第5話 ハンター、馴染みの受付嬢に会いに行く
激動の一日の翌々日、俺は朝から近所のハンター支援局を訪ねた。
広々とした待合ペースに入った俺に、何人ものハンターから好奇の視線が飛んでくる。
「あ、ほらあいつだよ。中年で覚醒したって言う元G級ハンター」
「へぇ…… 話した事無いし若返ってるけど、確かに見覚えがあるな。でも本当にあの人がB級の魔物を?」
「さぁな。だが、マジでB級のバケモンをソロ討伐したんだとしたら…… あいつもバケモンて事さ」
何か言われている…… 覚醒して色々と吹っ切れてもこういった視線には慣れない。
俺はそそくさと受付に進むと、十年来の古馴染みである職員さんに声を掛けた。
「おはようございます、斉藤さん」
「おはよう狩山君。うふふ、やっぱりその姿、可愛いわね。出会った頃を思い出すわ」
柔和な笑みを浮かべ俺を迎えてくれたのは妙齢の美女。この支援局の看板受付嬢、斉藤さんだ。
スタイル抜群。優しげな垂れ目に知的な眼鏡、艶やかな長髪。まさに素敵な大人の女性といった感じの方である。当然男性ハンターに大人気で、彼女の窓口はいつも混んでいる。
これで俺より一回り年上らしいから、つくづく世界は不思議に満ち溢れている。
「ははは…… ど、どうも。あの、一昨日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
彼女の援護が無かったら警察を呼ばれていたかもしれないし、こうして助けてもらったのも一度や二度じゃ無い。深々と頭を下げる俺に、彼女は笑みを深めた。
「良いのよ。狩山君が真面目にお仕事して来たのは知っているもの。
でもごめんなさい。私の証言だけじゃ足りなかったみたいなの。これは内緒なんだけど--」
斉藤さんがこっそり教えてくれた話によると、支援局から俺への疑いは全く晴れていなかった。
俺が持ち込んだB級魔石は、今警察が盗品リストなどに照会を掛けている最中らしい。覚醒直後のハンターがB級の魔物を狩るというのは、それだけあり得ない事だったようだ。
多分トモミンさんにも裏どりが行われてるだろう。一昨日の夜に口裏合わせの電話をしておいて良かった。
ちなみに彼女は数日で退院できるそうだけど、その割になんだか深刻そうな声をしていた。会話スキルが低いせいで上手く聞き出せなかったけど、一体どうしたんだろうか……?
あと俺達が熊野郎と遭遇した例の山では、上級ハンターによる調査が行われているのだとか。
俺の証言が本当だった場合に備えての事だろう。あの熊野郎と同等の化け物が居たり、ダンジョンの見落としがあったら洒落にならなからな……
「な、なるほど…… 思ったより大変な事態になってますね」
「それはそうよ。相当な大事だもの…… それで、今日はどんなご用かしら?」
「ああ、そうでした。昇級試験をお願いしに来たんです。まずはE級の」
一昨日の取調べの際、支援局は俺に対する魔力計測も行っていた。
結果として俺は覚醒者として認められ、掃除屋と揶揄されるG級から、初心者のF級へとランクアップを果たした。この覚醒判定の際にも多少のゴタゴタはあったのだけれど……
さておき、本物のハンターになったからには、上級ダンジョンに潜って強大な魔物を狩りに行きたい。行きたくてしょうがない。
しかし俺達ハンターは、昇級試験などの例外を除いて自分の等級以下のダンジョンにしか潜れない。
俺にはより高いハンター等級が必要なのだ。諸事情で昇級を急がないといけない理由もあるのだけれど……
「ふふっ、だと思ったわ。ワクワクが止まらないって顔してるもの。えっと、試験可能なE級ダンジョンで手頃なのは--」
斉藤さんから近場のE級ダンジョンを紹介してもらった俺は、支援局を出て近くの山の方へと走った。
ダンジョンの多くは人気の無い山中などに発生する。今回の試験会場となるダンジョン、通称『大兎の巣穴』も、人里から少し外れた山の中腹にあった。
斜面が平らに整地されていて、そこに頑丈そうな円形の防護壁が建っている。要塞のような物々しい雰囲気だ。
俺は防壁の近くに設けられた更衣室で着替えを済ませてから、警備員にF級ハンターの認識票を提示して入場ゲートを潜った。
「あれか…… やっぱり小さいな」
防壁で囲われた領域の中央には、青い光の渦のようなものが浮かんでいた。あれがダンジョンの入り口だ。
大きさは人が二人並んで入れるくらいで、熊野郎と遭遇したダンジョンに比べると段違いに小さい。
--あれ? そういえば熊野郎のダンジョンは、ここのと大きさだけじゃなく見た目も結構違ってたような……
俺は首を傾げつつも、支援局から試験用に借用したスマートグラスを装着した。するとレンズの端の方に、ゲームで良く見るような透明なマップや文字の羅列が現れた。
次に、同じく借りてきたドローンカメラを起動すると、それは音もなく浮かび上がって俺の方にカメラを向けてきた。
両方とも最新の科学と魔法技術が使われた高級品で、配信者ハンターも愛用する頑丈かつ長寿命な逸品だ。
支援局は、これらのデバイスを通して試験中の俺の様子をモニタリングする。
あと、C級までの昇級試験の様子は、局の公式チャンネルで配信される事になっている。
ハンターの仕事を世間に広めるためらしいが、有望なハンターをスカウトしたい企業側に忖度する為とか、顔出しさせることでハンターによる犯罪を抑制させる為だとかいう噂もある。
ちなみに視聴者のコメントはスマートグラスで確認できるので、双方向のコミュニケーションが可能だ。まぁ、E級の昇級試験を見にくるような奇特な人は居ないだろうけど……
「あー、こちらF級ハンターの狩山です。斉藤さん、見えてますか?」
『--ええ。ドローンの方も主観カメラの方も見えて…… 狩山君、その装備どうしたの!?
そんなに格好いいの市販品で見た事ないわよ。きっと特注品よね!?』
ドローンカメラに話しかけると、スピーカーから斉藤さんの弾んだ声が聞こえてきた。今回は彼女が俺の試験官をやってくれる。
「あ、分かります? ちょっと伝手で素材を手に入れまして、作ってみました」
今俺が着ているのは、熊野郎の骨や皮をふんだんに使用した魔物素材装備だ。黒を基調とした革のマントと革鎧を基本に、随所に金属製の部分鎧があしらってある。
こう、漆黒の狩人みたいな仕上がりをイメージして、昨日丸一日かけて作った力作である。なので褒められて結構嬉しい。
元々趣味で皮や骨の加工はやっていたけど、覚醒してからはその技量と加工速度が段違いにブーストされた感じだ。
熊野郎から奪った金属操作魔法もかなり役立ったし、装備を作る中でこの魔法にもかなり習熟する事ができた。
素材の入手元を聞かれたら少しまずいけど、原型を止める事なく加工してあるから大丈夫だろう。多分。
『自作ってこと……!? あらまぁ、お姉さん驚いちゃったわぁ。でも、それだけ強そうな装備なら安心だわね。さぁ、もう準備はOKかしら?』
「はい、いつでも行けます」
『では…… これより、狩山一人さんのE級への昇級試験を開始します。受験者は所定のダンジョンの攻略を開始して下さい』
俺は彼女の声に頷くと、目の前の光の渦へと足を踏み入れた。




