第25話 ハンター、暴走ダンジョンを鎮める(2)
「あ…… あぁ……!」
とてつもなく悲痛で、深い悔恨に塗れた声が聞こえた。
そしてすぐに、それが自分の口から出たものだと気づいた。
俺は一瞬でトモミンの元へ駆け寄り、血まみれの彼女を慎重に抱き起こした。
「トモミン……! おい、トモミン!」
「--ぅ……」
必死に呼びかけると、ぐったりと目を瞑った彼女がわずかに呻き声を上げた。
「生き、てる…… けど……!」
一瞬の安堵の後、身が凍るような絶望感が襲ってきた。
彼女の出血はそこまで酷くないけど、きっと体内はズタズタに破壊されているはずだ。意識が無い事を考えると脳にまでダメージが……
どうする…… どうすればいい……!?
ポーションはもう使い切ってしまった。この場で彼女を治療する方法は無い。直ぐに地上に連れて行って治療を受けてもらう必要がある。
けれど、この状態のトモミンを安静かつ迅速に運ぶのは、凶暴化した魔物が溢れる今のダンジョンでは困難だろう。
なら、やはり先にダンジョン暴走を止めなければ……!
--いや、トモミンが負傷したのは俺が判断を誤ったからだ。俺はもう自分を信用できない。
それに…… 最初にダンジョン暴走を止めようと提案した時、俺は心のどこかで期待していたんじゃないか?
ダンジョン暴走により強化されたボスを狩れる事を…… みんなの安全より、自分の欲を優先していたんじゃないか……?
「--はぁっ…… はぁっ…… はぁっ……!」
俺のくだらない欲望のせいでトモミンが死ぬ。彼女との騒々しくも楽しい生活が終わる。
それを想像した瞬間、強烈な恐怖に奥歯がガタガタと鳴り、思考が空転し始めた。
どうする、どうすれば。ただその言葉だけが頭の中をぐるぐると回り--
バシッ!
そこで誰かが俺の横っ面を引っ叩き、俺は現実に引き戻された。
叩いてくれたのはノルフィナだった。彼女は腕を振り抜いた姿勢のまま、目に涙を溜め声を荒げた。
「カリヤマさん、落ち込んでる場合じゃありません! 貴方がしっかりしてくれないと、トモミンはこのまま死ぬんですよ!?」
「ワン! ワオン!」
「ノルフィナ、シロ……」
呆然と二人の名前を呼ぶ。そうだ。反省も謝罪も、後でいくらでもできる。まずはここを切り抜けないと……!
その時、視界の端でクェイクティラノが尻尾を振りかぶったのが見えた。あのモーションは……!?
「ゴアッ!」
ブンッ!
烟るような速度で振り抜かれた奴の尻尾から、岩石の甲殻が剥がれ飛んだ。
大小の岩塊が散弾のようにこちらに殺到してくる。俺は咄嗟にコートを跳ね上げた。
『千刃乱舞!』
ギュォッ……! ガガガガガガァン!
コートの下から飛び出したダガーの群れが、奴の散弾の大部分を迎撃した。
だが不味い。破片や細かい散弾までは……!
『烈風結界!』
ゴォッ!
そこへノルフィナが風の防御障壁を発動させ、細かな岩塊を全て吹き散らしてくれた。
「ノルフィナ……! 助かった! そして、すまない。動揺して戦闘中に敵から目を離すなんて……!」
「い、いえ、こちらこそ叩いてしまってすみません…… それより、どうします……!?」
「--やはり、あいつを倒してダンジョン暴走を止めるしか無いだろう。でないとトモミンを安全に地上まで運べない。その、この状況を招いた俺への信用はもう無いと思うが……」
「分かりました。それで行きましょう」
「ワンワン!」
不安げに方針を口にした俺に、二人は疑う事なく大きく頷いてくれた。
なんだか泣きそうになりながら、俺は彼女達に頭を下げた。
「ありがとう……!」
「--ゴルルルルッ……」
一方、必殺の攻撃が二つとも防がれたせいか、クェイクティラノは警戒した様子で俺達を睨んでいた。
俺は奴から目を離さず、ダガーの何本かを金属操作魔法で合体、変形させ、直径二メートル程の薄い円盤を生成した。
その浮遊する円盤にトモミンをそっと横たえ、ノルフィナとシロに向き直る。
「二人とも、トモミンと一緒にこれに乗ってくれ。奴の振動波は強力だが、地面に触れてさえいなければ喰らわないはずだ。
問題は奴の石礫だが…… さっきと同じ要領で防げるだろう。デカイのは俺がダガーで撃ち落とすから、細かいのはノルフィナ、君に頼みたい。
シロ。君はトモミンが落ちてしまわないように支えてい欲しい。俺は…… 奴を仕留める」
「了解です。ご武運を!」
「ワフッ!」
二人が円盤に乗り込んだのを見届け、俺はクェイクティラノの元へ走った。
スマートグラスの端に流れるコメント欄をチラリと見ると、大荒れだった。
”今来た。トモミン死んじゃったのか……!?”
”いや、生きてるけど意識不明の重症。今はトモミンを安全に地上に連れていため、ダンジョン暴走を止めようとしてる所。でもそのためには……”
”あのティラノサウルスを倒さないといけないんだよなよな……? いくら狩山師匠でも、ソロでA級の化け物をやれんのか……!?”
”トモミンしっかりして!”
”やっぱり無茶だったんだ! ボス階層に降りずに、直ぐに地上に引き返せば良かったんだよ!”
”そんなの結果論だろ! 良いから狩山氏を応援しとけ!”
”狩山、トモミンが死んだらお前のせいだ。俺は絶対お前を許さない”
「--ああ…… もしそんな事になったら、俺だって自分を許せないさ……!」
『狩山君! そのダンジョンの入り口には、すでにハンター達と医療班を向かわせているわ! だから……!』
「ええ……! トモミンと一緒に、全員で必ず生きて戻ります!」
ドローンカメラから聞こえた斉藤さんの声に応えながら、俺は腰元から刀を抜き放った。
俺とクェイクティラノとの距離が縮まり、お互いの視線が交錯する。
「グォォォォォッ!!」「おぉぉぉぉっ!!」
俺と奴は、同じタイミングで咆吼を上げていた。
そして間合いに入った瞬間、俺は大上段に構えた刀を振り下ろした。




