黄金様の憂鬱で平穏な日常~同居人視点~
――四月――
麗らかな春の日。爽やかな風が頬を撫で、桜の木も満開を
迎えようとしている頃だったか。俺の住んでいるアパートに
奴が転がり込んで来たのは。
「儂の名は伏見稲荷大明神にして
陰陽師代行、黄金であるぞ!!」
「……は?」
奴は、ふさふさした金髪の耳をぴこぴこと揺らし、同じく
金色の尻尾を振り乱して、明らかに場違いな裾の短い巫女装束に
身を包み、自信満々といった顔でふんぞり返っていた。
ここから、俺と奴との奇妙な縁が始まったのだ。
俺の名前は杠葉葛谷。刑事をやってる。
とは言っても、交番勤務の新人警部なのだが。
奴――黄金は、ここへ俺の叔母にあたる「楓さん」に言われて
やって来たのだという。
目的は、神々の住む世界とこちらの世界の境界「逢魔が刻」
から発生する『穢れ』を祓い清める、平安の世から続いてきた
『穢れ払い』の任を果たす為らしい。見た目からはそうは見えないのだが。
というか、急にそんな事を言われた所で信じる余地もなく、挙句に
楓さんへ久しく電話をかける羽目になった。
――――あれから幾月が経っただろうか。奴の言う『穢れ祓い』は
何度か行われたものの、それ以外は「市井の見回り」と称した散歩しか
思い当たらない。現に今日も、俺の部屋に寝転んでテレビを観ている。
しかも、いつも履いている袴を脱いだ破廉恥な格好で、だ。
「おい、下くらい着ろって何時も言ってるだろ。」
俺が目を逸らしながら注意を促すと
「……ふう、今日は興味をそそられる番組がやっとらんな。
葛谷、何か儂を満足させるようなものは無いものかのう?」
と、肉付きの良い脚を上下させて、こちらの事はおかまいなしの
振る舞いだ。
「だから、ちゃんと下を着ろって……」
「おおそうじゃ!確かここに「げいむ」とやらがあったな!
あれで我慢してやろうではないか?」
「……はあ。お前な、人の話はちゃんと聞けって教わらなかったのか?」
「何を言っておるか!ちゃんと話は聞いておるぞ?
その証拠に、儂は褌を着けておるではないか!」
えへん、と言わんばかりの態度で腰に手を当て、こちらを馬鹿にしている
としか思えない態度を取る。だから、そういう意味じゃないっつうの。
「いいか?俺が言ってるのは「下を隠せ」じゃなくて「下を着ろ」だぞ?
何時も着てる袴はないのかよ!」
「ん?あああれか?あれは今天日に干してあるので履くことは出来ん。」
この返答に、俺は愕然とした。
「お前、あれ一張羅なのか!?急に『穢れ祓い』があった時
どうすんだよ!」
「んー……まあその時はその時じゃな。」
「おい!一応神様なんだから普段の格好に気をつけろよ!」
「何じゃ藪から棒に!そもそも儂の姿は一般人には見えぬと何度も……」
俺達二人がなんやかんや言い合っている所に、玄関のドアが
とんとん、と叩かれる音がした。
「葛谷さ~ん。ちょっと良いですか~?」
間延びした声が耳に届いたので、俺は奴との口論を後にして
玄関へ向かった。
「はーい!」
ドアを開けると、見目麗しいショートボブの女性が立っている。
彼女が、このアパートの大家である静香さんだ。
「あの~、また油揚げが余っちゃったので~、お稲荷さんに
してみたんですけど~。如何ですか~?」
「はいっ!大家さんが作るものなら何だって頂きます!」
「あら嬉しい~~♪それじゃあ、ここに置いておきますね~。」
「いつも有難うございます!」
「うふふ。それじゃ~。」
陽だまりのような笑顔を浮かべながら、大家さんはその場を後にした。
奴は一目散に走りより、俺の背中に抱き付いた。
「ほほ~う。葛谷、また大家殿からの差し入れか?」
こういう時、黄金の奴は目ざとく反応する。なんせ自分の
大好物だからだ。
仮にも神の分際で、涎が俺の頭にかかりそうな程に垂れ下がっている。
「うわ~い!おっいなっりおっいなっり~~♪」
「先ず手を洗ってからだ!それと大家さんへの感謝を忘れるなよ!」
「分かっておるわその位!うっしっし、久方ぶりのおいなりじゃ~♪」
……まったく、奴は本当に神に選ばれた『穢れ払い』なのか?
そればかりが気になって仕方なかったが、後に俺は、奴を本気で
神様だと思わざるを得ない日が来るだろうとは、この時欠片も
思っていなかっただろう。
「葛谷~!早くおいなりを持ってこ~い!」
「何だよ偉そうに、お前は俺にとっちゃ疫病神みたいなもんだよ!
まったく……。」
==了==
如何でしたでしょうか。今回は主人公の身近にいる人物、というより
第二の主人公でもある葛谷の視点から、物語を書いてみました。
この二人のコンビが、どのように読者様の目に映ったのか、是非とも
ご意見・ご感想頂きたい次第でございます。
人気があれば続編、連載もしようと考えておりますので、どうか宜しく
お願い致します。