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猫の骨  作者: 448 23
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母の日にて

「来週は母の日だね」

「へぇ、そうなんだ」

 そう返すと、律子(りつこ)は驚いていた。

 私は特別な行事などに関心が無かった。母の日に限らず、豆まきや七夕、クリスマスもである。それはおそらく、私が誕生日のプレゼントとお正月のお年玉にしか期待していないからであろう。豆まきをするには家が大きくなく、七夕は願いが叶わない。いい年になった現在では誕生日プレゼントも貰えない。

「たしか、お母さん入院しているんだっけ」

「うん、そうだよん」

 律子の母は入院しているらしい。詳しく聞いていないから分からないが、あまり首をつっこまないほうがいいだろう。

「今年は、ちょっとしたサプライズにしようかと思ってね。お母さん、びっくりすると思うなあ」

 楽しそうに言う律子を見ていなかった私は、そのときの彼女の表情を知らなかった。



「あら、いらっしゃい」

「お久しぶりです、お母様」

 今日、律子の母のもとへ行った。名は喜美子さん。名前に明るい意味が多い彼女は、明るいというよりは輝くような笑顔を向けてくれた。忘れられてはいなくてよかった。

「ふふ、あと少しで母の日ね」

「ん……どうしたんです?」

「うーん、あなたになら話してもいいかなあ。私ね、未来が分かるのよ」

 にこにこしながら話す彼女の言葉に疑問を抱きながらも、口は出さない。

「私は、未来が分かる。これは決定した未来。変わることのない、決定事項よ。ねえ、お願いがあるのだけれど」

 彼女の顔から急に表情が消えた。その変化に驚きながらも、私は口を出さない。

「母の日の午後4時25分、ここに来てくれないかしら。子供っぽいけど、これは私の一生のお願い」

「はあ、分かりました。じゃあ、お母様の好きなカーネーションを持ってきますね」

「ううん、カーネーションはいいわ。そうね……タンポポをお願い」

「え、しかしタンポポは店にあるのでしょうか。私、あまり店に行ったことがないので」

「道端の生えているもので結構よ。大事なのは思いでしょ?」




「あ、律子」

「ん? おー、やっほーい」

 母の日。天気は晴れ。私は店にいた。すると、道の向かい側に律子が見えた。彼女が歩く方角には、病院があった。

「これからお母さんのところに行くんだ」

 時間は4時10分。約束の時間まであと15分。ならば。

「そっか、じゃあね」

 今行ってはいけない。ここから病院まで約5分。あと少しである。



「失礼します」

 ノックをし、声をかけてもいつもの返事がない。入り口や病院内で律子とすれ違っていないから、きっとこの中に二人はいる。

 私は返事を聞かないまま、ドアをスライドした。

 静止。

 現状説明。律子がいた。お母様がいた。お母様は真っ赤で、律子の右手には包丁がある。いつも律子がお母様に果物をあげていた。そのとき、リンゴなどを切る包丁で。

 律子はこちらを向くと、無表情だった顔を微笑ませた。

「どうだろう、これ。いいんじゃない? 最高の母の日」

「……そうなんだ」

「うん。お母さんね、分かってたみたい。あたしがこの日に、お母さんを殺すこと。あたしね、お父さんも殺したんだ。三人で山登りしたときに。あの日は父の日だった。お父さんの足を見てたら、突き飛ばしたくなっちゃったんだ」

 その後も彼女は話し続けたが、よく覚えていない。話が長くなりそうだからお母様のもとへ行っても、彼女はドアを見つめて語り続ける。ちらりとドアを見つめる眼を見ると、奈落の底のようにドロドロとしていた。

「すみません、今すぐ来てください」

 ナースコールで看護師と医者を呼び出す。彼女は語り続ける。

 人が来た。事情を説明。彼女は語り続ける。

 お母様の遺体にタンポポを捧げる。彼女は語り続ける。


 私は家に帰る。彼女は語り続けていた。





 とある母の日のこと。

 あたしは母を刺した。

 とある父の日のこと。

 あたしは父を落とした。

 全て、愛情表現でしょ?

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