第43話 ハンター、大都市で暴れる(1)
レイ氏の行きつけだという寿司屋は、味の点では最高だった。
こんな次元の美食があるのかと、俺とノルフィナは感動に震えた。シロも、豪快に切って貰った中トロのブロックに顔を蕩けさせていた。
その一方で、居心地の面では今ひとつだった。これは店のせいではなく、ホストであるレイ氏の方針による所が大きい。
彼女は女性陣しか楽しませるつもりが無いらしく、食事中はトモミンとノルフィナとだけ会話し、俺とシロには一瞥もくれなかったのだ。
ここまで露骨だと逆に清々しい。シロが一緒に居てくれなかったら、しんどくて途中退席していたかもしれない……
そしてその翌日の東京観光初日。俺はノルフィナと一緒にスカイツリーに登り、天望回廊から東京を一望していた。
「わぁ……! 凄い、凄いです! 大きいはずのビル群が、まるでミニチュアみたいに……! モニター越しに見るのとは、迫力が全然違いますね!」
地上451.2mから大都市を見下ろす光景に、ノルフィナは大興奮の様子だ。室内と外を隔てるガラス面に顔を押し付けんばかりの勢いである。
今日は平日のせいか、回廊内はそこまで混んでいない。ノルフィナが美人すぎるせいか、男性客からの視線を露骨に感じるが……
「ああ、本当に絶景だな……! お。あの西の方に見える山が、S級ダンジョンを有する奥多摩か。休暇明けはあの辺に潜ってみるのもありだな……」
「ふふっ。カリヤマさん、本当にダンジョンがお好きなんですね」
「あ、すまん。休暇中に仕事の話を……」
「いえいえ、カリヤマさんらしいです。それにしても、こっちの技術は本当にすごいですね! 地震大国日本で、よくぞこれだけの高層建築を……!
カリヤマさんご存知ですか!? この建物には質量付加機構という制振技術が使われていて、中心に据えられた心柱と外殻構造が分離されているおかげで--」
「ほうほう」
昨晩あたりにホテルで調べたのだろう。ノルフィナがスカイツリーの驚異的な建築技術について熱く語ってくれる。
楽しくてたまらないという表情だ。彼女をここに連れて来れて良かった。
ちなみに、トモミンとシロは地上で待機してくれている。残念ながら、犬を連れてここに入ることができなかったからだ。
一通りここを見終わったら、今度はノルフィナがシロと地上に残り、俺はトモミンと一緒にもう一度登る予定になっている。
俺がシロを見てるから、トモミンとノルフィナの二人で登ったらとも提案したのだけれど、二人の強い要望でこの形になった。
「--それで、おそらくこの技術は地魔法にも応用できて…… あ…… す、すみません……! 私ばかり喋ってしまって……!」
「いや、ノルフィナが楽しめてるようでよかったよ。その、昨日は色々と大変そうだったからな……」
俺の言葉に、ノルフィナは少し赤面しながら苦笑した。
「あ、あはは…… レイさん。すごく素敵な方でしたけど、とてもユニークな人でしたね。
私が以前通っていた学院にも、もしかして同性が好きなのかなっていう女性はいましたけど……
レイさんほど、その、ご自身の願望に忠実な方は初めてで…… とてもびっくりしました」
昨日の寿司屋での会食後。レイ氏はスマートに会計を済ませると、トモミンとノルフィナを両腕に抱き、自分のホテルに向かおうとしていた。
あまりにも自然な振る舞い。レイ氏の軽快なトークとお寿司でご機嫌だったノルフィナは、そのまま連れて行かれそうになっていた。
これは不味い。そう思って俺が止める前に、トモミンが動いてくれた。
彼女はするりとレイ氏の手を解くと、ノルフィナの手を取って俺の元へ逃れ、レイ氏にまたねと別れを告げたのである。
この鮮やかな手並みに、レイ氏も残念そうに笑いながら引き下がってくれた。
解散後にトモミンに聞いてみると、レイ氏と遊んだ際には、いつも最終的にホテルに連れ込まれそうになるらしい。マジかよ……
トモミンが、レイ氏ではなく俺を師匠に選んでくれた理由が分かった気がした。
そして俺は誓った。弟子の安全のため、一刻も早く彼女をS級ハンターに鍛え上げねばと。
「いや、俺もあそこまで突き抜けた人は初めて見たよ…… お、あれは……」
話しながら天望回廊を歩いていくと、フォトスポットに辿り着いた。
外の絶景を背景に、プロのスタッフが写真を撮ってくれるらしい。
「あそこで記念撮影できるみたいだな。ノルフィナ、撮って貰ったらどうだ?」
「はい、是非! あ、でもその……」
ノルフィナが伏目がちにチラチラと俺を見る。何だろう……? あ、もしかして……
「えっと…… せっかくだし、俺も一緒に撮って貰っていいかな……?」
「……! は、はい! お願いします!」
ノルフィナはがばりと顔を上げると、喜色満面で何度も頷いてくれた。
それから俺は、なけなしのコミュ力でスタッフにお願いし、ノルフィナと一緒に写真を撮ってもらった。
しかしプリントしてもらったそれを受け取ると、そこには微妙な距離感で並び、硬い表情で笑う二人が映っていた。
「--ははっ……! 何というか、生まれて初めて写真を撮って貰った二人って感じだな」
「ふふっ、ですね! でも、嬉しい写真です……! これ、本当に凄い技術ですよね。
こんなに嬉しい瞬間を切り取って、後から何度でも、その時の気持ちを反芻できるようにしてくれるなんて……!」
写真を手に幸せそうに笑うノルフィナに、ドキリと心臓が跳ねる。
なんだろう。この子が笑顔になる全てのことをしたいと思ってしまった。
彼女は一歩引いて遠慮しがちなので、余計にそう感じてしまうのかも。
「ん……?」
その時、ガラスの向こう側の景色の中に、俺は小さな違和感を感じた。
「カリヤマさん、どうかしましたか?」
「いや、今何か見えた気がしたんだが……」
ノルフィナと一緒に眼下のビル群に目を凝らす。
すると、スカイツリーからさほど離れていない場所から、パッと小さな爆炎が上がった。
「「……!?」」
俺たちは同時に息を呑んだ。この高さから見える爆炎だ。小さく見えても結構な規模だろう。
しかも爆発は一回で終わらなかった。最初に爆炎が上がった場所の周辺でポツポツと連続して爆発が起き、その内火の手まで上がり始めた。
同じ景色を見ていた周囲の客たちもざわめき始める。日本の首都のど真ん中で…… これ、只事じゃないぞ……!?
すると、表情を戦闘モードに切り替えたノルフィナが、鋭い声で叫んだ。
「カリヤマさん!」
「……! ああ! ノルフィナは防風を! すみません! 危険ですから離れてください!」
軽い威圧を込めながら声を張ると、景色に目を奪われていた人々が後ろに下がる。
それを確認した俺は、目の前のガラス窓に手を翳し、金属操作魔法で窓枠を変形させた。
ギギッ…… ゴバッ!
ガラス窓が歪に開き、外から強風が吹き込む。
しかし、ノルフィナの風魔法によって一瞬で無風になった。
俺は彼女を横抱きにすると、何事かと見ている人々を振り返って叫んだ。
「お騒がせしました! 窓は直しておきます!」
床を蹴って天望回廊から飛び出し、一瞬でガラス窓を直す。
その直後、窓ガラスの向こう側から、人々のくぐもった悲鳴が上がった。
それを背後に聞きながら、俺達は地上数百mの高さから身を踊らせた。
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