大きな手とちっちゃい手
霧が深くなり始めた暗い森の小屋の中
消えそうになった焚き火がプスプスボヤく
「死んだ?殺されたのか!?」
話しに夢中になっていたイアンは慌てて薪を火に放り投げる
「そう死んだの…でも殺されたんじゃなく…」
ハロルドは自分の手のひらをジッと見つめながら男達の会話をイアンに話しはじめた
彼らの話によると……
2日前の夜ウィリアムの屋敷から火の手が上がっているのを村人が見つけ村中総出で消火にかかったのだが、火の勢いが強く為す術が無いまま一夜を過ごした
そして夜明けとたもに全てを焼き尽し『もう燃やす物が無くなっちゃたよ』と言ったか言わないか炎は静かに勝手に消えていった
煌びやかだった屋敷は焼け焦げた無残な姿をさらけ出し、豪華な絵や花瓶、高級なカーテンや絨毯もすべて燃え唯一残ったものは…目と鼻の奥にツンっとしみる臭いと焼け残ったベットに横たわるウィリアムの亡骸だけ…
「ちょっと待て…ウィリアムはベットでは寝ないと言ってなかったか?ベットで寝るときは…自分が死ぬ…とき…!?まさか…自殺…」
イアンの目が驚きで大きくなる
「自殺と言うと…なんだか『終わり』って感じであのじぃさんにはあわないのよねぇ…彼の場合『終わり』と言うより『さぁ、始まりだぞ!』って感じなの…『ワシは行動した、お前はどう動く?』って言われたみたいな…」
相変わらずジッと手のひらを見つめるハロルド
「想像出来るのよ、屋敷に火をつけたあとベットの感触を感じながら大きな体をゆっくりと倒し手足を伸びるだけ伸ばし…あのベットならはみ出してるわね!…ふふっ…そしてきっとこう叫んだわ…『根無しのハロルド!約束だぞ!わはははっ!心配するな!ワシが肩を押してやる!お前の人生のキッカケになってやる!』ってね」
【変わる事に躊躇しているお前の肩を押すキッカケにワシはなりたいのだよ】
「わからない…生きているのが嫌なら全て捨てて逃げ出せば良かったのだ、見栄など張らず屋敷も宝もすべて投げ捨てて…」
納得がいかないイアンはハロルドに食ってかかる
「…そうね…あんたみたいに若ければそう考えたかも…大人ってややこしいものなのよ…最後の最後まで『強欲のウィリアム』を演じなければならない…愚かで馬鹿馬鹿しい人生…でもそれが長年生きてきて彼なりに出した答え…今更だけどあんたの言うとおり命を断ってあげたらよかった…そしたらウィリアムもあたしも少しは気が楽になったかもしれない…」
ハロルドは自分の手のひらに大きくため息をつき
イアンは弱気になっているハロルドが嫌でわざと嫌みっぽく問いかける
「後悔ってやつか?…それでウィリアムに肩を押されて心を入れ替えまともになったのか?」
見つめていた手のひらを慌てて左右に振りハロルドは
「まさかぁ…長年体に染み付いたものはそう簡単には落ちないわよ…あんただってそうでしょ?イアン。でも…心の何処かに入り込んだウィリアムの言葉がふとしたときに体中を這いずり回るの、寒い冬の夜や深手の傷を負ったとき…お腹が痛いときなんて最悪!その言葉が指先から足の爪までドロドロになって駆けめぐるの…あのじぃさんきっとあたしに呪いをかけたのよ!!」
本気で言ったのかどうかはわからないが…実際ハロルドはその後ほんの少したけだが何か変わった気がしていた
お金の為に人を殺したと言ったが本当はお金などどうでも良かった、今まで報酬で貰ったお金でさえ使わずにいた、いや使う必要がなかった。使う目的がなかった、ただ日々を過ごせる程度のお金で満足していたから
しかし少しばかりの夢はハロルドにだってあった
旅に出ること、行ったことのない土地に行き静かに暮らしたいと…
いったい何年前からの夢だろう…何時でも簡単に叶えられる夢なのに
いまだに夢のまま…
「あたしね、なんだか無性に腹が立ってきて酒場から出て支度をしたの。急いで旅出る支度をね」
ハロルドはウィリアムと奥さんの指輪そして息子の剣、それらを葬る為の【湖】を探しに旅に出た
「ウィリアムに肩を押されたって訳か?」
イアンは失笑する
「ふん!あんな大きな手に押されてご覧なさい!肩脱臼しちゃうわよ!!脱臼よ!肩ガックンガックンよ!そりゃ湖も探しに行っちゃうでしょ!?…それに比べてあたしの手って………ちっちゃ!」
ハロルドは自分の左手で自分の右手をぺしぺし叩いた
イアンは自分の手とハロルドの手を交互に見比べた
「…本当だな…女みたいに小さい手だな…おっさんよくそんな手で闘えるな?…それで湖は見つかったのか?」
ハロルドは上目遣いでイアンにニンマリ笑って見せた
「見つかったわよ、とびっきり美しい湖…目眩がするほどの美しい湖がね」




