第3章 異世界って大変だ
「……なあ、ルシル」
「わう?」
「髪の毛を口に含むのはやめてくれないか?べとべとする」
「むう」
俺は先ほど助けたオオカミ少女、ルシルにそう言った。言えばすぐにやめてくれたので、かなり素直ないい子である。ルシルは盗賊たちから奪った、比較的きれいな服を着せているが、サイズが全く合っていないのだ。どっかの服屋さんを早めに探して買ってやらねば。
俺は今ルシルを肩車しながら街道を歩いている。時計がないのでよくわからないが、そろそろ日が暮れる時間になりそうだ。
俺が歩いているのは今日の夕飯に何か食べるものを探す必要があるからと、少しでも人がたくさんいる場所に近づきたいからだ。奪った食糧はまだあるのだが、不安はやっぱりあるので、少しでもいいから多く確保しておきたい。人が多くいる場所については、ルシルの鼻できちんと探知できている。
やっぱり助けて良かったと本当に思う。
まあ、人がいるところには明日の午後くらいにならなければつかない場所らしいのだが。
だが、夕飯の確保の方は必須である。俺もルシルも結構お腹がすいてきたのだ。俺は一食ぐらい抜いても平気なのだが、ルシルの方はそうはいかない。捕まっていたりしたことでろくな食事をとれてないうえに食べ盛りである。12,3ぐらいの年頃の子にはきついだろう。
「……エーイチ、あそこ」
「んン?……おお」
視線の先に赤い角を生やしたシカのような生き物が草を食べていた。
食事をしている今がチャンスである。ルシルをそっと地面におろし、ナイトを鞘から抜く。
「いいか?絶対ここにいろよルシル」
ルシルは首を縦に振る。
「何かあったら大きな声で俺を呼べよ?すぐに行くから」
大きく二回、首を縦に振る。
「じゃ、行ってきます」
「気を付けて」
俺は大きく跳びあがり、スルスルと木を登っていく。
本当に楽々登れる。『祝福の腕輪』すごすぎだろ。
木と木の間を跳躍して、赤いシカの真上の木にたどり着く。
「なあ、ナイト。お前あいつのこと知ってる?」
「ああ、確か『イビレーゼル』とかだったか。角は高く売れるが、気性が荒いためかなり危険だ」
そうか、とつぶやき俺はナイトを構える。危険な奴ならば、一撃でさっさとけりをつけたほうがよさそうだ。軽く呼吸を整え、俺は木の上から飛び降りた。
狙いはイビレーゼルの首。振り下ろされた一撃は首と胴体を分断する、はずだった。
野生の勘か、ギリギリで攻撃をかわす。薄く皮が切れ、血は出たがイビレーゼルには何の支障もない。
憤怒に目を真っ赤に染め、俺に対して角を振り回す。ナイトを間に挟み、何とか防御したがゴロゴロと転がりながら吹っ飛ばされた。すぐさま追撃してきたが、俺はすぐさま態勢を立て直し、角をよけて今度こそ胴体から首を切り離した。
「ふ~、ちょっとヒヤッとした」
「よくぞ持ち直した。さすがは我が主だ」
俺は手際良く内臓を取り、簡単に血抜きする。
「手慣れたもんだな」
「いやあ、こういうことに興味あったもんで調べたりしてたんだよ」
作業した後、機嫌よくルシルのところに戻っていた途中で俺はある重大なことに気が付いた。
……どうやって火をつけるんだ?
そうだ。ここは俺の世界とは違う異世界なのだ。火をつける道具など簡単に見つからない。
テレビで見たような原始的な方法で火をつけるしかないのか、と思ってルシルのいるところに戻る。
驚いた。本当に驚いた。
なんとルシルが火を起こしていたではないか。
「こ、これ、どうやったんだ、ルシル……?」
「?魔法でだけど?」
そうだった。この世界には魔法があるのだ。
「おおっ!えらいじゃないか!」
「わふー」
大きく胸を張って威張る姿がかなりかわいかったのと本当にすごいなと思ったので頭を思いっきり撫でまわす。満足そうに笑う顔は更にかわいかった。
「んん?魔法だと?」
「どうした、ナイト?」
「あ~、いやなんでもない」
ナイトの態度は少し気になった。今日の夕飯はイビレーゼルの肉と奪った食糧だ。
イビレーゼルの余った肉はマジックバックに入れておく。この中に入れていれば肉をくさらせなようにすることが可能なのだとか。しかしこいつの肉チョーうめー。
夜。『闇の支配者』でテントと寝袋を作る。
俺は寝る前に自身のステータスを確認しておく。
【名前】 間宮英一
【称号】 魔剣使い 異界の剣士
【レベル】 LV.14
【装備】 学生服(上)(下)『夜を行くもの』祝福の腕輪
【スキル】 闇の支配者 闇を喰らうもの 暗視 歴戦の戦士達の技 全能力向上 幸運
レベルが14にまで上がっている。一気に上がったのはよいが平均がどれぐらいなのかがよくわからん。
まあ、おいおいルシルか他の異世界人に聞けばいいだろう。
もう一つの称号についてだが、これは特定の行動やイベントをこなすことで手に入れることのできるものだそうだ。それぞれではあるが、手に入っている者に対して色々な恩恵や補正を与えてくれるらしい。便利である。
そんな風に検証していたら、急に眠くなってしまった。色々な疲れが出たのだろう。
明日に備えて寝ておくことにする。
朝が来た。ルシルに魔法で火をつけてもらい、朝ご飯を食べる。少し休憩してからまた歩き出す。
予定通り午後に人のいる場所に着いた。
「なかなか大きいな~」
「がう」
「そうだな。この世界では小都市と言っていいぐらいだな」
不意にルシルが顔を険しくする。
「エーイチ、この村襲撃されている」
「ええっ!?」
「血の匂いがすごく濃い。昨日のうちに襲われたのかも」
「……まじか」
よく見れば、明らかに荒らされた家が何軒かある」
「魔獣か?」
「ちがう。鉄の匂いもするから多分人間」
「……」
まさかこんなイベントに出くわすとは。さすが異世界といったところか?
「……そ、それは……」
「うる……!……まってろ!」
遠くの方で声が聞こえる。
「エーイチ、あっち!」
「!わかった!!」
急いでルシルの指さしたほうに向かう。
そこでは6人の盗賊風の男たちに、1人の少年が必死にしがみついている。
「お願いです!それは父の残した唯一の形見なんです!!」
「だーかーらー、うるせえっつってんだよ!!」
盗賊は苛立ちながら足で少年を蹴飛ばし、腰にさしたサーベルを引き抜く。
「だったら、テメエも親父のところに送ってやるよ!!」
そういって少年に対してサーベルを大きく振りかぶる。
「やっべえ!!」
完璧に間に合わない。が、ルシルは俺の肩から飛び降り、一気に走っていく。
サーベルが当たる直前にルシルはその男をけっ飛ばす。
「てっめえ、いきなり何しやがる!!」
「獣人種だ!生かして捕えろ!金になる!」
そんな風に騒ぎ立てる男たちをしり目にルシルは少年に声をかける。
「大丈夫?」
「えっ、あ、はい!」
「そう、よかった」
そういうとルシルは全身に力を入れ始める。途端にルシルは毛深くなり、手足がオオカミのそれになる。男たちは驚愕を隠せない。
「な、なんだこいつ!?」
「じゅ、獣人種じゃあねえのか!?」
「に、逃げ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
大きく叫びながら、突進するルシル。もはや一方的な虐殺である。
そんなルシルを呆然と眺めている少年に俺は声をかける。
「あ~、ちょっといいか?」
「ひっ」
「なに、怪しいもんじゃない。ちょいと事情が知りたいんだ。場合によっちゃ手を貸すけど?」
「わ、わかりました」
こうして俺たちは村の望む望まないに限らず、村の騒動に巻き込まれていく。
次回、一方的な英一ターンです