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     三

 ソロモンブラザーズの経営破綻の危機を救った話は面白かった。

 アメリカ中のあらゆる会社を調べ尽くしていったバフェットではあったが、ハイテク部門には一切投資をしなかった。理由はよく分からないからだと言う。自分が理解出来ない分野には決して投資をしない、徹底していた。

 そのことでインターネットの登場の時、バフェットは散々にコケにされた。マイクロソフトやインテルなどのハイテク部門の株が倍々ゲームで跳ね上がって行ったのである。だが彼は動じなかった。信念を決して変えなかった。

 やがてインターネットバブルがはじけ、企業はバタバタ倒産していった。マイクロソフト、グーグル、ヤフー、アップルなどのごく一部の会社のみに集約されていったのである。

 皮肉なものでバブルがはじける前は、何度助言しても耳を貸さなかった者たちが、またウォーレンの言う事に聞き耳を立てるようになった。彼はオマハの賢人と言われるようになったのである。


 ディスプレイが所狭しと並んでいて、タバコをふかし、机に足を乗せてティッカー(*註1)を見つめている者たちの溜まり場、その二階の通路からバフェットと相棒のチャーリー・マンガーはその様子を眺めていた。

「おい、ウォーレン、こんな会社に俺達は投資しようとしているのか?」

 と、チャーリー。証券会社(投資銀行とも)ソロモン・ブラザーズの風景であった。

 何%かの株式を買い、バフェットは取締役の一人に抜擢された。この事だけは彼の最大の過ちだったとわたくしには思える。彼の投資スタイルからは決して選ぶことのない企業と思えたからである。投資方法を決めるのはバフェット自身であり、別の者に投資先を任せるなどという道を選ぶはずがない。しかしこれは神が彼を選んだのかもしれない。

 やがてソロモンは一人の不埒な者の手によって著しく信用を落とし、破綻の縁に追い込まれた。ごく些細に見えた事を経営陣は長々と隠していて、取締役会に報告しないでいた。顧客はどんどんソロモンを見限り、株価は急降下していった。

 会社はバフェットに経営をゆだねたいと思った。バフェットは今なら損を覚悟でソロモン株を売り抜け、手を引くことも出来た。経営陣は取締役達を欺いてきたのである、決して手を引いても後ろ指を指されることはない、そう思える。しかしそんな事をすればバフェットは平気で会社を見捨てたと言われ、バフェットへの信用が失われ、バークシャー・ハザウェイも巻き込まれてしまう。

 ソロモンの危機は金融界全体の崩壊に繋がる事をバフェットとマンガーのみが気付いていた。政府もニューヨーク連銀ですら甘く見ていた。しかもこの人達は、バフェットが必ずCEO(*註2)を引き受けると踏んでいた。

 されど、

「その為には政府からの資金援助が不可欠です、それを飲んで頂ければ引き受けましょう」

 と、いつにない強い口調でバフェットは言った。

 政府はバフェットさえ引き受けてくれれば、市場は安心し混乱は静まり株価が回復するだろう、と楽観視していた。政府が介入するまでも有るまいと思っていたのである。

 バフェットは真剣だった。

「政府の援助がない限り、たとえ汚名となると分かっていても手を退く、オマハに帰る」

 と必死の思いで交渉した。

 ここに至って政府や連銀も事の大きさに漸く目がなれて来たのか、バフェットの条件をのんだ。こうして辛くも未曽有の危機を乗り切る事が出来たのである。

 この辺りの下りは迫真のサスペンスを思わせる、実に面白い話でした。ソロモン・ブラザーズの破綻騒ぎの裏話が赤裸々に綴られていた。

 それなのに二〇〇八年、再び同じ事がリーマン・ブラザーズで起こってしまった。バフェットはソロモンの事件以来、デリバティブ取引の危うさを盛んに力説していた。

 『CDO』とは住宅ローンの取り立てる権利を債券化したものである。個人のローン債権をたくさん集めてしまえばリスクが低くてすむという(うた)い文句である。一見そうかなと思えることで投資家達を煙に巻いて、売れに売れていった。そしてそのCDOを担保する保険『CDS(クレジットデフォルトスワップ)』などという証券化商品に人気が集まった。

 こうした商品は全て利ザヤ取引(*註3)で行われる。現在のFXや株式の信用取引などと同じで、高いレバレッジで運用され始めた。利ザヤのみを相手にする訳で、一万ドルで百万ドル分の取引が出来る、という訳である。現物取引でないため負けた時は悲惨な状況になる。

 そして二〇〇八年八月、とうとうその日が来た。

 この本はまだその日を知らない。バフェットにはその日の来る事がずっと前から分かっていた。

 リーマンショック。百年に一度と言われた危機が起こってしまった。

 リーマンにはバフェットは居なかった。神はソロモンの時、バフェットという者を遣わして、人間の(おご)りに気づくチャンスを与えた。にも拘らず政府が市場をほったらかしていたことで、神はもうバフェットを遣わさなかった。


「思い知るがいい、皆、総崩れとなってしまえ!」


 神の裁きが始まったのである。


 バフェットは自分の死後は全ての資産をビル・ゲイツ財団に寄付すると決めている。三人の子供達には残さない。自分の事は自分でやれという方針であった。子供たちには小さい頃からその考えを伝えていたので、彼等は決して怒ってはいない。もちろん時々誕生祝いとかでポンと百万ドル贈ったりとかはあったらしいが。

 もうじき八十歳にならんとしているが、呉呉も長生きをして世の人に教えをたれて欲しいものである。

 オマハの賢人、ウォーレン・バフェットが、何故ただの一度も運気が下向きにならないのか、分かるだろうか? 人を裏切らず、人に言えない様なやましい事が一切なく、ケチだけれど、そのケチは明日の世を救うための糧であったこと、決して自分の為に金を使わないこと、敵を作らなかったこと。

 このような積み重ねこそが人の運を上昇へと向かわせるのであろう。


*註1、「ティッカー」

 株式の取引所で現在の取引価格などを右から左に流して表示している電光掲示板。


*註2、CEO 最高取引責任者、代表取締役社長、もしくは会長の事。


*註3、利ザヤ取引

 証券会社から金を借りて株を買い、その後値が上がったか下がったかで差金のみを決済する仕組み。株を借りて空売りする方法も含む。現物が存在しないから損が出ると極めて大きいことになるが、儲けも大きくなる。株で失敗し一文無しになるパターンはこの信用取引をやる者に他ならない。FXも同様である。

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