第37話 ハンター、混沌と対峙する(2)
『師匠とはもういいかなぁ…… なんか飽きちゃったもん。僕、もっと楽しい友達が沢山いるし』
『私もです。カリヤマさん、あなたと一緒にいても全くメリットがありません』
『ヴーッ、ガルルルッ……!』
奴の影から現れた、色彩のない黒一色のトモミン達。彼女達は敵意の目を向けながら、俺に向かって次々に鋭い言葉を投げかけてくる。
『ぅ…… あぁ……』
違う……! 目の前にいるのはカオスウルフが生み出した使い魔で、トモミン達本人じゃない。
頭では分かっている。だというのに、心の奥底から強烈な恐怖と不安が湧き上がり、俺は呻きながら後ずさる事しか出来なかった。
恐らく、奴のあの赤い双眸だ。奴はあの瞳で俺を凝視する事で、俺が最も恐怖するものを読み取ったんだ。
そして読み取ったものを使い魔として具現化し、俺にぶつけてきた。つまり奴の能力は、相手の天敵を召喚する能力と言っていい。はっきり言って反則だ。
今はダウンしている侯爵の部下。領内最強だという騎士団長と魔導士団長も、同じ方法で敗れたのだろう。
病床の団長達から聞いた話によると、彼らを一蹴したドラゴン型の使い魔は、彼らが過去に交戦した最強の魔物そのものの姿だったらしい。
その強さも彼らの記憶通りだったが、何より凄まじい恐怖に身が竦み、まともに戦うことすらできなかったそうだ。
この感じだと、対象が天敵に抱く恐怖感を強める魔法も使われているのだろう。
--そこまで理解してもなお、俺の足は後ずさるのを止めない。
『この師匠、もう殺しちゃおっか。邪魔だし』
『賛成です。どうせ世界から必要とされていない人材ですし』
『ガゥ! ガゥガゥッ!』
武器を構え、殺気と拒絶の気配を漲らせながら、黒いトモミン達が向かってくる。
対する俺は、呼吸はまともにできず冷や汗も止まらない。立ち向かうどころか、背を向けて逃げ出してしまいそうだった。
『やめ…… やめて、くれ……』
震える声を絞り出しながら思う。なぜ、俺はあの黒いトモミン達がこれほどまでに怖いのだろう……?
--いや、理由は分かっている。
以前の俺が最も恐れていたのは、物理的な居場所を失う事だった。
俺に生きる意味と、日々の糧を与えてくれた鉄熊山。あの慣れ親しんだ山に入れなくなることが怖かった。
けれど今は違う。俺はもう、トモミン達の中に新しい居場所を見出してしまっている。それを失うのが、正に死ぬほど恐ろしいのだ。
だからこそ、俺を拒絶する彼女達が俺の天敵として召喚されたんだ。
見事に術中に嵌った俺が可笑しいのか、カオスウルフは使い魔の向こう側でニタニタと嗤っている。
『カリヤマ殿! しっかりしろ! くそ、団長達の時と同じだ……! 大精霊の憑代でも、あの混沌の獣には勝てぬのか……!
者共! 狼どもを近づけるな! この都市を、人々を守るのだ!』
後方、城壁の上から侯爵の声が聞こえる。再召喚されたシャドウウルフの大群が都市に殺到するのを、俺は呆然と見送ってしまった。
『やだ……! やだよぉ……!』
その時、本物の方のトモミンの声が聞こえてきた。
「ゴルルルッ……!」
見ると、彼女は俺と同じように恐怖に呑まれ、へたり込み、今にも黒い熊野郎に襲われそうになっていた。
その姿を見て、じりじりと後ずさっていた俺の足が止まった。
俺は…… 俺は一体何をやっているんだ……!? トモミン達の偽物にビビってる場合じゃない! このままじゃ本物のトモミンが死ぬ……!
くそっ……! あの時、最初に彼女と出会った時は動けたのに……! 体が、心が竦んで動けない…… どうすれば……!
必死に足掻きながらトモミンを凝視する内、俺は単純な事に気づいた。
--そうだ。ここには、俺の側には本物のトモミンが居る。
俺一人ではとても奴の術中から抜け出せない。けど、彼女となら……!
決心した俺は、別種の恐怖に震えながら、本物のトモミンへその言葉を投げかけた。
『トモミン……! こんな時だが教えて欲しい。俺のこと、どう思ってる……?』
『……へ? な、なに? 突然どーしたの、師匠……?』
震える声で聞き返す彼女に、俺は再度祈るような気持ちで言葉を重ねる。
『頼む、教えてくれ……! 俺のこと、その、嫌いだったりしないか……? 突然こんな事聞かれて、困ると思うんだが……』
もし…… 本物のトモミンからも拒絶されたら、俺はもう立ち直れないかも知れない。
けれど、恐怖とは未知への不安だ。あの黒いトモミン達は、俺が彼女達に抱く不安の具現なんだ。
だから、たとえそれが望んだものでは無かったとしても、本人の口からはっきりと答えを聞けば…… 俺が感じている未知への不安は、恐怖は、消えて無くなるはずだ……!
無限に感じられるような一瞬の沈黙の後、彼女は俺の言葉に応えた。
『--師匠を嫌いかって、そんなの…… そんなの好きに決まってんじゃん!』
『……!』
その言葉を聞いた瞬間、俺を苛んでいた全ての呪縛が解けた。
キィンッ!
漲る力のまま刀を翻し、俺は偽物のトモミン達をまとめて薙ぎ払った。
「グルッ……!?」
自身の秘術を振り払った俺を目にし、カオスウルフの邪悪な笑みが消えた。
俺は奴から目を離さずにトモミンへ近寄ると、へたりこむ彼女を抱き起こした。
『トモミン、ありがとう……! 君のお陰で、俺はまた恐怖を乗り越える事ができた』
『し、師匠……?』
『次は俺が君を助け起こす番だ。トモミン、君は以前の君じゃない。あの熊野郎に勝てるだけの力を、すでに十分身につけているんだ』
『え……? 嘘…… そんなわけないよ……! だって…… だってこんなに怖いんだよ……!? 無理だよ、勝てっこないよ!』
『勝てるさ。君の師匠の俺が言うんだ。君ならやれる。それに、万が一危なくなっても俺がついてる。
君が俺の側に居てくれたように、俺も君の側に居る。大丈夫だ。君は、一人じゃない』
『……!』
トモミンの瞳に光が戻る。どうやら、彼女も恐怖を乗り越えてくれたようだ。
『そう、だね…… そうだった…… 僕の側には、師匠が居てくれるんだった……!』
『ああ……! その通りだ!』
『師匠がずっと…… ずっとずっと、ずーーーっと、一緒にいてくれるんだもんね? ね? そうだよね……?』
『ん……? あ、ああ。その通りだ……!』
おかしいな。光が戻った彼女の瞳の中に、何か黒くドロドロしたものが見えた気が……
いや、あの明るく快活なトモミンがそんなものを秘めているわけがない。きっと気のせいだろう。
『よっし! それじゃあ師匠のでっかい期待に応えちゃおっかな! こっちの熊さんは僕に任せてよ!』
『ああ、頼む! 俺は…… こっちの陰険狼を狩る!』
完全に体勢を立て直した俺とトモミンを、カオスウルフと熊野郎が忌々しげに睨む。その時。
『千連氷柱!』
後方から鋭い声と機銃掃射のような音が響く。
「「ギャィン!?」」
シャドウウルフ達を薙ぎ払いながら、頼もしい援軍が俺達の元へ駆けつけてくれた。
『カリヤマさん、トモミン! すみません、遅くなりました!』
『ワンワン!』
『ノルフィナちゃん、シロ! 待ってたよー!』
『よく来てくれた! 早速だが例の魔法を! 俺たちごと封じ込めてしまって構わない!』
ノルフィナとシロはすぐに頷くと、大きく後ろに下がって力強く魔力を漲らせた。
『純氷硬壁!』
ノルフィナの魔法が発動。透明で分厚い氷の壁が、周囲を取り囲むように高く隆起した。
『アォォォォォン!』
次にシロの光魔法が発動し、氷の壁の外側に無数の光源が出現した。
陰険狼と熊野郎、そして俺とトモミン。この四者は、眩しいほどにライトアップされた、氷壁の闘技場の中に閉じ込められた。
『よし……! 二人はそのまま魔法の維持を頼む! さぁ陰険狼、第二ラウンド開始だ……!』




