舞姫・瑠璃
お吟さんの言葉は、京ことばで書いています。話しているときは何とも思いませんが、いざ、文字にするのは、大変やなと。つくづく、普通にしといたらよかったと、思っています。
兼とお吟の口げんかは今に始まったことではない。
要するに、両方とも大人げないのだ。なんのかの言いつつ、双方が互いの身を案じているらしいことは、基之にもわかって来た。
突然、「どーん!」という太鼓の音が周囲に響いた。
「お出ましどっせ」
お吟の声に舞台を見た。前後左右から大歓声が沸きあがる。
「なつ!」
「ちか!」
だのの、声が飛ぶ。
美しく着飾った娘たちが、右手から流れるような動きであらわれた。
今様を謡っているらしいが、歓声が大きすぎて聞こえない。
扇がひらひら舞っている。が、みな同じ顔に見える。
「なんだかな。皆同じに見えるが・・・」
娘たちの名を呼ぶ若者たちには、見分けが付いているのだろうか?
「ごひいきさんやったら、見分けくらいつくもんどっせ」
(そんなもんか?)
後ろから押されながら、腕組みをし仁王立ちの兼と基之に
「そこの兄ちゃん!でかいのは邪魔じゃ!」
歓声にまぎれて声が飛ぶ。そっちに顔を向けた兼を見て、周囲の空気が変わったのを、基之もお吟も感じたのはいつものことだ。
頭一つ出ているせいか、なかなか兼の顔まで見ることもないが、見てしまえば、たいてい息をのむ。
圧倒的な美貌である。その目が意識的に冷たい・・・
舞姫たちに目を移した兼は、その姿に妙な違和感を感じた。
「おい、あれって・・・」
「ふむ・・そうみたいだな・・」
基之も感じたらしい違和感は、いっそう高くなった歓声に消される。
「あれが、瑠璃どっせ」
居並ぶ舞姫たちの中央から、一際美しい衣装の舞い手が現れた。
(ほう・・これは、美しいな・・)
宮中であまたの美女を見慣れている兼と基之も、思わず感嘆したほどの美しい舞姫。その舞姫の視線が不思議なことに、何度か兼と基之の上を動いていくことに気がついた。一度はしっかりと、兼の視線をとらえさえしたのだ。
短い時間ではあったが、「おとめ組」という存在を見たのは職務抜きで面白いものだと思った。これほどに人は熱狂するものだと、初めて知った。
が、頭のどこかで、危険なものも感じている自分がいる。それは検非違使としての直感だったかとも、思ったのは、のちの話であるが・・・
「天寿丸、瑠璃にガン飛ばされてたやん」
変に鋭い所のあるお吟は笑う。
堀川にある検非違使庁へは帰らずに、お吟の店へ立ち寄ることになったのは熱気に充てられたところもあったからだが・・
「あんたさ、無駄にきれいな顔してるさかいなあ。そやけど、なんで女の子はこんな男に騙されるんやろねえ」
「人聞きの悪いことを言うな!!騙した覚えはない!」
「そうそれが問題なんやね。あんたは何の気もなしに見つめて、ただにこっと笑っただけでも、女の子は、誤解するねんな」
周囲に闇が近づいてくる、逢う魔が時である。人々が足早に家路に就こうとしている。ふと、だれかに付けられているらしいことに気付いた。
「まあ。二人とも、何ぞでしくじったら、いつでもうちが拾うたげます。多少険があるし、とうもたってるけど使い方次第やからね」
そう、お吟の商売は貴族の男相手の仕事である。も一つ言うならお吟は男である。見かけは女の姿で、何人かの美形の少年たちを使いながら商売しているのだ。そんなことを言いながらお吟の館へついたときは、すっかり日も落ちていた。表で少年たちに出迎えられて、お吟は中の一人に何やら耳打ちした。その少年は兼と基之に愛想よく笑うと、隙のない身ごなしで表へ出て行く。
館は小さいが、それなりに小奇麗に整えられた部屋がいくつかある。
灯りの入った部屋へ通されてからしばらく。
先ほどの少年が現れた。
「どやった、あの男・・」
「へえ、姐さんの読み当たりどした。お二人のこと聞いてきましたえ」
「なんて答えたんよ」
お吟の問いかけに、少年はシレっと答えた。
「へえ、あのお二人は、姐さんのヒモどすって、言うときました」
「ヒモ?!」
兼の声が、ひっくり返った。
「それでよしよし」
「ちょっと待て!!それの、どこがいいんだ?!」
基之も反論を試みるが、そんなもの、海千山千のお吟にかかればちょろいものである。
「なに?文句あるとでも?ええか、あんたら、素性がばれておみ。職務だけやない、家族にも災いかかるいうことや。覚えときや!」
確かに、命を狙うものが知れば、ここで立ち回りになったりする可能性がないとも限らない。その後、どうなるか?次狙われるのは家族だ。
「なあ、天寿丸、なんかの時は、薫子ちゃんをここへよこしや。いくらあの子でも、対応しきれへんこともありますやろ。こんな兄ちゃんもったあの子が可愛そうやもん。あんなええ子が・・」
「あほ!こんなとこへ置いとくほうが危ない!」
「大丈夫やって。そら、薫子ちゃんは凛々しい。男の子やったら惚れてまうけど、幸い、女の子やん。ここは、女の子は大丈夫なとこやで」
その言い方があっているのかどうだか、困惑するが、お吟が薫子の身を案じていることは、いつも感じている。それは、妹に対するような気持ちであろうことも・・・
「少しは薫子どののことも考えたほうがいいかもしれぬな。お吟の言うことも、一理あるぞ」
基之にまで言われては、己の行動も考えねばならず、兼は考える風に虚空へ視線を漂わせる。
そんな兼を二人は気遣わしげに見ている。なぜか、ほっとけないやんちゃな兄弟を見ているような・・・
そんな、夜は、更けてゆく・・・・