第4話 ハンター、魔物を喰らう
トモミンさんを山の麓で見送った段階で、あたりはすでに暗くなっていた。
「さて、俺も行くか」
俺は一人そう呟くと、踵を返して再び入山ゲートを潜った。
あの上級ダンジョンはヤバい。何せ一層目にあんな化け物が居たんだ。直ぐにハンター支援局に報告して対処して貰わないと、ここら一帯が滅びかねない。
バタついていて今その事に気づいた俺は、正確な場所を記録すべくダンジョンへと急いだ。
「魔物が潜む夜の山に入るなんて、覚醒前は絶対にできなかった事だな……」
見慣れた山の風景も今は違って見える。こんな時なのに、俺はその事に少しワクワクしていた。
チラリと夜空を見上げると、殆ど真円の月が明るい光を放っている。そういえば昨晩は満月だったか。お陰で探し物もしやすい。
しかし目的にの場所に辿り着くと、そこには肝心のダンジョンが見当たらなかった。
「あ、あれ……? 変だな。ここのはずだけど……」
慌てて周囲を見回してみると、熊野郎が木々を薙ぎ倒した跡や、俺の血痕がはっきりと残っていた。
「やっぱり間違いない。ここにダンジョンがあったんだ」
そのはずなのに、大きな空間の歪みだけが幻のようにこの場所から消えていた。
妙だ。あの規模のダンジョンが自然消滅するなんてあり得ない。そして、俺達が離れていた間に誰かがダンジョン核を破壊したとも考えにくい。
「--まぁ、無いものは仕方ない。考えるのは後にして、一旦熊野郎の魔石を回収するか」
俺は一人そう呟くと、念の為この場所のGPS座標を記録し、今度は熊野郎を仕留めた崖下へと向かった。
しかし俺は、そこでも予想外の事態に遭遇した。
「消えて、ない……!?」
崖下に積まれた鉄骨の山。その頂上で串刺しになった鈍色巨体は、消失せずにまだそこにあったのだ。
おかしい。魔物が死んだ場合、その体は魔石を残してすぐに消えてしまう。ダンジョン内ならたまに素材を残すこともあるらしいけど、体が丸ごと残っているなんて聞いたことが無い。
消えないはずのダンジョンが消え、消えるはずの魔物の死骸が残っている…… 今日は本当にイレギュラーな事ばかりだ。
「--仮にあいつの体全部をドロップ素材と捉えた場合…… 確か今の法律では、ダンジョン外でのドロップ素材に関する規定は無かったはず。
なら、魔石を提出して討伐報告だけすれば、あとは俺の好きにしてもいいよな……?」
一人呟いて考えをまとめた俺は、月明かりに照らされた串刺しの熊野郎を見て頬を歪めた。
そうだ、何も悩む事は無かった。狩った獲物を頂くのは狩人の特権なのだ。
俺は奴の巨体をロープで手早く纏めると、向上した筋力に物を言わせて自宅まで持ち去った。
そして苦労して奴の魔石を剥ぎ取り、その足で近場にあるハンター支援局を訪ねた。
ハンター支援局はダンジョン庁の下部組織で、各地に多くの支部が存在する。魔石や素材の買取、討伐依頼の紹介や昇給審査などを行うので、俺達ハンターにとってはとても馴染み深い施設だ。
その窓口を訪ねると、静かだった夜間の支援局は騒然となった。中年G級ハンターが突然覚醒して若返り、いきなり大量の魔石を持ってきたのだ。よく考えれば無理もない反応だった。
しかもウォーゴブリンのD級魔石はまだしも、熊野郎の透明度が高く大ぶりの魔石は、B級の上位相当のものと鑑定された。
B級の魔物の脅威度を簡単に説明すると、そいつ一体だけで大都市が滅びかねない程で、それを狩れるのはハンターの中でも一握りの上澄だけだ。
今回はそんな怪物の魔石を、覚醒したての俺がいきなり持ってきたという形だ。
「--狩山さん。すみませんが、ちょっと奥の方へ……」
「は、はぁ」
流石に怪しすぎたのだろう。俺は引き攣った笑顔の職員からに促され、別室で事情の説明を求められた。
俺は取り調べのような雰囲気に冷や汗を流しながらも、トモミンさんを救助して熊野郎を討伐した事だけを報告した。
消えた上級ダンジョンと残った熊野郎の死骸については話さなかった。虚偽のダンジョン発見通報は普通に逮捕案件だし、俺の会話能力で上手く説明する自信がなかったからだ。あとでトモミンさんとも口裏を合わせておかないと……
俺の説明に大半の職員は納得していない様子だったけど、そこへ古馴染みの職員さんが現れ、この人は信用できると助け舟を出してくれた。
彼女の鶴の一声で疑いは晴れたらしく、俺はようやく取り調べから解放された。
「はぁ…… 熊野郎とやり合った時よりも疲れた気がする」
散々詰められた上に魔石の買取査定も後日という事になってしまい、トボトボと自宅に戻ると、時刻は深夜になっていた。
俺の家は郊外にぽつんと建つ借家で、かなりお年を召した物件だ。なので所々がその…… とても趣深い。
しかしこの家には良い所も沢山ある。近所付き合いという概念がないところ、家賃が安いところ、そして、広めのガレージがついているところだ。
俺は家の玄関を通り過ぎてガレージへに入り、電気をつけた。
中には熊野郎の巨体が、空間の殆どを占領するかのように横たわっていた。圧迫感が凄い。
普段はここで鹿や猪を解体したりもするが、こんなにでかい獲物を処理するのはもちろん初めてだ。
「串刺しになってたおかげで血抜きも済んでるし、冬だから肉も傷んでないはずだ。けど、熊の解体なんて動画で見ただけだけなんだよなぁ……」
しかし、不安を抱えながらも作業に取り掛かると、俺の手は熟練の手捌きでナイフを振るい始めた。
ザシュシュシュシュ……!
ゴブリンの群れを仕留めた時と同じだった。内臓を取り出し、皮を剥ぎ、関節を外して枝肉にしていく。一連の工程がはっきりと頭に浮かび、どう手を動かせばいいのか全て分かった。
巨体を解体するのに、結局十分も掛からなかった。この異様な解体スキル…… これもあの光の塊のおかげなんだろうか……?
さておき、そろそろ空腹も限界に近い。
俺は枝肉の中からある部位を選び、丁寧に下処理をしてからじっくりと焼き始めた。
そして小一時間後。台所のテーブルの上には、こんがりと焼き上がった山盛りのスペアリブが乗っていた。
部屋の中には香ばしくも暴力的な香りが充満していて、胃袋を猛烈に刺激している。
何よりその大きさだ。あの巨体から取り出しただけあって、一本がまるでバーベルのようなサイズ感と重量だ。
皿に乗せることは最初から諦め、アルコールで消毒したテーブルの上に直接載せている。
他に食べやすそうな所はいくつもあったけど、こんなにロマン溢れる部位を見てしまったら我慢できなかった。
俺は生唾を飲み込むと、その肉の山脈に向かって静かに手を合わせた。
「では…… いただきます!」
焼きたての巨大スペアリブを両手で掴むみ、大口を開けて喰らいつく。
カリッ…… メリ、バリリィッ……!
豪快に骨から肉を噛みちぎり、味わうように咀嚼して飲み込んだところで、俺は目を見開いた。
「--な、なんだこの肉…… 美味すぎる! シンプルに塩と香草だけで味付けしたのに、噛めば噛むほど肉の旨みと脂の甘みが溢れて……!
ちょっと硬い食感だけど逆にそれが良い! 臭みが全く無いのにとにかく味が濃い……! 以前食べたヒグマの何倍も!」
とんでも無く…… 脳が痺れるほどに美味い巨大スペアリブを、俺は夢中で貪った。
覚醒者の筋力と頑健さをフル活用し、野生の歯応えを持つ肉を飲むように喰らっていく。
命懸けで強敵の獲物を狩り、それを美味しく頂く…… 狩人として本能が満たされる至福の時間だった。
「ふーーー…… ご馳走様。いやぁ美味かった」
俺は満足げに息を吐くと、だらしなく椅子の背もたれに体を預けた。
テーブルの上に積まれていたスペアリブの山は、いつの間にか肉片一つ残っていない骨の山に変わっていた。絶対作りすぎたと思ったのに……
しかし不思議だ。多分自分の体積分くらいは食べてしまったはずなのに、胃が破裂する様子も無い。
覚醒者は常人の何倍も食べるって聞くけど、これじゃあ今後の食費がヤバそうだな……
俺はテーブルの上の骨を一本手に取ると、未練たらしくそれを眺めた。
「あの熊野郎、骨まで凄まじいな…… 金属質というか、これ、完全に金属なんじゃないか?」
テーブルからはみ出るサイズのそれはずっしりと重く、叩くと澄んだ音がした。
僅かに湾曲して金属光沢を放つ様は、巨大な曲刀のようでもある。これ、うまく加工できたらいい武器になりそうなんだけど……
そう思った瞬間、俺の体が突然黄色い光を放った。
ギュルッ!
さらに持っていた骨がぐにゃりと歪み、俺が脳内に描いた通りの巨大な曲刀へと変形した。
「な……!? これって、熊野郎が使ってた魔法か!? なんで俺に……」
曲刀からテーブルの上の骨の山へと目を移す。心当たりは一つしか無い。いまさっき完食した熊野郎の肉だ。
魔物のドロップ素材には食用可能な肉もある。しかし、食べた事でこんな効果があるなんて話は聞いた事が無い。
驚愕する俺の脳内にまたあの声が響いた。
『クスクス…… 食ベルテ、モット食ベテ……』
今聞こえた言葉…… やっぱり、食った魔物のスキルを吸収できるって事だよな……?
「名前も知らない妖精さんよ…… お前さんと俺の利害は一致してる。だからお望み通りにしてやるさ。
魔物を狩って、喰らって、その力でより強い魔物を狩る…… ふふっ、永久に狩りができちまうなぁ。お前さん、本当に最高だよ……!」
光の塊が入っていった胸元に手を置きながら、俺は獰猛に笑った。




