第44話 ハンター、大都市で暴れる(2)
地上数百mからの自由落下。
地面が文字通り加速度的に近づき、耳元でゴウゴウと風音が鳴る。
このまま墜落したら、身体強化できる俺はともかく、魔導士のノルフィナは助からないだろう。
俺は遠ざかるスカイツリーの展望台を見上げ、魔力を高めながら叫んだ。
『影の手!』
ゾルッ……!
俺の体に落ちた影から、漆黒の触腕が飛び出した。
触腕は展望台の鉄骨を掴むと、そのまま伸長を続け、俺達は徐々に速度を落としながら地上に近づいていく。
そうして俺達は、殆ど衝撃を感じずに地上の広場へと着地した。よし、上手く行った……!
この影の手は、性悪狼、カオスウルフから獲得した能力の一つだ。
自分の影を起点として、硬度や形状を自在に操れる影の腕を生成できるので、非常に汎用性の高いスキルと言える。
「ふぅ…… ノルフィナ、大丈夫か?」
「は、はい……! ちょっとだけ怖かったですけど……」
横抱きにしたノルフィナを立たせると、彼女は若干ふらつきながらもそう答えた。
それに頷き返してから地上を見渡すと、周囲は緊迫した雰囲気が満ちていた。
空には狼煙のような煙が幾つも立ち、遠くから断続的に爆発音が聞こえてくる。
広場にいた人々は、空から降ってきた俺達にも気づかず、呆然とその破壊音に耳を傾けていた。
そんな中、見慣れた二つの人影が俺たちの方に走ってきた。
「あっ! おーい、二人ともー!」
「ワンワン!」
「トモミン、シロ! 良かった、無事だったか!」
二人と合流すると、トモミンが爆音が響いてくる西側、隅田川方面の市街地を指して叫ぶ。
「な、なんか街が凄いことになってるみたい! バンバン爆発が聞こえるし、向こうから逃げてきた人達は、なんか魔物が出たとか言ってたよ!?」
彼女の言葉に、俺とノルフィナは顔を見合わせた。
「ま、魔物ですか!? どうしてこんな都市部で……!?」
「まさか、ダンジョン暴走か……!? いや、でも……」
魔物が湧き出すダンジョンは、通常、人気のない山や荒野などにできる。
なので、人口密集地である都市部に魔物が出るのは、近場のダンジョンが暴走を引き起こした時くらいだ。大量に湧出した魔物が、都市部まで流れてくるのだ。
だが、東京周辺でダンジョン暴走が起こったら、絶対ニュース速報が流れる。
すぐに避難勧告も発令されるし、俺達ハンターへの招集もかかるはずなのだ。
しかしそんな様子は無い。中々に不可解な状況だ。
「ともかく分かった。ちょうど展望台から見てたから、どこで騒ぎが起こってるのかはだいたいわかる……!
残念だが休暇は中止だ。魔物の討伐と救助をしよう。みんな、こっちへ」
遊ぶつもりで出てきたので、俺達は全員丸腰だ。このまま戦地に向かうのは不味い。
俺は全員を物陰に誘導した後、自分の影に手をついた。
『暗黒異空間』
ズズッ……
影の中に手が沈む。そして掴んだものを抜くと、俺の手には自分の武器と防具が握られていた。
同じように影の中に手を突っ込み、みんなの分の装備も取り出していく。
この暗黒異空間も、カオスウルフから得た能力だ。いわゆるアイテムボックスのスキルである。しかも容量無制限の。
カオスウルフからは、他にもワープ移動を可能とする黒の門と、魔物を召喚できる混沌の使い魔のスキルを得ている。
どれもこれも壊れ性能のスキルだ。さすがはS級、伝説の魔物である。
全員が装備に着替えた所で、俺は爆発音の聞こえてくる方を指した。
「よし、準備完了だな……! それじゃあ行こう!」
「「応!」」
避難してくる人々に逆行しながら全員で走る。
そうして一番近い現場に到着すると、そこには現実感のない光景が広がっていた。
「これは……」
道路は多重事故を起こした車両で塞がり、歩道の所々にも爆発の跡が見られる。 街路樹や植え込みは燃え上がり、周囲には焦げ臭い匂いが漂っている。
そんな災害現場のような中で、二種類の魔物が人々に襲いかかっていた。
一つは赤黒い色合いをしたゼリー状の球体で、もう一つは溶岩を冷え固めたような見た目の丸い岩だ。
「あれは…… ラーヴァスライムとスーンボムか!? よりによって……!」
双方、大きさは一抱えほどで、移動速度も早くない。ただ倒すだけなら、D級ハンターでも討伐可能な魔物だ。問題は……
「うわぁぁぁっ!?」
近くで上がった悲鳴に目を向けると、逃げ遅れた男性がラーヴァスライムに取り付かれていた。
「不味い……!」
俺は反射的にダガーを構え、投擲する寸前で動きを止めた。次の瞬間。
ゴォッ!
スライムの体から炎が吹き出し、男性の体を包んだ。
「熱っ……!? あづぅぅぅぅ!?」
「し、師匠……!? なんで!?」
投擲を躊躇した俺に、トモミンが驚愕の声を上げる。しかし、今は説明している暇はない……!
「ノルフィナ! あいつを凍らせられるか!?」
「え……!? は、はい! 『過冷水流!』」
ジャッ…… ビキキッ!
ノルフィナが放ったのは、一筋の細い水流だった。
その水流はラーヴァスライムに当たると一瞬で凍りつき、敵を氷の中に封じ込めてしまった。
「よし……! ふっ!」
パキィンッ!
俺が放ったダガーがスライムの氷像を砕き、解放された男性が倒れ込む。
そこへ真っ先にトモミンが駆け寄り、彼を助け起こした。
「おじさん、だいじょーぶ!?」
「うぅ…… た、助かりま--」
「ワオン!」
間髪入れずにシロも駆け寄り、男性の焼け爛れた顔や体を舐めまわし始めた。
ペロペロペロペロッ!
「うぶぶっ……!? や、やめ…… あれ……!?」
ほんの数秒で火傷が治癒し、男性が不思議そうに自分の体を見下ろす。
「もう大丈夫そうですね…… 俺達はハンターで、今のはこの子の治癒魔法です。さあ逃げて! 東側は安全なようです!」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
俺の鋭い声に、男性が足をもつれさせながら逃げていく。
それを見送った後、俺はみんなの顔を見回した。
「みんな聞いてくれ。あの魔物、ラーヴァスライムとストーンボムは、普通に倒すと不味い場合がある。
体内の魔石を正確に射抜くか、氷付けになるくらい冷やす…… そうしないと、奴らは絶命時に自爆してしまうんだ」
「「……!」」
全員の表情が強張る。そう、これが奴らの厄介なところなのだ。
奴らの自爆の威力は相当なもので、討伐推奨等級はC級に設定されている。
そんな連中がどこからともなく大量発生し、都心で暴れ回っている…… かなり不味い状況だ。
パトカーや消防車のサイレンも聞こえ始めたけど、彼らだけで事態を収拾するのは困難だろう。ここは俺たちハンターの出番だ。
「そっか……! それで師匠は、さっきダガーを投げなかったんだね」
「ああ。あそこで投げてたらさっきの男性は助からなかっただろう……
ノルフィナ。君は、さっきの魔法で目につく魔物を残らず凍らせてくれ。
凍った奴らは俺とトモミンで砕く。放っておくと、解凍されて復活してしまうからな。
シロ。君は治療を優先してくれ! 慎重に、確実に倒していこう!」
「「応!」」




