第3話 ハンター、メイドの師匠になる
桁違いに向上した身体能力と鋭敏になった感覚。それらに多少戸惑いながらも、俺は一分もせずにダンジョンに辿り着いた。
すぐにその中へ足を踏み入れ、熊野郎と遭遇した場所に向かうと、その場所の木の上にはまだゴスロリメイドがしがみ付いていた。な、なんで逃げてないんだ……?
「おーい、大丈夫かー!?」
「--あ……!」
俺が木の根元に走り寄りながら声をかけると、彼女は呆然とした表情をパッと安堵の笑み変えた。
近くで見て気づいたけど、このメイドさんめちゃくちゃ整った顔立ちをしてる。
黒髪のショートボブに中性的な美貌。ぱっちりとした大きな目も相まって、ボーイッシュで快活な美少女という印象だ。
やっぱりそうだ。この子は--
「おじさん、生きてた……! よかったぁ!」
そして俺は、彼女が放った言葉にずっこけそうになった。
「おじっ…… まぁ、否定できる要素は無いな……」
「あ…… ご、ごめんね! でもでも、こう、影があってミステリアスな感じが格好いいよ! うんうん!
--って、あれ……? あの、さっき助けてくれたおじさん? だよね……? でも、なんか若返ってない……?」
小首を傾げる彼女に俺は言葉に詰まってしまった。何せこっちもまだ状況を理解しきれていない。
「あー、えっと…… どうやら運よく覚醒したみたいでな…… あの熊野郎はくたばったから安心してくれ」
「えぇ!? おじ…… お兄さん、あのおっかない熊さんを倒したの……!? て言うか覚醒したって、やっぱりG級の人だったの!?
それなのに…… 覚醒者でも無かったのに、僕の事を助けようとしてくれたんだ……!」
今度は感激した様子でこちらを見つめてくる彼女に、俺は気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
熊野郎を倒して色々と吹っ切れたのか、以前より人と話す事への怖さは無いけど、やはりまだ慣れない。
「そ、そうなるかな…… それより、君は傷だらけだ。ポーションは持ってないんだろう? なら早く病院に行かないと。そこから降りられるかい?」
「え…… えっと、それは、その……」
今度は恥ずかしそうに顔を伏せるメイドさん。動けない程の重症には見えないけど、彼女は地上十mほどの樹上にいる。登ったはいいけど降りられないという状況なのかも。
「--わかった。緊急事態だ。後で訴えたりしないでくれよ?」
俺は一気に樹上まで跳躍すると、彼女を抱えて地面にふわりと着地した。
「わっ……!?」
「ふぅ…… よし、このままダンジョンを出て下山--」
そこで、手に伝わってくる冷たい感触に気づいた。彼女のフリフリのスカートが何だか湿っていたのだ。
思わずメイドさんの顔を覗き込むと、彼女は顔を真っ赤に染めて泣き出してしまった。
「ふぐぅっ……!」
「ご、ごめっ……! その…… だ、大丈夫! あんなのに襲われたら誰だってそうなる! 俺だったちびりそうだった……!」
「ぐすっ…… で、でも、漏らさなかったんだよね……?」
彼女が不満げにこちらを見上げる。しかし表情がころころと変わる子だ。
「そ、それはまぁ…… 大人の意地で何とか堪えたさ」
「ふぐぐぅっ…… わーーん!」
「わー! すまん……! 悪かった!」
必死に謝罪する俺を他所に、彼女は声を上げて泣き続けた。
その声は途中から、生き残った事への安堵の嗚咽へと変わっていった。
対人スキルに乏しい俺は、只々「大丈夫、もう大丈夫だ」と繰り返して彼女が落ち着くのを待った。
「--すんっ、すんっ…… ご、ごめんお兄さん。安心したら、止まらなくなっちゃって…… えへへ……」
ようやく落ち着いたらしい彼女を、俺はそっと地面に下ろした。
男の平均身長くらいの俺と並んで立つと、彼女の小柄さが際立つ。助けられて本当に良かった。
「いや、仕方ないさ…… 自己紹介が遅れたけど、俺はG級ハンターの狩山だ。よろしく。君は…… 配信者のトモミンさんだよね?」
「あ…… もしかしてトモ友の人!? なぁんだ、だったら先に言ってよ、もー!」
彼女は途端に笑顔になると、俺の背中をばしばしと叩き始めた。
トモミン。みんなの自慢の友達になるため、いろんな事に挑戦するというのがコンセプトの有名配信者だ。ファンネームはトモ友。投げ銭はお友達料なんて言われている。
その挑戦内容は鬼畜ゲームのクリア耐久からマグロ漁船への乗船まで異常に幅広く、登録者数も100万人は超えていたと思う。
そんな彼女の台詞で一番有名なのは、「画面の前の君! 目が合ったから僕らもう友達だね!」だ。
太陽のような笑顔と異常なコミュ力と行動力、時折見せるポンコツ具合、そしてほんのり滲み出る狂気が人気の配信者である。
俺も彼女の動画はたまに見させてもらっているので、正直今結構テンションが上がっている。
「ははは、ほんと動画通りの人だな…… それでトモミンさんは--」
「トモミン! さんはいらないよ! あ、ちなみに本名は友崎日向ね! 命の恩人の狩山さんには伝えておくてよ! 助けてくれて本当にありがとう!」
トモミンさんはいきなり本名を名乗った後、意外に綺麗な所作で九十度のお辞儀をしてくれた。
「あ、ああ。どういたしまして。それでだけど、トモミンさ…… トモミンはどうしてこんな場所に一人で、しかもそんな格好で?
普段この山には弱い魔物しか出ないけど、それでも普通の人が入るのは自殺行為だよ」
「あ、それ? あはは…… えっと、実は--」
少し気不味そうなトモミンさんの話によると、彼女もつい最近覚醒してハンターになったらしい。
で、自分がすっごいハンターになったらトモ友も嬉しいだろうと、上級ハンターを目指すことにしたのだとか。
その初戦としてこの超低難易度な山を選んだのだけれど、付き添いを頼んだ友人のハンターが急用で来られなくなってしまった。
普通なら日を改める所を、彼女はまぁいけるっしょと一人で突撃してしまったのだ。 --うん。配信で見るトモミンそのまんまだ。蛮勇が過ぎる。
そこでこのダンジョンを見つけ、好奇心の赴くまま入った先であの熊野郎に遭遇し、急遽遺言配信を始めていたという訳だ。
ちなみに彼女のゴスロリメイド服は、最新の高強度科学繊維とセラミック装甲を組み合わせた特注装備だった。
デザインはリスナー投票で決まったものらしいけど、普通に俺の装備より防護力が高い。流石は有名配信者。圧倒的な人脈と財力を感じる……
その後俺は、回収したライフルとトモミンさんを抱えてダンジョンを脱出し、彼女のマシンガントークを聞きながら山を下りた。
すると入山ゲートの所には、呼んでおいた救急車がすでに到着していた。
「それじゃあ一人師匠。これからご指導よろしくね! あ、このお礼も必ずさせてね! なんたって命の恩人だもん!」
救急隊員によってストレッチャーに乗せられながら、トモミンさんが元気に言う。
流れるような彼女のトークにうんうん頷いている内に、何故が彼女のハンター業の師匠を務める事になってしまったのだ。
慌てて訂正しようかと思ったのだけれど、彼女には負い目と恩義がある。俺は最初彼女を見捨てようとしたし、覚醒できたのも彼女がきっかけだ。
悩んだ末、俺はこれを運命と受け入れる事にした。角を立てずに断る会話スキルも無かったし……
「ああ。やるからには全力を尽くすよ。ハンター歴だけは長いからな…… 礼に関しては良いから、とにかく今は体を治すことに専念してくれ。その、お大事に」
「むぅ…… わかったよぉ。すぐに退院して、僕のすんごいお礼を食らわせてやるんだから!
じゃあ救急隊員さん、病院までお願いします! あ、近くに友達の病院があるんで、そこに行ってもらう事ってできますか?」
「は、はぁ。受け入れ可能か確認してみましょう」
「ありがとう! そういえば僕、救急車乗るのって初めてかも! 何だかワクワクしちゃう!」
「あはは、私もこんなに元気な患者さんは初めてだよ……」
一瞬で救急隊員と仲良くなったトモミンさんを乗せ、救急車はサイレンを響かせながら走り去って行った。
「--ほんと、配信で見たまんまの人だったな……」




