表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/8

【08:45】朝食、オムレツのパセリは完璧に排除

★★★


 アイリスを部屋に残し、ゴロゴロは朝食の手配のために廊下へ出た。

 小さな体が、静まり返った早朝の屋敷の長い廊下を音もなく進む。

 その足取りは主人の前と同じく猫のようにしなやかで、一切の淀みがない。

 角を曲がったところで、銀のトレイを抱えた年配の執事と鉢合わせた。

「ああ、ゴロゴロ。アイリス様のお目覚めは?」

「……いつも通り。なかなか離してくれなかった。今は鏡の前」

 ゴロゴロは歩みを止めず淡々と答える。

 相手が屋敷の家令であっても、その口調は変わらない。

 敬語を使わない不遜な態度は、ゴロゴロが「ただの使用人」ではなく、アイリスの父である公爵家当主から、直接娘の守り役としてつけられた特殊な立ち位置であることを物語っていた。

 家令の視線が、ゴロゴロの右肩で静かに輝く金色のテントウムシに一瞬だけ止まり、すぐに蒼碧色の瞳をまっすぐに見据えた。

「それは……相変わらず仲がよろしいことで。式典の馬車は一刻後に用意させます。アイリス様にはそのようにお伝えを」

「わかった、伝える。あと今日のオムレツ、アイリスの嫌いなパセリは入れないようにね」

「心得ておりますよ」と苦笑する執事を背に、ゴロゴロは厨房へと向かう。

 通りすがるメイドたちが物珍しげに、あるいは少し畏怖を込めた視線を彼女に送る。

 しかしゴロゴロは、蒼碧色の瞳を一度も動かすことはなかった。

 この小さな存在にとって、この屋敷で価値があるのはアイリスという一人の少女だけであり、それ以外は背景の石壁とさして変わらない。

「……アイリス、またお腹空いたって騒ぐ。早く持っていかないと」

 独り言のように小さく零した声に、ようやくほんの少しだけ「やれやれ」といった温度が混じった。


 厨房で用意させたトレイを抱え、ゴロゴロは再びアイリスの部屋へと戻った。

 ゴロゴロが持つには少し大きすぎる銀のトレイだが、魔法で重心を制御しているのか、スープの一滴すら揺らすことなく、音もなくドアを蹴り開ける。

「アイリス、食事。冷める前に食べる」

 部屋に戻ると、アイリスは鏡の前で自分の髪を指でつつき、ゴロゴロの力作を確認していた。

 その傍らへ淡々と歩み寄り、サイドテーブルの上にトレイを置く。

「わあ、いい匂い! ゴロゴロ、これ私の好きなオムレツ?」

「……パセリは抜かせた。ソースも少なめ。アイリス、ドレスを汚すとまたお着替えだからね」

 そう言いながら、ゴロゴロは手慣れた動作でナプキンを広げてアイリスの膝にかけた。

 感情の乗らない蒼碧色の瞳は、主人の口元にパン屑がつく瞬間もすでに予見しているかのようだ。

「いただきます! ……ん、おいしい。ねえ、ゴロゴロも一口食べる?」

「……いらない。ボクはさっき、厨房でつまみ食いした」

 嘘である。

 主人の世話が終わるまで自分の食事を摂ることはない。

 ただ、アイリスに余計な気を使わせるのが「効率的ではない」と考えているだけだ。

 アイリスが幸せそうに頬を膨らませるのを、ゴロゴロは少し離れた場所で壁に背を預け、猫のようにじっと見守る。

「アイリス、あと十分で食べる。そのあと馬車に乗る。……口の横、ソースつけてる。拭く」

 指示とも独り言ともつかない声でそう告げると、無表情なまま、けれど淀みのない動きでハンカチを取り出した。


「アイリス、食べるの終わり。口、拭くよ」

 ゴロゴロは最後の一口を飲み込んだアイリスの口元を、湿らせた上質の布で淡々と拭った。

 アイリスが「もうちょっとゆっくりしたいな」と甘えるような視線を向けてくるが、蒼碧色の瞳は微塵も揺れない。

「だめ。式典遅れる。……立って。最終確認」

 ゴロゴロはスツールから飛び降りると、アイリスの周囲を猫のように音もなく一周した。

 120センチの視点から、ドレスの裾に跳ねた汚れがないか、パニエの膨らみは左右対称か、鋭い目つきでチェックを行う。

「……髪飾り、三ミリ右。直す」

 小さな指先がアイリスの銀髪に触れ、宝石のついたピンを無造作に、しかし完璧な位置へと差し直した。

 アイリスが「さすがゴロゴロ!」と抱きつこうとしてくるのを、彼女は片手で平然と制する。

「抱きつかない。ドレスがシワになる。……持ち物確認。扇、ハンカチ、嗅ぎ薬。全部このポーチにある」

 ゴロゴロは、アイリスの腰に下げる小さな刺繍ポーチを叩いて見せた。感情のない声だが、その準備に一切の遺漏はない。

「……よし。アイリス完璧。たぶん他の令嬢よりは見栄えがいい」

 褒め言葉としては極めて淡白だが、ゴロゴロにとって、最大級の肯定だった。

 ゴロゴロは部屋のドアを静かに開け、廊下を指し示す。

「馬車、待たせてる。行く」

 一歩先に部屋を出たゴロゴロは振り返ることもなく、主人の歩調に合わせて影のように歩き出した。


★★★

ご一読ありがとうございます。

アイリス様、嫌いなものが入っているたびに逐一ゴロゴロに食べさせるので……。

「なら最初から抜いたほうが効率的だ」とゴロゴロが判断するようになった結果が、あの完璧なオムレツですね。

次回は19:00更新。

【10:00】馬車での移動、アイリスの緊張は最大値

いよいよ華やかな式典会場へ向かいますが、臆病なアイリスには大きな試練で……。

ゴロゴロの「影の支え」にご注目ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ