見張り
細い糸のような月が登りはじめた頃
イアンは覚醒した
「…ぁ…あのおっさん…変なことしなかっただろうな…」
ゆっくり起き上がり後ろを振り返ると、焚き火の側で、ちっちゃなおっさんハロルドが眠っていた
やっぱり時々小さく小動物のように震えながら
「…何か変な病気じゃないだろうな…」
イアンはしばらくハロルドを観察する
ふと、焚き火が消えかかった肌寒い小屋とは対照的に自分が暖まっている事に気がつき不思議に思ったイアンはブラケットをめくってみた
すると…何とも言えない…個性的とでも言うのか、いろんな種類の動物の毛皮が縫い合わせられたマントのような【物体】がイアンの身体を包んでいた
見た目は…さておき
丁寧になめされた毛皮はとても軽くそして何より暖かかった
「…これ…おっさんが…?案外、器用なんだな」
【物体】はイアン体を覆うのに十分な大きさ
「こんな大きな…もしかして…俺のために…?」
ラルフの見張りに寒くては可哀想だと思う気持ちからだろう
「…まったく…何なんだ…」
イアンは起きあがると小さく縮こまったハロルドの体にブラケットをかけ、その側で小さくくすぶっている焚き火に薪を足す
力を取り戻した焚き火の炎は冷え切った小屋を一気に温める
「…仕方ない…ったく…行ってくるか…」
ハロルドとの【条件】を守るため【物体】を肩から羽織りイアンは小屋を後にした、想像以上の外の寒さに肩をすぼめる
月明かりは無くともハロルドから教えられたら目印を頼りに森を下り道無き道を進む
その道のりは…
「他に行き方はないのか!!」
イアンがキレくらい険しかった
ラルフの屋敷が近づくと、大きな木が二本並んでいるのが見えてくる。その間の崖を降り、そこからは人目につく事なくラルフの部屋が見える場所へとたどり着くことが出来た
イアンは手頃な場所に腰を下ろしラルフの部屋に目を向ける
「あんな所から落ちたのか…茂みがなかったら…」
ラルフに突き落とされた時のことを思い出す
「そう言えばあいつ、あのガキ…俺を押した後何か小声で叫んでいたな…!!…そうか!あのおっさん!あの時ここにハロルドのおっさんが居たのか!?」
微かに聞こえたラルフの声
【ハロルド この人を助けて】
うっすらとだったが確かに聞こえた
「どいつもこいつも…よけいな事を…」
マントを頭から足先まで全身を包むようにかぶり直し、イアンは隙間からラルフの部屋の窓を見つめた
カーテンが揺れ小さな人影が見える
おそらくラルフだろう
《ハロルドでは無いことに気づくだろうか?》
少し心配しながらもイアンはジッと部屋の明かりに浮かぶシルエットをみつめていた
次の瞬間、部屋の窓が少し開いたかと思うと白いロープのようなものが垂れ下がり、それをつたいラルフが降りてくる
シーツを裂いて作ったお手製のロープだろう
「おい、おい、まさかこっちに来るんじゃないだろうな…」
そのまさかで無事地球上に着地したラルフは全速力で駆け寄って来る
「…見張りの意味あるのか…?」
イアンは疑問に思いながらもラルフを静かに待った
目の前に現れたラルフは体全体で息をしマントに身を包んだイアンへ問いかける
「はぁ…はぁ…お前…誰だ!…ハロルドは…ハロルドはどこ…」
マントをずらし顔を見せたイアンにラルフは一瞬驚きの表情を見せ
「…お前!…ハロルドは!…ハロルドは!?お前に…お前ハロルドを殺したのか!」
大きな目を潤ませイアンを睨む
イアンは視線をそらさずラルフを見つめ
「まだだ!だがいつか息の根を止めてやる!」
真顔でそう言った
ラルフは大きく深呼吸をし
「…そう…良かった…」
そう言って肩の力を抜いた
【良かった】
『ハロルドが生きていた』
事が【良かった】のか?
それとも
『いずれ息の根を止める』
事が【良かった】のか?
たぶん前者だとは思うけど…
この二度目の出逢いを境にお互い無くてはならない存在へとなっていく事とは知らず
イアンとラルフはお互い次の言葉が出ず何も無い夜空をただ見上げていた




