本物の姫
少し兼の過去が出てきます。なぜそれほど荒れていたのか?そしてどうして更生できたのか?これからです。
あの夜、噂の夜盗「闇王」に出会ってから三日目。
検非違使庁で配下の検非違使達の調査結果を待った。
この時代医者ではない。あくまでも「薬師」である。
薬を調合するのが仕事。しかも薬草。
たいていは、ご祈祷で何とかしようという時代だったのだ。
都中の「薬師」を見張らせていた検非違使達から、怪しい動きをする「薬師」の情報が入って、兼は外へ出た。
「また、お出かけでございますか?」
自分を見張っているかのような部下の一言を、笑ってごまかして出たところに、まるで待っていたかのように横にお吟が並んで歩きだす。
どう見ても怪しい二人連れにしか見えない・・・
「どう見たかて、あんた、怪しすぎ」
「人のことが、言えるかよ」
道案内をお吟にしてもらいながら、兼はかいつまんで得た情報を口にした。こういうなりと仕事ではあるが、絶対の信頼を置いている相手だ。
「日野中納言か・・・」
「薬師」が出入りするという、怪しい貴族の名を聞いてお吟の声が少し曇った。
「知っているか?」
「まあね・・そんな夜盗にかかわるような奴やない、思うのやけど・・」
いうなれば、貧乏公家である。「日野中納言」
その館に、ここ数日「薬師」が何度も出入りしているという。
「気は弱いけど、それなりの野心は持ってるかもしれへん。なんせ、娘が一人いてるけど、たいそうな別嬪さんらしいて、それをどうこうとか・・・」
と、言いながら、兼の顔を上目づかいで見てくる。
「手、出しなさんなや!」
正面から釘をさしてくる。なにせ、そっち方面荒れていた時代があるのをお吟は知っている。昔のことだし、今の兼を見ていればもうその頃に帰ることもないだろうとは思うが・・・笑う兼は信じられないほど涼やかな存在に見える。
「日野中納言邸」
あちこち塀が崩れかけている。内部もそれなりかもしれない・・
前を通り抜けて角で足を止める。表を見張っていて確かに妙だと思える節がある。
こんな屋敷に何人かの若い男が出入りしている。この程度の屋敷ではせいぜい年寄りの家人か老女、いたとしても下働きの小娘だろうに。
「あっ、あれがここの姫さんえ」
お吟の声にそっちを見る。透き通るような被衣を頭から被りながらもその横顔の白さが目を惹く。お吟の言葉に嘘はなかった。
「なるほど、別嬪だな」
寺詣りからの帰りでもあろうか、供に一人、小女を連れているだけの姫。
その姫が、隠れるでもなく見ている兼に気付いたのか、不審げな視線を送って来た。とびっきりの笑顔を返した兼に姫は小首をかしげながらも、見つめ続ける。
「いやあ、本物の姫さんは恐れ気もないもんやねえ。これ、薫子ちゃんやったら、怪しいもん扱いされて、問答無用でばっさり、かもしれへん・・」
兼の背中に隠れながらぼそぼそつぶやくお吟の言葉が的確だから返事に困る。それでも姫はちいさくあたまを下げると、侍女をつれて門内へ消えた。
「ちょっと、見た?ぽっぺ赤かったえ。あんたの必殺の笑顔の犠牲者がまたふえるんやねえ。可哀想に・・」
「可哀想」と言いながら、どこかおもしろくなさそうなお吟
とりあえず今日はここまでで、あの屋敷の中を探る手だてを考えなければならない。押し込んで行くのは簡単だが、どうも、もうひとつ納得しきれていない。腕組みしながら都大路を吹く冷たい風に身を置き、あの透き通った横顔の姫を思っていた。
(うまくすれば、使えるな・・・)
まるで、兼の考えを読んだかのように、胡散臭そうな目でお吟が見ていた。