第42話 ハンター、塩対応をされる
シロの撮影会の様相を呈した受章式を終え、俺達は割り当てられた控室に戻った。
「はぁ。式典なんて初めて出たが、こんなに肩が凝るもんだったとは……」
どっかりとソファに腰を下ろした俺に、トモミンが神妙に頷く。
「うーん。僕もあんな真面目な場所初めてだったから、ちょっと失敗しちゃったなぁ」
「ふふっ。トモミンはいつも通りでしたもんね。私は緊張でガチガチでしたけど……
--シロ。あなたはちょっと楽しんでましたよね?」
「ワフン?」
ノルフィナの視線にシロが惚けたようにそっぽを向き、みんなが穏やかに笑う。
そこで俺のスマホに着信が入った。見ると、相手はお馴染みのあの人だった。
「はい、狩山です」
『あ、もしもし、ハンター支援局の斉藤です。中継で見てたわよぉ、受章式!
狩山君もトモミンちゃん達も本当に立派になって……! お姉さん、ちょっと泣いちゃたわ!
うちの支援局にきてたハンターさん達も、中継を見ながら拍手してたわよ!』
斉藤さんの嬉しげな涙声に自然と顔が綻ぶ。
ここまで来れたのは、パーティーのみんなはもちろん、覚醒前のG級ハンターだった俺の面倒を見続けてくれた彼女のお陰だ。
「ありがとうございます。斉藤のおかげですよ。本当に……」
「え、斉藤さん? 僕もお話ししたーい!」
他のみんなからも口々にお礼を言われ、斉藤は本格的に泣いてしまわれた。
そして彼女との通話が終わると、式典での緊張が完全に解け、控室に弛緩した雰囲気が流れた。
「ふー…… さて、あとは帰るだけだが、明日からどうしようか?
すぐにダンジョン攻略を再開してもいいが、宣言した一ヶ月まであと一週間は期間があるんだよなぁ」
ノルフィナの故郷を助けるため、俺達は家の近所の鉄熊山に出現したゲートを潜り、異世界ユグドラシアへと渡った。
その際に、俺達は各所へ一ヶ月以上の休暇を宣言していた。ゲートの開通周期は月の満ち欠けに同期しているので、最短でも一ヶ月は地球を留守にする予定だったからだ。
しかし、ノルフィナの故郷を襲った伝説の魔獣、カオスウルフを仕留めた際、俺は世界間を渡る強力なスキルを得た。
そのお陰で、予定より少し早めに地球に帰ってくることが出来たのだ。
「あ、だったらその一週間、みんなで思いっきり遊ばない!? 僕達って、スパルタなリーダーのせいでちょっと働きすぎだったと思うんだよねー……?」
トモミンがニヤニヤと俺に視線を送ってきた。
「うっ。す、すまん…… じゃあ、今から一週間は休暇にしよう。みんな。行きたい場所とかやりたいこととか、何かリクエストはあるか?」
「やたっ! えー、どこがいいかなー? 一週間だと国内だよね? まだちょっと寒いから、沖縄とか!? 逆に北海道にグルメ旅行って手も--」
トモミンが実に楽しそうな表情であれこれ悩み始めた。
一方ノルフィナはというと、何かを言いたそうに口を開き、躊躇って閉じるというのを繰り返している。いつものようにちょっと遠慮してしまっているらしい。
「あー、ノルフィナ。君は何かリクエストはあるかい?」
「え…… わ、私ですか……!? でしたら、えっと…… 私、東京観光をしてみたいです……!」
「へ? 東京? あ、そっか。ノルフィナちゃん、千葉を出たのも今回が初めてだもんね」
トモミンの言葉にノルフィナが力強く頷く。そういえばそうか。
彼女はユグドラシア出身のネット大好き人間だ。地球の多くの場所を画面越しに見た事はあっても、実際に足を運んだことは無い。
今回初めて東京に出てきた事で、その巨大な好奇心を大いに刺激されたんだろう。
「はい! ここからでも見えるあの巨大なスカイツリー! 多くのアニメで語られる聖地、秋葉原! 行ってみたいところが沢山あるんです!
あとは、噂に聞くザギンでシースーというのも体験してみたいです!」
「ワフッ!? ワンワン!」
ノルフィナが口にした「シースー」という単語に、シロが猛烈に反応した。
この子、日に日に日本語能力とグルメ度合いが上がっていくなぁ…… ともあれ、楽しそうでなによりだ。
テンションをぶち上げている二人を見て、俺とトモミンは頷きあった。
「了解だ。なら、今から一週間は東京観光と洒落込もう。トモミン、君、元々東京周辺が活動範囲だろ?
俺はこのあたりは不案内だから、良ければ色々と教えてくれるか?」
「ふっふっふっ…… もっちろん! トモミン観光にお任せ! あ、でもその前に、ちょっと挨拶だけしたい人が--」
ゴンゴンゴンッ!
するとそこで、やたらとでかいノックの音が控室に響いた。
「あ、もしかして……! はいはーい!」
元気に返事したトモミンが席を立ち、ドアを開けた。その瞬間。
「トモミン! 会いたかったですわぁ!」
室内に突入してきた何者かが、トモミンを思い切り抱きしめた。
「「……!?」」
それを見た俺達は思わず腰を浮かせかけたが、相手を抱き返すトモミンを見て座り直した。
「やっぱりレイちゃんだった! 久しぶりー!」
トモミンの嬉しそうな声。やはり知り合いだったらしい。
控室に入ってきたのは、ドレス姿の女性だった。長身で、小柄なトモミンをすっぽり包み込むように抱きしめている。
髪は真っ赤なオールバックで、宝塚女優のような中世的で凛々しい顔立ちだ。
海外セレブのようなメリハリのあるプロポーションも相まって、こう、華と迫力のある美人という印象を感じる。
しかしあの顔、どこかで見た気が……
「あぁん! もう、いつまで経ってもお姉ちゃんと呼んでくれないんですもの。でも、こうしてあなたを腕の中に抱けて嬉しいですわ! うふふ……!」
するとそのレイちゃんと呼ばれた美人は、そのままトモミンの体を撫でまわし始めた。こ、これは……
「ひゃっ……!? もう、レイちゃんのえっち! すーぐ変なところ触るんだから!」
トモミンがするりと拘束から脱したのを見計らい、俺はおずおずと声をかけた。
「あの、トモミン。そちらの方は……?」
「うん、紹介するね! 友達のレイちゃん! 最近S級になった、すっごいハンターなんだよ! 同時多発ダンジョン暴走でも頑張ってくれたんだって!
最近忙しくって会えてなかったんだけど、同じ受章式に出るから会えるねって話してたんだー!
レイちゃん、こっちは前に話したカリヤマ師匠! 師匠もS級になったんだよ!」
S級ハンターのレイだって……!?
俺は思わず席を立った。そして改めて彼女の顔を見てようやく思い出した。
確か本名は姉川礼。『姫百合の騎士』の二つ名を持つ、凄まじい腕前のレイピア使いだ。
以前見た動画では華美な白銀の鎧を着ていたので、すぐには分からなかった。
たまにトモミンの話に出てきていた高ランクハンターとは、彼女のことだったらしい。
「は、初めまして。パーティーリーダーのカリヤマです。偉大な先達にお会いできて光栄です、レイさん」
相手は俺より以前から活躍しているS級ハンターだ。ちょっとした憧れもあり緊張気味に挨拶すると、彼女は目を細めながら俺を見返した。おや……?
「ええ。よろしくね、カリヤマさん。ところであなた、トモミンと随分仲がよろしいようですわねぇ……
でも、もしもわたくしのトモミンにおかしな真似をしたら…… その体が蜂の巣になりましてよ?」
ビリッ……
同時に飛んでくる殺気。この感じ…… 受章式で感じた気配は彼女だったのか……
しかし、トモミンにおかしな真似をしてたのはあんただろ……
「あー…… その、気をつけます」
「ふん、分かればよろしいんですわ。あら…… そちらのあなたは……!?」
レイ氏に視線を向けられ、ノルフィナが慌てて席から立つ。
「あ、はい……! 魔法使いのノルフィナと申します。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いしますわ! ノルフィナ…… あなた、やっぱりいいですわねぇ!」
俺の時とはまるで違う反応を見せたレイ氏は、一瞬でノルフィナの前に移動し、彼女の頬にそっと触れた。
「あぁ…… トモミンの配信で見かけた時から思っていましたけれど、なんて美しいのかしら……!
ねぇあなた。トモミンと一緒にわたくしのパーティーに来ない? たっぷりと可愛がってあげましてよ……?」
「え……!? あ、あの、その…… ご、ごめんなさいぃ……!」
キスするような距離感で迫るレイ氏に、ノルフィナが赤面しながら俺の後ろへ逃げてくる。
うーん…… やっぱりあの話は本当だったのか。
レイ氏自身も公言しているらしいのだけれど、この人は女性が好きらしい。
彼女のパーティー、『姫百合騎士団』の構成員も全員女性なので、かなり真実味のある話だ。
「ちょっとレイちゃん! 僕のノルフィナちゃんに手ぇ出さないでよね!」
「あら、ごめん遊ばせ。うふふ……」
「もー、可愛い女の子を見たらすーぐ口説いちゃうんだから…… あ、この子はシロね! とっても賢いんだよ! シロ、ご挨拶して!」
「ワオン!」
トモミンの言葉にシロが歩み出て、レイ氏の前でぺこりとお辞儀した。
普通ならあら可愛いと撫でたりしそうなものだけれど、レイ氏の反応は違った。
「あらご丁寧に。うーん…… でもあなた、きっとオスよね? 悪いですけれど、それ以上近寄らないで下さる?」
「ワフッ!? ク、クゥーン……」
そんなふうに扱われたのは初めてだったのだろう。シロはしょんぼりとした様子で逃げ帰り、俺の後ろでノルフィナと合流した。
なんか、すげーなこの人。なんでシロの性別が分かったんだ……?
「レイちゃん、相変わらず男の子に冷たいねー…… あ、ねぇねぇ。銀座で美味しいお寿司屋さんとかって知ってる?
みんなで行こうかって話してたんだけど、シロも一緒に入れてくれそうなお店って心当たりがなくってさー」
「ペット可の美味しいお寿司屋さん……? ああ、あそこなら大丈夫そうですわね。
このお姉ちゃんに任せなさい! 連れてってあげますわぁ! ノルフィナと…… 仕方ありませんから、そちらの男性二人も付いてきなさいな」
「ほんと!? ありがとー!」
レイ氏はトモミンの肩を抱くと、そのまま颯爽と控室から出て行ってしまった。
「--な、なんというか…… 王族のような方でしたね」
「ああ…… あのくらい正直に生きられたら、爽快だろうな」
「ワフーン……」
残された俺達はしばし顔を見合わせた後、レイ氏とトモミンの後を追った。




