きイアンにニンマリ笑いかけ

「あれぇ~あたし言ってなかったぁ~?」



「………おっさん…まさか!?」




素手で牛の息の根を止めるほどの大男。強欲で冷酷そして孤独な老人…


【ウィリアム・スペンサー】



「なんて奴だ!?まさか!ウィリアムの名前を勝手につけたのか!?」

イアンは呆れて次の言葉が出てこない


「いいじゃない!減るもんじゃないし!それにウィリアムのじぃさんだってあたしのこと息子って呼んだのよ!きっと喜んでるわよ!それにそれに!ハロルドだって本当の名前じゃないのよ!?スペンサーくらい付けたって罰はあたらないわよ!それとも何か文句?文句ある!?」

開き直るハロルド


イアンはそんなハロルドに呆れや怒りを通り越し…彼の存在自体を消した


長い間、彼と付き合って習得した業


【無視】



「さてと…片付け片付け…」

器を片付け始めるイアン


「イヤ!無視しないで!もっと構って!」



【ハロルド・スペンサー】

彼がウィリアムに出会って変わったのは名前と生き方だけではなかった


いつしか彼の噂は 『裏切りのハロルド』から『根無しのハロルド』に変わっていた


そりゃそ~なる理由が…ウィリアムが絡んでいたから


ウィリアムとハロルド、二人で町へ買い物に行くたびに彼は商人や買い物客、吟遊詩人までにこう話した


「殺し屋のハロルドは『裏切り者』などでは無い!奴はただの『根無し』だ!奴は『根無しのハロルド』だ!!」



そんなハロルドが出掛ける頃にはすっかり森は深い霧に包まれていた

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