2 もしも図書委員がドラッカーを読んでいたら
この日、朝から大島優子(仮名)は休みだった。
『なんだか最近、体調が悪かったらしいよ。でさ、急遽、検査入院だってさ〜〜〜』
無駄に情報通の安倍氏が教えてくれた。しかも
「あ〜あ、今日は図書委員会長の選出日だって言うのに〜〜〜。彼女も可哀相〜〜〜」
と、なんだか聞き捨てならないセリフを口にした。
「それって、何?」
思わず俺は聞いてしまい、周りの他の男達が一瞬どよめいた。
「お前、知らないの???」
それは通称、
“図書選挙”
毎年一番可愛い女の子が図書委員長になるというレジェンドが有り、自信のある女子は、毎年それに賭けているらしい。
『くだらない。俺の朝香が一番側可愛いってのにさ』
の言葉を飲み込みながら、
「実はさ、俺、今日の図書委員会に代わりに出されるハメになったんだよ、大島優子(仮名)に押し付けられて」
と打ち明けた。
「誰か代わりに出てくれないかな〜」
すると、
「マジ!」
俺の周りに一気に人だかりができた、男の。
それから休み時間ごとに、俺の周りには人(もちろん男)が集まって
『選挙権、くれ!』
と騒いだ。ネットオークションに出したら、マジで儲かりそうな雰囲気。でも、委員会の担当教官に正式な代理人の届けがされている限り、俺が出ないといけないって、安倍氏が悔しそうな顔でアドバイスをしてくれ、群がる男達をせっせと蹴散らすハメになり、超、面倒!
そんな感じでイライラしている所に追い打ちをかける出来事が起こる事になる。
「ちょっと、いいかな?」
昼休み、現れたのは前田敦子(本名前川篤子)だった。 こいつも例に漏れず、アイドル意識した髪型に、リスみたいなアイメイク。大島優子(仮名)の確か、
“お友だち”
そいつがいきなり、飯食っている俺の机の上にバン! って両手あて、
「話しが有るからこっちに来て」
だと。俺の都合は聞かないのか? 見て分かる様に、俺、手には握り飯、成長期に必要な栄養を補充しているとこなんですけど。
「にゃん(何)でらよ(だよ)」
いや、それ以前に、基本、俺、お前ともお友だちじゃないよ?
「今、飯食ってるし、ここで話せよ」
すると、なに
「もう〜〜〜〜」
って、アヒル口??? なグラビアフォトが口をきいた。
「私が“話がある”って言ってんだから、素直に聞きなさい」
……なにこの強引な展開。周りの突き刺す様な視線(98%男)をまともに浴びてのこんなシーン、まるで告白ごっこ? 朝香に見られたくないな〜とか思いながら前田敦子(本名前川篤子)を見上げた。マジ、迷惑。
すると彼女は
「もう、こんな事してるのって恥ずかしんだから!」
って、俺の手を引っ張るじゃないか。常識で考えろ。巻き込まれている俺の方が恥ずかしいだろ? そして転がる握り飯、慌ててキャッチする友人A、意地の悪いにやけ顔で手を友人T、見た目よりそうとう力の強い少女M。
「何でだよ!?」
これってまるで、ラノベの展開?
そして俺は冷やかす声を背中に聞きながら、ずるずると校舎の裏まで連れてこられた。
どうも俺、この手の女は苦手だった。これは俺が勝手に思い込んでいるだけだけど、自分が美人だって分かっていて、周りの気を惹いて、他人をコントロールするのが好きって感じがするからだ。こういう女(男の場合もある)に引っかかると、いい様に操られてお終いって感じがして、幼気で健全たる青少年の俺は、警戒警報を鳴らしてしまうのだった。
で、彼女は立ち止まり、くるりと向きを変えると
「何で私がわざわざ君の事を呼び出したと思ってるの?」
だと。分かる分けないだろ?
「私が図書委員な事は知ってるよね」
いえ、知りません。
「今日、君が金原ちゃんの代理で委員会に出てくれるって言うから、わざわざこうしてお礼に来てあげたんじゃん」
へ〜、大島優子の本名は、金原なのね。って、何でお前が図書委員だって俺が知っているって前提が有るわけ? それ、おかしくね? 何、自意識過剰してるの? そんな困った顔の俺に、彼女はいきなり
「だからこれ、はい」
って、何かを押し付けてきた。
「何、これ?」
赤いリボンのついたギンガムチェックの小さな紙袋。妙にAKPを意識した感じの柄。
「だ・か・ら!」
彼女は大きく頬を膨らませた。
「今日出てくれる事に対しての、私からのお礼。折角の手作りなんだから、味わって食べなさい!」
可愛く叫び、そして、去って行く。
これってさ、まんま、出席する事への労い、なんて素直に受け取れる? いや、貰ったから必ず出席しろって話? ……いや違うだろう。彼女、前田敦子(本名前川篤子)に投票しろって事だよな? 俺はその小さな袋を摘まみ上げ、ため息をついていた。いわゆる、知能犯?
ブルー入った俺は、何か楽しい事を考えるしかないなって思いながら、教室へと引き返した。例えば、だ。こうやって歩いていて、教室に入るだろう? その姿を見計らって、いきなり後ろから
『ちょっと話がある』
って、怒った声に呼び止められて。もちろん、振り向くとそこに朝香がいてさ。俺の指、手首じゃなくて指、を細い指がぎゅっと握って、ちょっと背伸びがちになりなって、それでも見上げながら、真剣に睨む訳。
『ここじゃ話せないから、部室に行こう』
強引に引っ張ってられてさ、二人っきりで校庭の片隅にあるロッカールームに向かうんだ。
『おい、何だよ、急に。みんなが見てるぜ』
世間体を気にする小心な男の振りをする俺。彼女はぱっと振り向いて。
『やっぱり、こんなのは、嫌だ!』
叫んで、俺の胸に拳を当てる。
『さっきの、何! 私、見てたんだから。あの女、絶対陽介に気が有るんだ。もう、何でそんな女のあと、のこのこついて行くんだよ。信じられない! 私の事、彼女だって思ってないの? あんなの見ていて、私がどんな気持ちになるか、考えた事ないの、この、役立たず!』
いや、この場合
“役立たず”
は不適切だ。
『この、鈍感!』
このくらいの所で、目に涙ため、俺を見上げる。そしてむぎゅって抱きついてくる。
『陽介の彼女は私だよ? ねぇ、分かってるの?』
そして俺は彼女を優しくあやすんだ。
『当たり前だろ、朝香。俺、お前だけしか見えていねぇし』
なんて言って、蕩ける様なキスを、校舎の片隅で(ここ、重要ね)しちゃうんだ。でもって、仲直りした俺達は、手をつないでみんなの前に現れる、と、こんな感じ。ラブだぜ、青春だぜっ!
……。にやついて教室に入ってしまった俺は、このあと更なる不幸に見舞われた。
あくまで、フィクション!