第32話 ハンター、城塞都市を解放する
「--うーん…… もがっ……?」
息苦しさに目を覚ますと、目の前にもふもふで真っ白な毛皮があった。
寝起きで頭が回っておらず、それがシロだと気づくまでちょっとかかった。
「すぴー、すぴー……」
彼は今、仰向けになった俺の上にどっかりと寝そべり、気持ちよさそうに寝息を立てる。
天日干しした布団のような匂いと暖かさが心地いい…… が、すごく重い。
起こさないようにそっとどかそう。そう思ったのだが、両腕が拘束されたように動かなかった。
「あれ、なんだ……? ……!?」
まず右側を見てみると、至近距離にトモミンの可愛らしい寝顔があった。
彼女は俺の右腕をがっしりホールドし、涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠っている。
「ぐー、ぐー……」
「な、なんで……!?」
一気に心拍数が上昇し、さらに左側にも誰かの気配がある事に気づいた。
気配の方に顔を向けると、息がかかるほどの距離にノルフィナの整った美貌があった。
彼女も俺の左腕を遠慮がちに抱えながら、静かに寝息を立てている。
「すぅ、すぅ……」
な、なんだこの状況……!? --いや、だんだん思い出してきたぞ。
***
ノルフィナの実家の厩舎を確認した後、俺たちは里の中をざっと見て回った。
しかし誰も見つからず、どの家の厩舎も血の海のような状況で、この里の家畜は全滅らしかった。
代わりにシャドウウルフや親玉のカオスウルフの気配も無い。里の人達を追って都市に向かったのか、それとも別の場所へ行ったのか……
その後は家屋に残されていたもので簡単な夕食を摂り、ノルフィナが水魔法で沸かしてくれた風呂に入らせてもらった。
それで、腹も膨れてさっぱりした事だし、明日に備えてさっさと寝ようということになったのだけれど、そこで一つ問題が生じた。
「あ…… す、すみません……! こっちではみんなでくっついて寝るので、その、ベッドが一個しかありません……」
なんだか申し訳なさそうなノルフィナの言葉に、俺は周囲を見回した。
彼女の実家は、厩舎、倉庫、居間の三つの大部屋からなり、俺たちが今いるのは居間だ。そしてこの場には彼女の言葉通りベッドは一つしかない。
木枠の中に藁を敷き詰めてシーツを被せたもので、確かに大人数人が一緒に入れるくらいに大きい。
「ええ!? じゃ、じゃあ……!?」
トモミンが真っ赤な顔で俺とベッドを見比べる。
「心配いらない。俺は隣の倉庫あたりで寝るとしよう。二人とシロはベッドを使ってくれ」
「ワフン?」
俺の言葉にシロが首を傾げ、ノルフィナが慌てた様子で俺を引き止める。
「い、いえそんな、ダメですよ! 少々お待ちを……! トモミン、ちょっとこちらに来て下さい」
「へ……? う、うん……」
部屋の隅の方に移動した二人は、暫くヒソヒソと激論を交わしているようだった。
しかし、「まぁ…… 一緒なら……」とトモミンが頷くと、二人揃って赤い顔をしながら戻ってきた。
「あの、カリヤマさん…… 今はいつシャドウウルフ達が戻ってくるか分からない危険な状況です。なので、安全のためにみんなで一緒に寝ましょう……!」
「そ、そーだよ! そっちの方があったかいし、きっと師匠も熟睡できると思うよ? 凍死なんかしたら大変だし!」
「え…… い、いや、それは一理あるが…… でも一緒に寝るというのは……」
最近の俺は彼女達との距離感を間違えてばかりだ。一緒のベッドで寝るなんて絶対にダメだ。トモ友にも、ノルフィナの将来の旦那さんにも申し訳ない。
それに俺は元々超コミュ障の人見知りだ。いくら一緒に死戦を潜ってきた彼女達とはいえ、野営の際に近くで眠るならまだしも、同じベッドで熟睡なんてできるわけがない。
そう思ってひたすら遠慮したのだけれど、二人の勢いと論理展開に負け、結局一緒に寝ることになってしまったのだ。
***
昨夜の事を思い出した俺は、多少落ち着きを取り戻して小さく息を吐いた。
「他人と一緒に同じベッドで寝るなんて、俺には絶対無理だと思ったが…… 朝までぐっすりだったな…… よほど疲れていたせいか、それとも……」
俺は暫く二人の寝顔を眺めた後、なんとなく名残惜しい気持ちでみんなを起こした。
その後、手早く身支度を済ませた俺達は、城塞都市に向かって街道を走った。一晩しっかり休んだおかげでかなり体が軽い。
「ん……? これは、潮の香りか?」
「はい、ここは北の海に近いんです。今向かっている城塞都市ノルザルボルグは、実は大きな港町でもあるんですよ」
走る内に薫ってきた匂いに呟くと、ノルフィナがそう教えてくれた。
「港町かぁ……! こんな大変な時じゃなかったら、観光とかしてみたかったなぁ。ねぇシロ、魚とか美味しいんでしょ?」
「ワフ! ワフワフン!」
トモミンの言葉にシロが何度も頷く。どうやら新鮮な海の幸が獲れる街のようだ。
そのままなだらかな上り坂を走り続けていると、坂の終わりに差し掛かったあたりでノルフィナが向こう側を指差した。
「ここを越えればノルザルボルグが見えるはずです!」
「分かった! 無事だといいが……」
彼女の言葉に全員が足を早めて坂を登り切った。
「「……!?」」
そして眼下に広がった光景に、俺達は揃って息を呑んだ。
遠くにはどこまでも広がる大海原。そして海岸に接するような形で、直径1kmはありそうな巨大都市が見えた。
都市の周囲は高く分厚い防壁にぐるりと囲まれていて、先ほどのフヴィートの里を何百倍も大規模にした感じだ。
そしてその大都市が今、見覚えのある黒い魔物に襲われていた。そいつらは都市の全周を隙間なく囲っていて、その数は数万に達しそうだ。
防壁の上に目を凝らすと、兵士らしき人達が壁を登ってきたシャドウウルフに応戦しているのが見えた。動きをみる限り、兵士達はすでに疲労困憊のようだ。
「あいつら……! やっぱりこっちに来てたんだ! カリヤマさん!」
「ああ、急ごう! もう都市側がかなり押されてしまっている!」
ノルフィナの悲鳴のような声に頷き、俺達は都市に向かって全力で駆けた。
そして都市まで数百mの距離まで迫った頃、一部のシャドウウルフ達がこちらに気づいて向かってきた。
「「オォーーン!!」」
俺はそこで足を止めて叫んだ。
「討伐陣形! 鉄熊山の時と同じやり方で行こう! まずはここから見える範囲の連中を殲滅するんだ!」
「「応!」」
陣形は俺を中心に、左右にトモミンとシロが展開、背後にノルフィナが控えた形だ。
『震脚!』
ズガァンッ! --ドバババババァッ!!
大地を踏み鳴らした俺の足から衝撃波が伝わり、押し寄せた馬鹿げた数のシャドウウルフ達を次々に爆散させる。
『千連氷柱!』
「「ギャォォォォォンッ!?」」
衝撃波を飛び越えて距離を詰めてきた魔物達は、ノルフィナの氷柱の弾幕に貫かれて消失した。
それすら乗り越えて接近してきた個体は……
「みんなには近寄らせないよ……! そりゃそりゃー!」
「ヴーッ、ガゥ!」
トモミンのモーニングスターに吹き飛ばされ、シロが咥える双刃剣に切り刻まれていった。
最近の激戦で全員レベルアップを果たしたのだろう。みんなの動きには少し余裕すら見えた。
そうする内、都市を取り囲んでいたシャドウウルフの大群はごっそりとその数を減らしていた。
「はぁ、はぁ……! これでようやく三分の一程度か…… まだまだ先は長いな……!」
「あ…… でも見て師匠! シャドウウルフ達が!」
狂ったようにこちらに向かって来ていた魔物達が突然停止し、今度は一糸乱れぬ動きで森の方へと引いていく。
「す、すごい…… あの大群を、私達だけで追い払ってしまった……!」
「ワン、ワンワン!」
退却するシャドウウルフ達にみんなが歓声を上げる。よかった…… これでひとまず都市の人たちは助かっただろう。けれど……
「なぁノルフィナ…… あの万を超える大群だが、本当に一匹のカオスウルフが生み出したものなのか……?」
俺の言葉にみんなの表情が強張り、ノルフィナが神妙な様子で頷く。
「はい…… 私とシロは、奴が生み出す無限とも思えるシャドウウルフ達に太刀打ちできませんでした。だからこそ奴は、伝説の魔物と呼ばれているんだと思います」
「なるほど…… 確かに、手強い獲物だな」
地響きを上げて森に引き上げるシャドウウルフの大群。その先にいるであろう強敵との戦いを予感し、俺はみんなに見えないように頬を歪めた。




