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月明りの中で

妹・薫子ちゃんのことが、ここで出てきます。兄である兼でさえひいてしまいそうになる行かず後家候補です。

 今宵、月は満月・・・

 のはずが、雲が厚い。時折切れる雲間から、見え隠れする。

 月が出れば、都大路は煌々と照らされることになるのだが・・・


 夜更けて、兼は宮中から堀川にある検非違使庁へ戻る途中であった。

  

 宮中で、会議に呼ばれて仕方なく出席する羽目になったのは例の夜盗騒ぎである。そこで、大貴族たちからいびり倒されてしまった。

 しかもその貴族筆頭が「四条内府」(しじょうのないふ)と呼ばれる、兼からすれば伯父に当たる人。亡き母の兄である。自分がこの人に目の敵にされているのには理由がある。しかし・・・


(なにも、薫子のことまで言うことはねえだろが・・)


 曰く、

「お前がいつまでも、それゆえに、薫子までが嫁にも行けぬ。よい加減にみっともないなりで、洛中を出歩くのはやめよ」


 会議が終わってから呼び止められて、いびいびいびられ続けたのだ。

 言い返せるわけもなく、ただ頭を下げているしかなかったが・・


(嫁に出すならとっくに出しているっての!)


 そう、縁談なら、それこそ星の数ほど来ていた。(ここ、過去形・・)

 当人の薫子が言うのだ。


「兄さまによいお方が来て、私を導いてくださるようなお方であれば、嫁にまいります」

 殊勝な顔して言うが、どこに薫子を引っ張って行けるような奴がいるものか・・。


(父上、母上、お許しください。俺はあんなふうに育てるつもりはなかったのですが)


 馬上、考え始めると思いがぐるぐる廻る。

 その耳に少し前方の闇の中、何やら、諍いの声がする。

 それに交じり、太刀のぶつかり合う音までする。

 乱れた足音がいくつも闇の中から飛び出してくる。

 が、そこに兼達、検非違使がいるとは思ってもいなかったのであろう。

 すぐそばで、立ち止まる気配がした。仰天しているといってもよい。

 その時である。

 

 雲が、切れた・・・


 月明かりは周囲を明るく照らし出し、同時に馬上の兼をも照らし出した。

 そのあまりの秀麗な面立ちに賊達の中にも、動揺が走る。


「そこの賊ども、この頃洛中を騒がせるのは許し難い。検非違使と遭遇したのは運の尽きよ。おとなしく縛に就くがよい」

 兼の周囲にいた検非違使達が、賊に向かって散開する。

「検非違使だと?ならば、「桜花少将」か?」

「その名を知っていてくれるは光栄なれど、わが名は「如月 兼」」

 問いかけた声の主はまだ若い男であった。その顔もまた月明かりに照らし出される。


(どこぞで、見た顔だが・・?)


 賊に向くような顔ではない。それで、思い出した。

(そうか、あの時の・・)


 確か、「おとめ組」を見に行った時、自分を見つめて笑いかけた男。

 だが、男はあの時の自分と、今の自分が同じとは思ってはいないようであった。

 そりゃ、違うわな・・・

 一応、宮中に出入りするときは正装、(といっても、兼の場合は普通に狩衣になるだけだが)である。今はそのなりである。

 それは、宮中において東宮はじめ、中宮の許可も得た略式正装なのだ。

 いつ何が起きるかわからぬ職務ゆえそれが許される。


「俺が名乗ったのだ、そちらも名乗るが礼儀であろう」

 馬上の兼はまだ太刀を抜いてはいない。

 兼の視線を受けたまま、若者はゆっくりとその横を移動する。


「闇王!早よう、逃がれよ!」

 

 仲間の声が飛ぶ。しかし「闇王」と呼ばれた若者は躊躇を見せた。

 思いがけないことだった。

「できぬ!皆を置いてなぞ行けぬ!!」


 周囲をまた、闇が包み始める。その前に検非違使達が動いた。

 あちこちで、戦闘が始まった。あたりに血の臭いがし始める。

 どちらがどうなっているのか、闇の中では同士討ちにさえなり兼ねない。


「やめよ!!」

 兼の声が闇に響く。

 いくつもの足音が横をすり抜けてゆくのを感じながら、馬上で兼はその人数を数えていた。

 「闇王」側は六人。早々と消えた諍い相手は五人ほどか・・?


 再び、月が姿を見せた時、地上にはいくつかの血だまりができていた。

 検非違使側にそれほどの手負いはいない。


(ならば、薬師よな・・)


 検非違使「如月 兼」の頭脳は次の手を打つために月の明かりの中で動き始めていた。

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