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太刀使いの姫

出てきた途端に行方不明になる薫子ちゃんですが、そこは並の女の子ではありませんから、さて、何をしでかすのやら・・・


「如月家」


 その奥庭に、地に片膝を立て、片膝を折った体制で細身の太刀に手をかけ、正面を見据えながら、抜打ちの構えをとるひとがいた。諸肌を脱ぎ胸には白いさらしを巻き長い髪は高く結いあげて、まだ冷たい風の中、白い素肌にわずかな汗をかいているのか、小さな息をひとつ。間合いを測る。


 凛とした横顔は、童水干姿が不思議ではない少年のような面ざし。その唇の紅さと、華奢な骨格だけは隠しきれない少女のものであった。


「薫子」


 兼の妹・一応は当家の姫君である。

 「んなことあるかい!」

 と言わないでいただきたい。平安時代の姫君と言えば、暗い御簾の奥で、小じんまりと和歌なぞよんで、殿方の来るのを待つイメージだが、そんなのばかりではないのだ。珍しい生き物かもしれないが、たまにはこんなのがいてもよいのでは?


「薫さま、お客人がお見えでございますが・・・」


 抜き放った太刀を再び鞘に戻したとき、後ろから声がかかった。

 その声のほうへ振り向いたときには、もう「姫さま」の顔に戻り、太刀を使うようなかけらさえ見せない。


「お客?」

「はい、大層お美しい女性にございますが・・」

「兄さまの押しかけ女房ではないのか?」

「それならばそれで、うれしゅうございますが」


 子供のころから仕えてくれている老家人は、着衣をもとにもどしながら大股で歩く薫子の後をついて歩いた。老家人にとっては主といえどこの兄妹は頭の痛い存在であった。普通でよかったのではないか?

 (どこの家に、男に引けを取らぬ太刀を使う姫さまがおることやら)

 (二十三にもおなりであるのに、未だ嫁の来てがない若やら・・・)

 まあ、それぞれ理由はあるにしても、

「死んでも死にきれませぬ!!」

 が口癖の老家人は、奥の一室に案内されたその美しい人と、薫子をひそかに見比べた。


「薫と申します」

「瑠璃とお呼びくださいませ」


 名乗りあって、瑠璃は少し戸惑っている風だった。


「兄、兼は本日まだ戻っては来ておりませぬ。検非違使庁へ行かれたほうがよろしかろうかと思われますが・・」

 少し低めの声と姿は、年も同じころの少年に見えたのだろうか・・

「検非違使庁へは参れませぬ・・恐ろしいことが起きる前に、お力をお貸しいただきたくて」


 検非違使庁なぞ、普通行きたくはないものだ。

 荒くれ連中が大勢たむろして、都の治安を守るために日夜出入りしているところなのだ。そんなところにこれほど美しい人が行けるわけがない・・・


「兄を、止めてくださいませ。と・・宗也さまをお守りくださいませと」


 瑠璃の瞳から一筋涙が滑り落ちた。白い頬を伝う涙を薫子は不思議なものを見る思いで見ていた。よほど意を決してこの家へ来たのだろう。


「大丈夫でございますよ、瑠璃さま。何がおありなのですか?」


 それを語ってよいものか。瑠璃はかなり迷っている様子であった。


「私と、兄は都の生まれにございます。高貴なお生まれの御方について陸奥にて育ちました。」

 ぽつりと話し始めた内容が、自分がきいて判断するべきではないことがすぐにわかった。

 老家人も顔色が変わっている。それ以上に、瑠璃がどれほど心を痛めているかが感じられる。

「兄・野分のわけを売ることになりましょうとも・・」

 その人を守りたいのだ・・と言う。

 高貴に生まれながら、不遇の生涯を送ることになった人への想い。

 その人の名は「宗也」


「陸奥へ帰りとうございます。過酷な土地ながら、都よりはるかに時がやさしゅうございますゆえ・・」


 時が流れていた・・・春は少しずつ近づいてきて日も長くなってはいる。

 一人でここまで来たという瑠璃を送るために、薫子は館をでた。


 そして、そのまま行方不明になってしまったのだ・・・

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