記憶の森
子供の頃の記憶は森の中
お父様の大きな手に守られ、お母様の優しい腕に包まれて
草木の匂いや花々の色に染みつき離れない
ここに置いていこう
すべて置いていこう
この森に記憶も…自分の心も
二度と戻る事の無いこの森に
まだ夜が空けない森を一人歩く
歩き慣れたこの森とも明日でお別れ
夜明けを待つのも今日が最後
明日からは違う景色
自分の存在すら価値の無い世界
お父様とお母様が亡くなってから、周りの人々に助けられ何とか過ごしてきたけど
終わりは突然やってきた
夏の終わり…少し肌寒日に
あたしはいつものように森へ薬草と木の実を探しに出かけた
この森に入るのに護衛など要らない
必要なのは薬草や木の実を集める籠だけ
お父様とお母様が築き上げたこの村は平和で幸せな村
他の村のような争い事などとは無縁だ
その上、村の周りは実り豊かな森に包まれている
お母様とはよく一緒に森へ出かけた
薬草の知識や木の実の種類すべてお母様が教えてくれた事
ここへ来るとお母様がまだ側で見守ってくれている気がして何度も振り返っては探してしまう
目を閉じれば何時でもお父様とお母様が見えるのに
あたしの事を案じて一瞬たりとも目を離さない優しい眼差し
そう 今なら ゆっくり、そっと目を開ければ
あの大きな樫の木の下に…きっと
と、突然鳥の群れが飛び立ち辺りがざわめいた
突然の事に籠に積んだ草花も散らばってしまった
「ドキドキドキドキドキドキ…」
鼓動がはやくなる
急に不安に押しつぶされそうになる
手が 足が 鼓動が 麻痺して目の前のすべてが色を失う
あの時と同じ
お父様とお母様が亡くなったあの日と