第34話 ハンター、貴族に会う
ノルフィナはひとしきり再会を喜んだ後、俺達に彼女のご家族を紹介してくれた。
エルフの男女はやはり彼女のご両親で、小さい子達は弟さんと妹さんだった。
ざっくりとした経緯は伝わっていたようで、ご両親からは涙ながらに感謝された。
俺の方こそ、ノルフィナに世話になった事へのお礼を言いたかったのだが…… 言葉が通じないのがとてももどかしかった。
一方トモミンは流石で、ちょっと人見知り気味だったノルフィナの弟さん達と早速友達になっていた。彼女を見ていると、コミュニケーションの本質が言葉じゃない事が良く分かる。
その後、騎士達からやんわりと促された俺達は、一旦ご家族と別れて都市の奥の方へと進んだ。
そしてそのまま都市の中心に聳える巨大な城館に入ると、豪奢なホールを通って応接室のような部屋に通された。
そこで暫し待つように言われ、案内の騎士が部屋を出ていくと、トモミンが耐えかねたかのように喋り始めた。
「すっ…… すっごいね師匠! 僕、お城って何回か登ったことあるけど…… こう、現役で使われてるお城ってやっぱりなんだか違うよ!
豪華で緊張感があって、でも生活感もあって…… 異世界って感じがする!」
「だな。俺は城なんて初めて入ったが、正直圧倒されてしまったよ…… しかし、ノルフィナはなんだか慣れてるな?」
ほへー、という感じで周囲を見回していた俺達に比べ、彼女は随分と落ち着いていたのだ。
が、彼女は俺の言葉にブンブンと首を横に振った。
「いえいえ……! ほんの数回来たことがあるだけですよ。それより、先ほど騎士様にお願いしてお借りしたものがあります。お二人とも、これを耳に着けて頂けますか?」
彼女が差し出したのは、インカムのような形をした何かだった。小さな円盤状の本体から、耳に引っかけられる部分と、マイクのようなものが伸びている。
恐らく何かの魔道具だろう。俺とトモミンは言われた通りそれを耳に装着した。
『--どうでしょう? 今、私はユグドラシアの言葉を話しているんですが…… 伝わっていますか?』
すると、ノルフィナの口の動きに僅かに遅れ、耳に付けた魔道具から彼女の声が聞こえてきた。なんと日本語だ。
『え…… そーなの!? すっごく自然な日本語が聞こえてきたよ……!? なんでなんでー!?』
驚くトモミンに、ノルフィナはどこか得意げに頷いた。
『よかった……! 今トモミンが話した言葉も、私にはちゃんとユグドラシアの言葉に聞こえていますよ。
この魔道具は私のお師匠様が作ったもので、装着者の思念を音に変換し、外からの音を思念の形で装着者に伝える非常に高度な技術が使われています。
その分かなり高価でして、この城に二組だけ置いてあったものをお借りしたんです。これがあれば、お二人はこの世界で言葉に不自由しないと思いますよ』
『あ、ありがとう。そんなに貴重なものを…… ノルフィナ。そんな物を借りれるってことは、君、やっぱりこの城のVIPなんじゃないか?』
『ち、違いますよ……! ただ、光栄な事に領主様には随分目を掛けて頂いています。今回の件で、少しは恩返し出来ていたら良いんですが……』
コンコンコン。
そこへノックの音が響き、先ほどの騎士が戻ってきた。
『失礼する。ノルフィナ殿。これより貴殿らを、我が主人の元へ案内させて頂く』
『は、はい……! みなさん、行きましょう』
騎士の後ろにみんなで付いていくと、暫くして執務室のような部屋に到着した。
『来たか……! ようこそ。私がこのスナエネス侯爵領を預かるリースヒルドだ。戦時ゆえ、このような格好ですまんな』
そこで待っていたのは、貴族というより、歴戦の戦士の風格を漂わせたエルフの女性だった。気配からしてかなりの手練だ。
エルフの例に漏れず美形だけど、鎖帷子の上からでも鍛え上げられた肉体をしているのが分かる。
その彼女の衣服は所々が血で汚れていて、この都市の窮状を現しているようだった。
『侯爵様。このノルフィナ、只今戻りました……!』
最敬礼で頭を下げたノルフィナに、リースヒルド侯爵は実に嬉しそうに頷いた。
『うむ、よくぞ帰った。カオスウルフに立ち向かって戻らぬと聞き、諦めかけていたのだが…… 本当に無事でよかった。
そして感謝する。お前達の助力がなければ、この都市は早晩に落ちていただろう……
我が都市を救いしノルフィナの戦友達よ。私に名を聞かせてくれるか?』
侯爵の視線に、俺も最敬礼で応えた。
『は。カリヤマと申します。この世界でいう、冒険者のような仕事をしております』
『ト、トモミンです! カリヤマ師匠の弟子です! よろしくお願いします!』
ちょっとデカ過ぎる声で名乗ったトモミンに、侯爵が頬を歪める。
『ははっ、元気の良い娘だ。気に入った。ふむ…… 二人ともよく鍛えているな。
特にカリヤマ殿のこの気配…… やはり凄まじい手練のようだ。流石は最強たる狩人の大精霊の憑代。天上の神々は、我らを見捨てたわけではなかったようだ』
『は、恐縮です……』
侯爵、随分と持ち上げてくれるな…… 偉い人にここまで言われると逆に怖い。
テシテシ。
足を軽く叩かれる感覚に視線を下げると、シロがちょっと悲しそうな表情で俺を見上げていた。どうやら彼もご挨拶したいらしい。
『あの、侯爵様。こちらはシロと言いまして、彼もノルフィナの戦友です。先ほどは共にシャドウウルフ達を退けました』
「ワオン!」
得意げに鳴くシロに、侯爵は今日一番の笑顔を見せた。結構動物好きな人なのかもしれない。
『ほぅ……! ノルフィナから話は聞いていたが、本当に賢く勇猛な子のようだ。実に頼もしい。お前にも後で褒美を取らせよう。
さて…… では挨拶も済んだ事だし、今後について話し合うとしよう。そこに掛けてくれ』
それから俺達は、まずお互いの情報のすり合わせを行った。
こちらからは、シャドウウルフ達に追い立てられたノルフィナとシロが、異なる世界である地球に一ヶ月ほど滞在していたこと。そして、その地球にシャドウウルフ達が来襲し、俺とトモミンはノルフィナ達を助けるためにここへ来たことなどを話した。
地球云々の話については、信じてもらえるか不安だったが、侯爵は全く疑う様子は無かった。よほどノルフィナを信頼しているようだ。
そして侯爵からは、この都市の現状について聞くことができた。
『我が騎士達から聞いたようだが、状況はかなり逼迫している。
各地から避難民を受け入れたことで、この都市の人口は通常の数倍に膨れ上がっている。すでに食料などが不足している状態だ……
さらに戦闘員の三割ほどが怪我で動けず、神官達による治療も間に合っていない。
そしてシャドウウルフ共だが…… 今は引いたが、奴らはきっと今夜にでも襲撃を掛けてくるだろう。今度は親玉であるカオスウルフと共にな。この状態で、次を凌ぎ切れるかどうか……』
侯爵の言葉に沈黙が落ちる。想像以上に厳しい状況のようだ。
『--あの、侯爵様。領内最強と言われているあのお二人、騎士団長様と魔導士団長様は…… まさか……!?』
『案ずるなノルフィナ、二人とも生きている…… が、双方とも重傷で治療中の上、完全に魔力切れの状態だ。復帰は早くとも明日だろう。
昨夜の一斉攻勢の際、突然出現したドラゴン型の使い魔にやられたのだ』
「「……!」」
侯爵の言葉に全員が息を呑む。ドラゴンだって……!?
『侯爵様。その使い魔とは、カオスウルフが生み出したものでしょうか……?』
『うむ。私も見ていたのだが、団長らが奴と対峙した際、奴の影の中からぬるりと現れたのだ。
その強力な使い魔は、団長らを一蹴した後で霞のように消えてしまったのだが……
何かしらの制限はあるのだろうが、形だけ真似たハリボテではない事は確かだろう』
「キューン……」
侯爵の説明にシロが情けない声で鳴く。
ユグドラシアでも地球でも、ドラゴンは強力な魔物の代名詞だ。シャドウウルフの大群だけでなく、そんなものまで召喚できるとは……
『あ、あのー…… ここからさらに避難したらダメなんですか……? 例えばほら、海に逃げるとか……! ここ、港町なんですよね……!?』
トモミンが恐る恐る口にした案に、侯爵は静かに首を横に振った。
『残念だがそれは難しいな。そもそも船が足りんし、どこに逃げるかという問題もある。
数万の避難民を受け入れる余裕のある場所など、それこそ内地の王都くらいだろうが……
この都市から出てゾロゾロと陸路を移動するのは、奴らにどうぞ襲ってくれと言っているようなものだろう。
--つまり我々が生き残るためには、ここで奴らを…… あのカオスウルフを仕留める必要がある。できればの話だが……』
侯爵がじっと俺を見る。巨大な期待と、僅かな不安の混じった目だ。
『--お任せください。俺達は、奴を狩るためにこの世界に来たんです』
『うむ……! よくぞ言ってくれた! では早速作戦を練ろう。あの化け物に、人類の力を思い知らせてやるのだ!』
『はい……! あ…… その前に一つご提案が』
『ほぅ、なんだろうか?』
俺の脳裏に、この都市の人々のやつれた顔が浮かんだ。
『まずは、ここの皆さんの腹ごしらえをするのはどうでしょう?』




