預かり物
エマに手紙が届いてから、遅れる事ひと月と数日が過ぎた頃、ヴィッセルのところにも同じ手紙が届いていた
『届いていた』と言うより『あった』
ローランドからの手紙で頭を悩ませているヴィッセルの妻、ターシャの手に『あった』
彼女もまたヴィッセル同様その手紙に頭を悩ませていた
庭のベンチに腰掛け顔色のすぐれない妻ターシャを見つけヴィッセルは書斎から慌てて駆け寄る
「どうした!ターシャ具合でも悪いのか!?」
「あら?あなたお久しぶり」
ローランドの手紙で部屋にこもりっきりのヴィッセルをからかうようにターシャは微笑むとそっと手紙を隠した
「あぁ…びっくりさせないでくれ」
笑顔に安心したヴィッセルは彼女の隣へ腰を下ろし
「??…この手紙はなんだい?」
ターシャの手と膝の間、隠すようにある手紙を見つけ尋ねる
「…実は…」
ターシャは手紙が自分の手元にある理由をゆっくりと話しはじめた
体の弱いターシャは月に一度、薬をもらうため医者に行くのだが、ちょうど3日前いつものように町医者トーマスのもとを訪ねていた。
お薬をもらい帰ろうとするターシャを1人の女性が呼び止めた
トーマスの娘メアリだった
ぱっと見メアリだと分からないくらい深く帽子をかぶり人目を気にしている様子で
「メアリ?メアリなの?まぁ…どうしたの?」
と声を掛けるターシャ
「お久しぶりでございます」
まわりをキョロキョロと警戒しながらメアリは挨拶をした。
そして
「奥様のお人柄の良さ、優しさ…そして何より口の堅さは知っております。そこでお願いがあります!」
そう言うとメアリは手紙を手渡した。
「まぁ、なんて素敵なそしてなんて上品なお手紙でしょう…この手紙が?どうかしたの?」
ターシャは手紙を手に取りメアリに尋ねた
「この手紙を処分…いや!お預かり!1ヶ月!1ヶ月でかまいません!お預かりして頂けないでしょうか!?」
メアリは手紙とターシャの手を強く握りしめるとその場を走り去ってしまった
「ちょっと!メアリ!」
ターシャは急いで後を追ったがすでにメアリの姿は無かった
「それで君が顔を曇らせ悩んでいるのは?どうしてだ?」
ヴィッセルが尋ねる
「…その翌日、買い物の途中トーマス婦人にお会いしてわかったのですが…この手紙公爵様からの【舞踏会】への招待状だったの!」
「なんと、そんな素敵な手紙をメアリは何故処分して欲しいと?」
「噂ですが、その【舞踏会】は公爵様の息子の花嫁探しが目的らしいの…」
「ますますわからない、そんなチャンスを何故!?貴族と知り合えるせっかくの機会なのに!?なぜ!?」
ヴィッセルは顎をさすり考え込んだ
そんな夫を見つめ
「貴方は相変わらず恋愛に関しては鈍感ですね」
そう言ってターシャは笑った
「鈍感とは?どう言う意味だ?」
「今まで何度も私の付き添いでトーマスのところに行って気づきませんでした?」
「何をだい?」
「メアリとジョイスですよ!」
「ジョイス?ジョイスってあの医者の卵の?」
「そう」
「時々トーマスのところで助手をしている、あのジョイス?」
「そうです」
「2人が…どうした?」
あまりにも鈍感すぎる夫の膝をパシッと叩き
「2人は愛し合っているの!」
ターシャはヴィッセルを睨んだ
「まさか!あのジョイスだぞ!あの鈍くさいジョイスだぞ!お世辞にもかっこいいとは言えないジョイスだぞ!」
ジョイスを連発するヴィッセル
「彼は良い人よ!誠実で一生懸命で、何よりメアリを心から愛しているわ!」
ターシャはムキになってジョイスをかばう
「まぁ…そう言われれば悪い奴では無い、しかし医者の卵と言ってもまだまだ…結婚相手としては…」
そう言いかけ
「…なるほど、そう言う訳か!手紙を君に託した意味がわかったよ!」
ヴィッセルはまるでなぞなぞが解けた子供のように目を見開いた
「ホントにわかりました?」
「あぁ、彼女は、メアリはジョイスとの結婚を望んでいるんだね」
「そう」
「しかし、あのジョイスじゃ親が納得しない。だから隠れて付き合っている」
「そうです」
「しかしこの【舞踏会】の招待状を見た親は娘のメアリをぜひとも花嫁にと考える訳だ」
「特に母親はね」
「それでこの手紙さえ、招待状さえ無くなれば…」
「そう言う事」
ターシャは小さく拍手をしてヴィッセルを誉めた
「トーマス婦人は家中をひっくり返してこの手紙を探しているそうなの…まさか『私が持ってます』なんて言えないし…どうしたら良いのか…」
ターシャは深いため息をついた
ヴィッセルは目をつぶりしばらく考えていたが
「ターシャ…その手紙を私に預けてくれないか?」
「え!?」
困っているとは言え預かり物、簡単に了解は出来なかったが
「君に預けるのも私に預けるのも同じ事、そうだろ?口の堅さは君に負けない、だろ?」
そう言ってターシャへキスをした
「…なんだかキスでごまかされたみたい…それじゃ…大切に大事に扱うと約束して下さい、メアリにはあたしから伝えておきます」
「ありがとう、愛してるよ」
ヴィッセルは優しくターシャを抱き寄せる
「…ところで貴方…この【招待状】をどうするおつもり?」
不思議そうに問いかけるターシャ
「お嬢様、エマお嬢様へお渡ししようと考えているのだが…」
「お嬢様!?あぁ…お元気かしら…お会いしたいわ…でもエマお嬢様の元にも【招待状】は届いているのでは?」
ターシャは首を傾げる
「エマ様だよ!?あのエマお嬢様が【舞踏会】や【貴族の花嫁】に興味を持つと思うかい?【招待状】は今頃呆気なく川に捨てられているよ」
そう言われると何も言い返せないターシャ
「エマ様なら…ありえる…」
実際エマに届いた手紙は捨てられる寸前だったのだが、きれいな文字、高級な良い紙、美しいほどの刻印にエマも
「捨てるには…もったいないわね」
そう言って【手紙】は難を逃れた
しかし、捨てられるのと同じくらい引き出しの奥深くに忘れられてしまうことになるのだ




