第39話 ハンター、混沌と対峙する(4)
『千刃乱舞!』
数十のダガーをカオスウルフに向かって射出しながら、俺はその後を追うように疾走した。手にはすでに刀を握っている。
「グルッ!」
するとダガー群が着弾する直前、奴はその場でぐるりと高速回転した。
ギギギギィンッ!
烟るような速度で振るわれた奴の尾が、ダガー群を残らず弾き飛ばす。
簡単に防ぎやがる…… けど、そのくらいは想定内だ……!
「しっ!」
ダガー群の直後に奴へ肉薄し、俺は大上段から刀を振り下ろした。
奴はそれを紙一重で横に躱すと、地を蹴って俺の首元に食らいつこうとする。
「……!」
刀は下へ振り切ってしまっている。引き戻すのは間に合わない。
俺は咄嗟に刀から両手を離すと、片腕で首元をガードしながら、もう片方の拳を奴の顔面に放った。
ギュルッ!
しかし、奴は噛みつきを中断して空中で身を翻し、俺の拳は空を切った。
奴はさらに俺の肩を踏み台にして跳躍し、氷壁の外に向かって跳んだ。
「逃すか!」
すぐにダガー群を操り、奴の進路を塞ぐように射出する。
すると奴は再び体を翻して氷壁に着地し、ダガー群をやり過ごした。
そしてすぐに壁を蹴り、凄まじい速度でこちらへ突っ込んでくる。
「ガゥッ!」
眼球に向かって振るわれる奴の前脚。
それをギリギリで躱すも、鋭い爪で頬を裂かれてしまった。
ダンッ!
着地した奴がすぐに俺に向き直り、俺たちは距離を取って睨み合った。
「グルルルッ……」
「ふぅー…… やはり、一筋縄ではいかないか」
背中を冷や汗が伝い、心臓が早鐘のように打つ。僅か数秒とは思えないほどの高密度な攻防だった。
昼に数十種類の魔物を喰らって得たスキル群により、俺の身体能力は何重にも強化されている。
それでも地力では奴の方が優っている。影の異能を封じても尚、震えが来る程の強敵だ。
これが数千年を生きる伝説の怪物か…… 恐ろしい。が、同時に沸る。
俺は今、覚醒前に見ていた夢を叶えようとしている。S級の領域に至った強敵、憧れの獲物を狩るという夢を……!
「「オォ…… オォォォォォォ!!」」
背後の都市防壁の上から幾つもの歓声が上がる。そうだ。今回は現地にギャラリーが居るんだった。
「なら、いつまでも睨み合ってはいられないな……!」
刀を握り直し、ダガー群を周囲に滞空させ、俺は再びカオスウルフに肉薄した。
「らぁっ!」
「ガゥッ!」
奴は俺を殺す方針に切り替えたのか、以降は壁の外へ逃げる素振りを見せなくなった。
代わりにその動きはさらに俊敏さと力強さを増し、一撃ごとに俺の命を刈り取りに来た。
俺はそれを刀とダガー群を使って凌ぎ切り、一瞬の隙をついて反撃した。
脳が焼き切れるような超高速域の戦闘がしばらく続き、俺と奴の体には、幾つもの傷が刻まれていった。
「ググッ…… グッグッグッグッ……」
そして何度目かの睨み合いになった時、奴が奇妙な鳴き声を上げ始めた。いや…… これは笑っているんだ。
漆黒の体を自身の血で赤く染めながら、奴はそのでかい口を笑みの形に吊り上げている。
「はっ、はっ、はっ…… ははっ…… 随分、楽しそうだな」
かく言う俺もそうだ。息を切らして血だらけになりながら、口角が上がっていくのを止められない。
「カ、カリヤマさん……! そろそろ氷壁の維持がしんどくなって来ました! シロも辛そうです!」
「クゥーン……!」
すると、氷壁の外からノルフィナとシロの悲鳴のような声が届いた。
激しい戦闘にも関わらず、俺達を囲う氷壁は無事に存在している。膨大な魔力を消費しながら、ノルフィナが壁の強化と修復を続けてくれているおかげだ。
そして多数の光源を同時展開する無影灯魔法の維持にも、シロは相当な魔力を使っているはずだ。
戦闘開始から数時間、もう二人の限界が近いのだ。
加えて今のタイミングで夜が明けたら、強烈な太陽光が差し込み、無影灯魔法は効果を失ってしまうだろう。
そうなれば、拮抗している今の状況は一気に奴の方へ傾く……
「了解だ! 一気に畳み掛ける……!」
俺と奴は、お互いに向かって同時に駆け出した。
そして間合いに入った瞬間、俺は裂帛の気合いと共に連撃を繰り出した。
「おぉぉぉっ!!」
「グッ、グルッ……!」
『剛力』、『超反応』、『俊敏』、『予見』、『精密動作』…… 多数の強化スキルを同時発動し、呼吸すら忘れてひたすら刀を振るう。
疲労からか、カオスウルフはそれを捌ききれずに徐々に押されていく。
そして俺の足払いのような斬撃に、奴が大きく体勢を崩した。
好機……!
大上段に刀を振りかぶる俺に、都市防壁から聞こえてくる歓声が一際高まる。
しかしその時、崩れた体勢でこちらを見上げる奴が邪悪に笑い、俺に向かってその大口を開けた。
刀を振り下ろしながら、何故か俺の目は奴の口内に釘付けになった。それは、どこまでも奥に続くような暗黒の穴だった。
--暗黒……? しまった……! 奴の口内に濃い影が落ちている…… 無影灯の光も、体内にまでは届かない!
ゾバッ!
瞬間、奴の口内から無数の影の刃が射出された。
こいつ、これを狙って押された振りを……! だめだ。刀を振り上げて踏み込んだ今の姿勢では、防御も回避も間に合わない。なら……!
『硬質化!』
俺は咄嗟に、昼に獲得した新たなスキルを発動させた。
ズガガガガガッ!
影の刃が俺の上半身に殺到し、装備を貫いて肌に到達する。
しかしそこまでだった。影の刃は俺の肌もズタズタに切り裂いたが、その下の肉や骨には到達しなかった。
アルマジロ型の魔物から得たスキルは、俺の肌を鋼以上に強化していた。
「グルッ……!?」
俺がさほどダメージを負っていない事に気づき、奴が目を見開く。防ぎ切った……!
だが心の中で喝采を叫ぶ俺に、奴はすぐに次の手を打ってきた。
ギュルッ!
硬質だった影の刃が触手のように軟体化し、絡みつき、振り上げた俺の両腕と上半身をガッチリと拘束した。
「うぉっ……!?」
さらに影の触手が強力に収縮し、俺の体は強引に引っ張られた。
奴の視線は俺の首元に向けられている。このまま口元まで引き寄せ、俺の首を噛みちぎる気か……!
まずい。この拘束はかなり強固だ。脱出には時間がかかる。間に合わない。両足が浮いてしまっているので踏ん張ることも出来ない。手持ちに有効なスキルもない……!
牙が林立する奴の口が近づき、濃密な死の予感が迫る。
「師匠!」
その時、トモミンの声が聞こえた。そうだ。俺は彼女と一緒にいると約束した。死ぬわけにはいかない……!
だが、正に手も足も出ないこの状況をどうやって……
--いや、まだあった。この状態の俺にも使える、しかも奴と同じ武器が……!
距離が縮まり、奴の牙が俺の首に届く、その直前。
「ガァァァァッ!」
俺は体を捩り、逆に奴の喉笛に噛み付いた。
「ギッ!?」
驚愕の悲鳴が響き、俺の口内を奴の血潮が満たす。
鉄臭いそれを反射的に飲み下し、直感のまま、俺は渾身の力で奴の土手っ腹を蹴り込んだ。
『震脚!』
ドッ…… ガァンッ!!
空気が震えるような一撃。
俺を拘束していた影の触手は千切れ飛び、奴は凄まじい勢いで氷壁に激突した。さらに。
「ギャ…… ギャガァァァァァッ!?」
ドドドドドドッ!!
本来は数千数万の相手に放つ対軍攻撃魔法。それが奴の体内で暴れ回り、その身を幾度も衝撃波が襲う。
その様を見ながら、俺はガックリと膝を突いた。
長時間の全力戦闘に加え、最後に震脚を放ったことで、俺の魔力は殆ど無くなっていた。これで倒し切れなければ、もう……!
すると絶叫を上げていた奴が、俺を見下ろしながら僅かに笑ったように見えた。
それは、奴が戦闘中に見せていた邪悪な笑みでは無かった。
『やるではないか、人間』
そんな幻聴が聞こえてきそうな、高慢な賛辞の笑みだった。
--バァンッ!!
直後、奴の漆黒の巨体が、まるで爆発したかのように内側から弾け飛んだ。
飛び散った肉片はさらに細かく砕け散り、地面に落ちる前に霞のように消えていく。
同時にシャドウウルフも消え去ったのか、都市防壁から聞こえていた戦闘音も止み、辺りは静寂に包まれた。
「--勝った、のか……?」
現実感のないまま呟く。終わったのか……? 本当に、あの化け物を倒したのか……?
「しっ…… ししょー! ひぃ、ひぃっ……!」
死にそうな声に振り向くと、トモミンが足を引き摺るようにしてこちらに走ってくる。晴れやかな笑みだ。
パキィン……!
氷壁が砕け散り、ノルフィナとシロもふらふらとこちらに向かってくる。
三人は俺の元に集まると、倒れ込むように俺を抱擁した。
「師匠、師匠! もうっ、ほんと師匠! 流石師匠! ししょー!」
「カリヤマさん……! やりましたね! ついにあの伝説の怪物を倒したんですよ!」
「ワンワン!」
全員から涙ながらの賛辞を受け、俺の中にようやく勝利の実感が湧き上がってきた。
「そうか…… 仕留める事ができたんだな、あの混沌の魔獣を…… カオスウルフを……!」
『キャハ……! キャハハハハハハッ!』
脳内に大精霊の笑い声が響く。過去一の喜びようだ。どうにもこいつとは気が合うらしい。
ふと都市防壁の方を見ると、侯爵達が呆然とこちらを見ていた。
俺は彼女達に向かって小さく笑うと、ゆっくりと拳を突き上げた。
「「--ワァァァァァッ!!」」
直後、爆音のような歓声が巻き起こった。
そして東の空から眩い朝日が昇り、俺達を暖かく照らす。
長い夜が明けた。




