第40話 ハンター、現代社会に帰還する
カオスウルフ討伐から、早くも二週間が経過した。
戦闘直後は虫の息だった俺とトモミンも完全に回復し、城塞都市ノルザルボルグも落ち着きを取り戻した。
シャドウウルフの群れによって封鎖されていた港も動き始め、海から食料や資材などがどんどん入って来ているようだ。
後者については、カオスウルフの魔石が奇跡的に無事だった事も大きい。
兵士達の治療と遺族への補償、都市防壁の大規模補修、財産を失った領民への援助…… 元凶を始末したとはいえ、リースヒルド侯爵はこれから掛かる費用に頭を抱えていた。
そこで俺は、何かの足しになればと、カオスウルフの魔石を侯爵に献上することにした。
「ま、まさかっ……!? これ程の宝を、無償で譲ってくれるというのか!? 感謝する……! 感謝するぞ、カリヤマ殿!
貴殿の武勇と気高さ、そして限りなき慈悲……! 当家の子々孫々にまで語りつごうぞ!」
「あ、いや、そんな大袈裟な……」
そんな感じで、侯爵は涙を流しながら何度も俺に礼を言ってくれた。
S級の魔物の魔石はこの世界でも高い価値を持つらしい。奴の魔石は、奴による被害を十分補填しうるものだったようだ。
せめてものお返しにと、彼女からは仰々しい名前の勲章に加え、翻訳魔道具まで頂いてしまった。大変な時だろうに、逆に申し訳ない。
その後、侯爵の働きで避難民への食糧援助などが行き渡り、ノルフィナの故郷の人達もようやく里に帰れる目処がついた。
俺達はノルザルボルグに別れを告げ、彼らをフヴィートの里まで送り届けた。
そして今、護衛を終えて帰る俺達を見送ろうと、彼らは里の門の所に集まってくれていた。
「カリヤマ様、トモミンさん。何から何までありがとうございました……!
娘やシロが無事だったのも、皆が無事に里に帰れたのも、財産を失った我々が冬を乗り切れるのも…… 全てあなた方のおかげです。
本当に、なんとお礼を言ったらいいのか……!」
里の人々を代表し、ノルフィナのお父さんは俺達に深々と頭を下げてくれた。
「いえ、そんなにお気になさらずに。仲間と、その家族の窮地を助けるのは当たり前のことですから」
「そーそー、ノルフィナちゃんは僕の友達! そのご家族やご近所さんだって、もちろん友達だからね!」
トモミンの人類皆友達宣言に、里の人々がニコニコと笑う。
実際、この二週間で、彼女はここにいる人達全員と友達になっていた。
全員の名前どころか、性格、趣味、好きな食べ物や好きな人などまで把握しているらしい。
さすがは友達のプロ。極まっている。
「カリヤマの兄ちゃんとトモミン、本当に帰っちゃうの……?」
ノルフィナの弟、ヴァリルが寂しそうに俺達を見上げてくる。
一緒に遊んだりもしたせいか、この二週間で無愛想な俺にも随分と懐いてくれた。
「すまないな、ヴァリル。向こうでやり残した、大切な仕事があるんだ」
異世界ユグドラシアに留まるか、それとも地球に戻るか…… 正直に言うと、俺は少しだけ悩んだ。
冒険者という職業が存在し、細かいルールに捉われずに魔物を狩れるこの世界は、俺にとっての楽園だ。
けど、なんだかんだ地球には愛着があるし、何より弟子のトモミンをすっごいハンターに育てるという大仕事が残っている。
それにこれは自惚れだろうが、俺が残ったらトモミンまで残りそうだ。それはトモ友の連中に悪い。
チラリとトモミンの方を伺うと、彼女も何か感激した様子で俺を見ていた。
「師匠……! ヴァリル君、エルティちゃん。きっとまた遊びにくるから、待っててね!」
「グスッ…… でも、お姉ちゃんと、シロも行っちゃうんだよね……?」
ノルフィナの妹、エルティちゃんは、お母さんの服を掴みながら号泣してしまっている。
そう。ノルフィナとシロは、地球に戻る俺達に付いてきてくれる事になったのだ。
元の世界に戻り、カオスウルフも討伐された今、二人が俺達についてくる理由はない。
非常に別れ難いけど、二人はパーティーから抜けるものと思っていたんだが……
ノルフィナに至っては、魔導士団に入るエリートコースが決まっていたのを、侯爵に頭を下げて辞めてきたという話だった。
付いて来てくれる事自体はとてつもなく嬉しいが、同時に非常に申し訳なくもある。
「キューン……」
「ごめんね、エルティ。今度は、私がカリヤマさんとトモミンを助けたいの。 --カリヤマさんと離れたくないし……」
シロが寂しげに鳴き、ノルフィナがエルティの頭を撫でる。後半は小声過ぎて聞こえなかったけど、彼女の言葉に俺まで目頭が熱くなった。
そして、そんなノルフィナの様子を見た彼女のお母さんは、何か神妙な様子で俺を見た。
「カリヤマ様…… 魔術ばかりでろくに家事もできない娘ですが、どうかノルフィナをよろしくお願いいたします」
「はい、お任せください。ですがその…… ノルフィナさんは素晴らしい女性です。俺には勿体無い程に」
--あ、間違えた。俺のパーティーにはと言うべきだったな。
俺の言葉にお母さんは深々と頭を下げ、ノルフィナは何故か顔を真っ赤に染めていた。
「カ、カリヤマさん……! その、不束者ですが、よろしくお願いします!」
「へ……? あ、ああ」
あれ。何か取り返しのつかない事を言ってしまったような気がする。
「むー……」
唸り声に目を向けると、トモミンが何か険しい表情でノルフィナを凝視していた。
「ひっ……!? あの、えと…… も、勿論トモミンの邪魔は--」
「まぁ、ノルフィナちゃんならいいかぁ……」
「え…… い、いいんですか!?」
「うん! だって強くて優しいし! 二人一緒ならいいよ! --でもその代わり、絶対に僕の前から居なくなったりしないでね……?」
「はっ、はいぃっ……!」
--最後の方で一瞬妙な雰囲気がした気がするけど、とにかく話はまとまったらしい。
「それじゃあ発つ前に、この村の守り神だったシロの代役を立てておきましょうか」
「代役、ですか……?」
「ワフン?」
俺の言葉に、ノルフィナのお父さんとシロが揃って首を傾げる。
この村の主な防衛戦力はシロだったらしい。その彼を引き抜くからには代わりが必要だろう。
『混沌の使い魔…… 出よ、スチールベア』
ゾバッ!
俺の足元から影が噴き上がり、それが徐々に形を成し、巨大な黒いヒグマのような姿となった。
「グルルルルッ……」
現れたのは、俺達とも因縁深い熊野郎だ。こっちの世界ではスチールベアと呼ばれているらしい。
「「ひぃっ……!?」」
突然登場した巨獣に里の人々が悲鳴をあげる。やべ、先に何をするのか言っておくべきだった。
この召喚魔法は、カオスウルフから得たスキルの一つである。
奴の体を喰らうことはできなかったが、戦闘中に奴の血を飲んでいたおかげで獲得できたらしい。
お世辞にも美味くはなかったので、二度とやりたくはないが……
みんなが後ずさる中、ノルフィナのお父さんがおずおずと聞いてくる。
「こ、この巨大な魔物は…… 森の主ではないですか……!?」
「ええ、そうらしいですね。ですがご安心を。俺の使い魔のようなものなので、皆さんに危害は加えません。
森の主と呼ばれる程の実力者なので、カオスウルフ級の化け物が来ない限りは大丈夫でしょう。
スチールベア。そういうわけだから、里の門の外で警備に就いてくれ。ここの人達の言う事をよく聞くんだぞ?」
「グルッ」
スチールベアは俺の言葉に頷くと、ズシンズシンと足音を立てながら里の外へと向かっていった。
素直に従ったスチールベアに、里の人々が感嘆の声をあげる。これでここの守りも大丈夫だろう。
「では、そろそろ出発します。 --『黒門』」
ズズズッ……
俺の足元から再び影が立ち上がり、今度は直径2m程の黒い円環が形成された。
円環の内側には見覚えのある山中の景色が映っている。そう、地球の鉄熊山の風景だ。
これもカオスウルフから獲得したもので、影から影へ、世界の隔たりをも超えて移動できる超絶便利スキルだ。
ノルフィナによると、とんでもなく高度で強力な闇属性空間魔法らしい。
その辺の複雑な魔法理論は分からないが、これで次の満月を待たずに地球に帰ることができる。
「じゃあみんな。来週にはまた顔を出すから、それまで元気で!」
「ワンワン!」
『黒門』を潜るノルフィナとシロを、里の人達が歓声を上げて見送る。
二人に続き、トモミンは歓声に両手をブンブン振り返しながらゲートに進んでいく。
俺もその後に続いたのだけれど、彼女はゲートを潜る直前で足を止めてしまった。
「トモミン……? どうしたんだ?」
声をかけると、彼女は一瞬の沈黙の後で振り向いた。
上目遣いでこちらを見る顔がほんのり赤い。
「ね、ねぇ師匠。あの時…… 僕、師匠の質問に好きだって返したよね……? じゃあさ。し、師匠は…… 僕のこと、好き……?」
その質問に俺は喉を詰まらせた。そんなの答えは決まっている。決まっているが……
「そ、その…… す…… 好ま…… あー…… トモミンのことは、気に入ってる。凄く」
なんとか絞り出せたのは、あまりにも情けない答えだった。
そんな俺を、トモミンは超絶不満顔で睨み返す。
「--もー、何それ! 師匠のいけず! --まー、今はそれでもいっかぁ…… そんじゃあ帰ろ! 僕らの家に!」
「……! ああ、帰ろう!」
太陽のような笑みを浮かべ、トモミンが俺の手を引く。
歓声を背にゲートを潜り、世界を渡り、俺は地球へと帰還した。
1章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。
「2章 ハンター、都会へ行く」は、3/17(火)から更新予定です。以降は火木土日の週四回更新となります。
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