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【08:03】本日の起床、予定より3分遅れ

本日22時に全8話完結します。最後には従者の日記ビッグラヴを収録!

★★★


「……アイリス、重い。どいて」

 朝の光が天蓋の隙間から差し込む中、ゴロゴロは平坦な声で告げた。自分をぬいぐるみのように抱きしめ、頬をすり寄せてくる主君の腕は、120センチの小さな体には少々窮屈すぎる。

「んん……あと、ちょっとだけ……ゴロゴロ、やわらかい……」

「昨日も同じことを言った。あと、ボクは毛布じゃない」

 鼻先にアイリスの柔らかな銀髪がかかる。毛先がこちょこちょとくすぐるが表情はぴくりとも動かない。

 感情の起伏を感じさせない蒼碧色(そうへきいろ)の瞳は、ただ淡々と、天井の一点を見つめている。

 ゴロゴロは猫のようなしなやかな動作で、アイリスの腕の隙間に身を沈め、するりと脱出した。

 ベッドの端に立ちパチンと指先が乾いた音を鳴らすと、シワだらけになったゴロゴロの寝間着が粒子となって霧散する。

 ゴロゴロのやわ肌を早朝の冷たい空気が撫でようとするが、伸ばされた手をぴしゃりとはたくかのように、ゴロゴロの全身を見事な法衣が包んだ。

 清潔で純白のハーフコート、スカートは短めだが素足は腰まで白いタイツで覆われている。

 厚手で頑丈、だが動きは阻害しないので普段から愛用しているゴロゴロのお気に入りの衣であった。

 金色のテントウムシがアクセサリーのように、右肩にピンズのようにとまっている。

「アイリス起きて。今日は王立式典。遅れるとまたあの口うるさい儀典官に説教される。ボクは助けないよ」

 突き放すような言葉とは裏腹に、ゴロゴロの指先はすでに朝の身支度を始めていた。

 再度パチンと乾いた音が響くと、銀の洗面器に最適な温度の湯が満たされる。

「……うう、ゴロゴロは冷たいなあ……」

「水温は40度。これ以上冷たくすると目が覚めないでしょ」

 その振る舞いはどこまでも淡白だが、主君が次に何を欲するかを、誰よりも正確に予見していた。

 眠そうに目をこするアイリスの手をゴロゴロがぎゅっと掴んで制した。

 銀の洗面器に沈めたハンカチをすぐ引き上げて、絞りすぎないようぎゅっとした後、アイリスに握らせる。

「さあ顔を拭いて。そのあとに軽い生地のドレスを出す。……アイリスは、重いのが嫌いでしょ」

 感情の乗らない声で、しかし主君の好みを完璧に把握した言葉を添えて、ゴロゴロは静かに朝の準備を進めていく。


「アイリスぼーっとしない。こっち」

 ゴロゴロは平坦な声で呼びかけ、広げたドレスの袖口をアイリスの前に差し出した。

 それは、夜の静寂を切り取って銀の滴を散らしたかのような、ミッドナイトブルーのシルクドレスだ。

 光の加減で深い紺から鮮やかな青へと色を変える上質な生地には、ゴロゴロが昨晩のうちに魔法で磨き上げた、白百合の紋章が精緻に刺繍されている。

 胸元から腰にかけては、アイリスの細い肢体を際立たせるように、しなやかなボーンが仕込まれている。

「……ふわぁ。ゴロゴロ、このドレス、背中の紐が多くない?」

「式典用。我慢する」

 アイリスが促されるまま、のろのろと腕を通すと、ゴロゴロは音もなく背後に回り込んだ。

 小さな指先が、複雑に交差するシルクの紐を機械的な正確さで捌いていく。

 アイリスの柔らかな肌を傷つけないよう、けれど決して緩まないよう細心の注意を込めて、指先で一本ずつ確実に締め上げていく。

「……ぐぅ、苦しい。ゴロゴロ、ちょっと詰めすぎじゃない?」

「アイリスの姿勢が悪い。背筋伸ばす。……あと動かない。紐が絡まるから」

 背中を指先で軽く突き、姿勢を正させる。

 ゴロゴロの蒼碧色の瞳は、主の肌をこすらないよう配慮しつつも、ミリ単位の乱れも起こさない職人じみた鋭さを帯びていた。

 アイリスの正面に回り、最後に胸元の銀細工のブローチを固定する。

「……これ、やっぱり少し胸が苦しいかも……」

「我慢する。その苦しさが貴族の矜持。……スカートの裾、広がりすぎないように計算した。歩くたびに、銀の刺繍が星のように瞬くはず」

 幾重にも重ねられた薄いチュールのペチコートが、歩くたびに微かな衣擦れの音を立てた。

 ゴロゴロ背中に回り、踏み台代わりのスツールへ飛び乗って、腰の後ろで大きなリボンを結び上げた。

「……よし、できた。重くないよね。アイリス鏡見る。……別に変じゃないと思う」

 突き放しているようでいて、その実、細部まで完璧に整えられた姿。

 ゴロゴロは鏡に映る主人の姿に満足するでもなく、ただ「仕事が終わった」という風に小さく息を吐いた。

「次は髪。……そこに座る。アイリスが立っていると、ボクの手が届かない」

 ゴロゴロは踏み台代わりに低いスツールを引き寄せ、その上に乗った。

「アイリス、動かない。髪、梳かす」

 鏡の前に座ったアイリスの銀髪は、寝起きの名残で少しだけ乱れている。

 ゴロゴロは感情の読めない顔で、使い込まれた猪毛のブラシを手に取った。

「……いたた、ゴロゴロ、そこ引っかかってる」

「ボクにスリスリするし寝返りもしすぎるから。……じっとして」

 痛みを感じさせないよう、細い髪を引きちぎったりしないよう、ゴロゴロは小さな手で毛束の根元をそっと押さえ、毛先から順に解いていく。

 その指先は驚くほど繊細で、まるで壊れやすい工芸品を扱うかのようだ。

 無言のまま、慣れた手つきで、シュッ、シュッ、と規則的な音だけが部屋に響く。

 一本で銀貨3枚もする特製の魔法のオイルを、銀の糸一本一本に優しく馴染ませていった。

「ゴロゴロの手って、冷たくて気持ちいいね」

「……アイリスの頭が、温かすぎるだけ。髪、編むよ」

 アイリスが鏡越しに笑いかけても、ゴロゴロは視線を合わせない。

 整えた髪を均等に分け、スルスルと指を踊らせて式典にふさわしい上品なハーフアップを編み上げていく。

 仕上げに、青い宝石のついた髪飾りを頭皮をつつかないよう差し込む。

 位置をミリ単位で微調整すると、ゴロゴロはスツールから飛び降り、着地と同時にスカートのシワを払った。

「終わった。アイリス確認する。……たぶん、崩れないと思うよ」

 鏡の中には、完璧に整えられた公爵令嬢の姿がある。

 しかしその背後に立つゴロゴロは、自分の仕事が当然の帰結であるかのように、すでに次の準備へと意識を向けていた。

「次は靴。……そこにあるのを履く。ボクはもう、朝食を運ばせるように言ってくるから」


★★★


お読みいただきありがとうございます。

本作は本日22:00までに全8話、一気に完結いたします!

最後には、従者視点の「トドメの溺愛日記」も収録しています。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

次回は18:30更新。主従の穏やかな朝食風景をお届けします。

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