教室にて
黄色い声が飛び交う教室。私は本を読んでいた。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
本から視線を外さずに返事をすると、はは、と笑われた。さすがに失礼かと思って、相手の顔を見る。
ほら、私の癖。
私は眼を見る。眼をじっと睨み付けるように、無表情で眺める、らしい。それが、一月前に転校した律子の言葉だった。
「はは、中断してごめん。宿題が分からなくてさ」
「ああ……教科は何ですか」
「数学の、因数分解」
なんだ、あんな簡単なものを。そういうと、怒ってしまうだろうか。
どうやら、共通因数を取り出してからが分からないらしい。というか、因数分解というよりも、証明に近い。
「ここで2n+1を取り出す。奇数だから」
「ああ、なるほど!」
ここ、曖昧未井真院中学校は田舎にある。田舎にあるくせに、I my me mineだなんて、なんてふざけた学校なんだろうか。そういう名前は都市にある学校にでも付けておいて欲しい。
「ちょっといい?」
「なに」
また話しかけてきた。そして、また私の癖。
「なんでこの学校は、こんな名前なの?」
「知らない」
知らないもの。そんなもの、知らないんだから。私に聞かないでよ。
「皆知らないっていうの。校長先生も、クラスの皆も、ママも、皆。あとあなただけだったの。皆知らないって言った。知りたいのに、知らないまま終わらせるだなんて、」
気持ち悪くて、吐き気を覚えるわ。
そんな彼女のセリフを、私は眼を睨み付けたまま聴いていた。
翌日、彼女を見つけた。教室に倒れていた。私の彼女以外、誰もいなかった。
「どうしたの」
「気持ち悪い」
それだけ言うと、彼女はゆっくりと立ち上がり、その白い腕を伸ばし、私の首を絞める。予想以上の力で、首全体を締め付けられる。何かが詰まるような感じがした。
「気持ち悪い、気持ち悪いよ。全然分からない。知りたいのに、全然分からないの。どうしたらいいの、こんなことなかった。いつも知りたいものは全部知ることが出来た。知りたいよ、知りたいよ」
「予想すればいい」
掠れた声は、それでも彼女に届いたようだ。目を大きく見開くと、だんだんと首にかかる力が弱まっていった。私は病的に白いそれをそのままにして、続ける。
「誰も知らないんだよ。なら、考えればいい。君だけの答えを予想しろ。イメージは、出来るだろう? you your you yoursでも、she her her hersでもなく、I my me mineなんだよ。知りたいものを全て知って生きてきた君なら、分かるはずだ」
その、答えが。
全てを知って、なんの意味がある。