第31話 ハンター、エルフの里を訪ねる
ズァッ……
ゲートを潜った先に降り立つと、そこは巨大な針葉樹が林立する深い森だった。
見上げた夜空には、地球のものの数倍は大きく見える満月と、見覚えのない星座が浮かんでいる。
気温は千葉よりかなり寒いし、空気の匂いも違う気がする。最初に来た時は気付かなかったけど、ここではいろんなものが地球と異なるようだ。
「あぁ、この森、この空気、この星空……! 本当に帰って来れたんだ、ユグドラシアに……!」
「ワンワン! クゥーン……!」
ノルフィナが感慨深げに夜空を見上げ、シロも嬉しそうに辺りを走り回る。
ここは二人にとって、もう帰る事が出来ないと思っていた故郷だ。感動も一入だろう。
「うー…… この森、懐かしいけどちょっとだけトラウマだなぁ…… 僕、ゲートを潜って直ぐにあのおっかない熊さんに出会っちゃったから」
一方、トモミンは少し怯えた様子で周囲を見回している。漏らすほど怖がってたもんな…… おっと、この件は早く忘れてやらねば。
「そうだろうな。けど、トモミンはあの時に比べて格段に強くなった。今の君なら熊野郎ともかなり打ち合えるはずだ」
「そ、そーかな? えへへ…… 師匠のおかげだよ。僕が今生きてるのも、強くなれたのも、全部ね!」
「はは。そりゃ言い過ぎだが、ありがとな」
ニパッと笑う彼女の頭をそっと撫でる。あ、ごく自然に女性の髪に触れてしまった……
すぐに手を引っ込めて謝罪しようとしたのだけれど、彼女の方から嬉しそうに頭を押しつけてきた。
どうやら嫌がられてはいないらしい。俺はほっと息を吐き、暫く彼女の形のいい頭を撫で続けた。
「さて…… ノルフィナ、これからどうしようか。君の故郷の人達は城塞都市に避難したという話だったから、まずその都市に向かおうか?」
俺の声に、じっと夜空を見上げていたノルフィナがこちらを振り返った。
「あ、はい。そうですね…… 都市まではそれなりに距離があります。一旦私の里に向かいましょう。
避難は済んでいるはずですが、里の様子が気になります。それに私たちはかなり疲労が溜まっているはずです。今日のところは里でゆっくり休みましょう」
「あ、それ賛成! 言われてみればちょーお腹減ったし、眠いし、あとお風呂に入りたいよぉ……」
途中からしょぼしょぼ顔になってしまったトモミンにみんなが笑い出す。
「うふふ、そうですね。私の実家にはお風呂もあるので、きっとさっぱりできますよ」
「ほぅ、それは楽しみだ……!」
「ワンワン!」
そんな訳で、俺達はノルフィナとシロに先導されながら巨大樹の森を移動し始めた。
魔物の襲撃を警戒していたのだけれど、シャドウウルフの影響か静かなものだった。
代わりにと言ったら変だけど、里への街道に出た際に魔法の杖が落ちているのを見つけた。頭の部分に大きな魔石が嵌め込まれ、柄の精緻な装飾が施されている高そうな奴だ。
「あ…… あったー! お師匠様に借金してまで作った私の杖!! よ、よかった、よかったよぉ……!」
ノルフィナは絶叫して杖に飛びつくと、何度も何度もよかったと繰り返した。
話を聞くと、この杖は彼女がシャドウウルフ達から逃げる際に落としてしまった物で、かなり値の張る品ということだった。
魔法の威力や射程の増幅効果、消費魔力量の削減効果などまであるらしく、地球よりかなり進んだ技術が使われているらしい。
強敵との決戦を控えた状況で戦闘力が増強された形なので、これはかなり幸先のいいスタートなんじゃないだろうか。
その後も街道を歩いていくと、今度はちょっとした要塞のような物が見えてきた。
直径百メートル程の領域が背の高い丸太の防壁でぐるりと囲まれていて、頑丈そうな門の側には物見櫓まである。
まさかと思っていると、その要塞の前でノルフィナとシロが立ち止まり、嬉しそうにこちらを振り返った。
「つきました……! ここが私とシロの故郷、フヴィートの里です!」
「ワンワン!」
「こ、ここがか……!? すごいな。里というからもっと牧歌的なものを想像していた」
「ほえー…… 壁たかーい! これ、作るのすっごく大変だったんじゃない?」
驚く俺とトモミンにノルフィナはちょっと得意そうだ。
「ええ、この防壁はみんなで頑張って作ったんです……! 普段この辺を彷徨いている魔物だったら、この壁で十分侵入を防げるんですよ。シャドウウルフの群れ相手には役に立ちませんでしたけど……
えっと、とにかく中に入りましょうか。こっちは表門で、裏門は開いたままになってるはずです」
そう言ってノルフィナが里の防壁沿いに歩き出した時、先ほどまで嬉しそうにしていたシロが急に唸り出した。
「ウ゛ーッ……! グルルッ……!」
「シロ……? どうしたんだ?」
「ワンワン!」
彼は俺の方を向いて吠えると、そのまま村の裏口に向かって走り出してしまった。
「何かに気づいたらしいな……! みんな、急ごう!」
シロの後を追って裏口から里へ入ると、中には丸木の壁に茅葺き屋根が乗ったログハウス風の建物が立ち並んでいた。
里の中心には石造りの神殿のような物が建っていて、その正面に面した広場には井戸もある。
中世の北欧の村という雰囲気で非常に生活感を感じるのに、人の気配は全くない。そして里の中に漂うこの匂い……
「血の匂いか……!」
「--ワンワン!」
「師匠、あっちでシロが鳴いているよ!」
「ああ、今行く!」
シロの声がするのは、他のものと比べて大きめのログハウスだった。俺達はそこに踏み込むと……
「「……!」」
揃って息を呑んだ。
広めの部屋の中には誰もいなかったが、その床一面が血の海のようになっていたのだ。
「これは……」
「ノ、ノルフィナちゃん……」
俺とトモミンが恐る恐るノルフィナの方を見ると、彼女は硬い表情で首を左右に振った。
「だ、大丈夫です…… 多分、絶対、里のみんなのものじゃありません…… ここは家畜を入れておく場所なんです。そうですよね、シロ?」
「ワン!」
シロが肯定するように頷き、俺達はほっと胸を撫で下ろした。
落ち着いて周りを見てみると、確かにこの部屋は厩舎のような作りをしている。
がらんとした部屋の中には藁の山があるくらいで他に何も無い。
「そ、そうか。なら…… --いや、よくないな……」
なら良かったと言いかけた俺に、ノルフィナが頷く。
「ええ。実はこの家が私の実家なんですが…… ここでは沢山の羊や鶏なんかを飼っていたんです。それが全部居なくなっています。
きっとシャドウウルフに食べられてしまったんです。他の家もきっと…… これじゃあ、皆が無事に都市に逃げ込めていても……」
家畜の全滅…… 想像するしかないけど、この時代の農村の人達からしたら財産の殆どを失ってしまったようなものだろう。
仮にこの里の人たちが全員無事で、カオスウルフも討伐できたとして、財産を失った彼らはその後生きていけるのだろうか……?
「ノルフィナ。今は里の人達を助ける事に集中しよう。その後の事は、その時にみんなで考えよう。大丈夫、きっとなんとかなるさ」
「--はい。そうですね…… えっと、それじゃあお風呂を沸かしましょうか。食事の準備もしなきゃですし、みんなで手分けしましょう!」
気丈に笑う彼女に、俺達はぎこちなく頷いた。




