頼れる男
二人を乗せ疾風のごとくとまでは言えないが、馬は森を駆け抜けてた。
小さなせせらぎを越えて少し行くとランドール家の屋敷が見えてきた。
けっして立派なとは言えないが、こじんまりとした趣向の良いお屋敷である。
「お嬢様がお戻りになられたぞ!」アルがさけぶと、執事のセルとメイドのキキが玄関先に現れた。
「お嬢様お帰りなさいませ!」
キキはアルフレッドに手荒に馬からおろされたあたしのコートと、ほとんど何も入っていない籠を受け取ると「ヴィッセル様達がお待ちです」と少し不安そうな声で居間へと促した。
(…達?他にお客様がご一緒なのか?)
居間へと急ぐあまりペチコートがまとわりついて転びそうになる。
鼓動の音と、かかとの音が広間に響いていた。
ヴィッセルはエマの父親が生前もっとも信頼を寄せていた執事で、金銭面や財産、屋敷の取り決めなど、ほとんどの事を任されていた人物である。
父亡き後は、エマの後継人となり、ランドール家に困った事があればどんな事でも、またどんなに遠くにいても適切しかも完璧に解決する切れ者で、ランドール家にとって、またエマに取って心強く、そして家族のような存在なのである。
しかし、2年前奥様がご病気になられてからは腕の良い医者が居る隣町へ移り住み余生を送っている。
それでも何か困った事があれば一番に駆けつけてくれた。
そう。
言い換えれば、今日、今ここにヴィッセル様がお見えになっていると言う事は…
今ランドール家に重大な問題が起きていると言うことになるのだ。
居間の前で少し立ち止まり2,3回大げさに深呼吸をし、いつもより重く感じる広間の扉を押し開けた。
重くゆっくり開いた扉の先にすぐさま白髪の老人が目に飛び込んできた。
「エマ!エマお嬢様!」
小さな頃から聞きなれたやさしい声
「一段と美しくなられて!あぁ…なんと素敵なレディになられた事か!このヴィッセルとても嬉しゅうございます!」
相変わらず大げさな誉め方で言われたこっちが照れてしまう。
白髪ではあるが背筋はピンと伸びていて眼光の鋭さも昔のままである。
「ヴィッセル様!お元気そうで!いつ会いに来てくれるのかと待ちわびていましたよ!」
二人は久しぶりの再会を喜び抱き合った。
昔と変わらない姿ではあるが、しかし確実に老いているヴィッセルを全身で感じてエマは目頭が熱くなった。
「今日は急に、どうされたのですか?」
ヴィッセルの胸に埋めていた顔をあげ、気を使ってなかなか本題に入れないであろう彼にに代わってエマが問いかけた。
エマを見下ろす優しい目が、悲しげな色にかわっていく。
その時はじめてヴィッセルの肩越しにもう一人の(居るであろう)客の存在に気が付いた。
「ローランド伯爵の使いの者だ」
そう言うとヴィッセルは彼を紹介した。
(ローランド伯爵??)
まったく聞き覚えの無い名前にあたしはただ瞬きもせずにヴィッセルを見つめるだけだった