第22話 ハンター、ジャングルに挑む(3)
「グー、グー…… ンガッ…… ししょー、もう食べられないよぉ…… うへへ……」
野営地に設置した簡易ベッドの上で、トモミンが幸せそうに寝言を言っている。
彼女はサイレントプテラの串焼きとフルーツをたらふく食べた後、そのまま気絶するように眠ってしまったのだ。ちなみに家でもこんな感じである。
「ワフ、ワフーン……」
そして彼女の腕の中には、シロが抱き枕のように抱えられている。彼自身はちょっと寝苦しそうだ。
焚き火の前に座った俺とノルフィナは、そんなトモミン達の様子に揃って微笑んだ。
「うふふっ、二人ともよく眠ってますね」
「ああ。けどトモミンの奴、ここがダンジョンだって忘れてるんじゃないか? ちょっとリラックスし過ぎだろ……」
今夜は俺とノルフィナが早番で、トモミン達が遅番だ。なので寝る事自体は構わないんだが……
ギョーッ…… キキキキキッ…… ガサガサッ……
野営地の外、焚き火の光が届かない夜の森からは、今も得体の知れない鳴き声や物音が聞こえてくる。
ここは本来、一瞬たりとも油断が許されない魔物の領域なのだ。
そんな中でよだれを垂らしていびきをかいているトモミンを見ると、ちょっと心配になってしまう。
因みに今はドローンカメラをオフにしてある。なので彼女の寝言や寝相が全世界に配信される心配は無い。
「きっとそれだけカリヤマさんを信頼しているんですよ。シロだってそうです。あの子は、魔物の領域であんな風に無防備に寝る子じゃ無いんですよ?」
「信頼…… そ、そうか」
なんだか照れ臭くなり、俺は誤魔化すように焚き火へ薪を足した。
「あー…… けど、今日の串焼きは美味かったな。異世界だとあれがいつでも食える訳だろ? 正直羨ましいよ」
「いつでも、という訳にはいきませんが…… 確かに魔物肉の入手性はユグドラシアの方が遥かに良いですね。
こっちの世界には、幸いダンジョン産の魔物しか居ないみたいですから。あ、魔物肉が大好きなカリヤマさんに取っては不幸ですね」
「ははっ、そうだな。全くその通りだ」
イタズラっぽく笑うノルフィナに、俺も小さく笑った。
彼女とシロが家に来て以来、俺とトモミンは異世界ユグドラシアについての話を沢山聞かせてもらった。
ユグドラシアに生きる五つの種族、魔法を中心とした中世程度の文明水準、ハンターに似た冒険者という職業、極地に位置する炎と氷の大陸。そして、人間を覚醒させる精霊や大精霊の存在……
どれも衝撃的で、世界凶変後の地球に生きる俺達に取って有益な情報も多かった。
しかし中でも驚きだったのは、向こうの世界では常識だという、ダンジョンと魔物の関係ついての話だった。
まず、ユグドラシアには二種類の魔物が存在する。
一つは俺達もよく知るダンジョンから湧き出す魔物で、向こうではダンジョン産の魔物というらしい。
こいつらの最大の特徴は、死亡すると魔石を残して肉体が消失してしまう事だ。たまにドロップ品として肉や素材を残すけれど、ともかく通常の生物ではあり得ない死に様だ。
そしてもう一つは、魔物の両親から生まれ、物を食べて成長し、繁殖を行い、そして死んで土に帰っていく魔物だ。こっちは天然の魔物と呼ばれるそうだ。
ダンジョンはある種の魔法により、この天然の魔物を模倣してダンジョン産の魔物を生み出し、繁殖や外敵の排除に使っているらしい。
つまりダンジョン産の魔物は、ダンジョンが魔法で生み出した使い魔のような存在なのだ。そう考えるとあの異様な死に様にも納得が行く。
そして、あの熊野郎の死体が消失せずに丸ごと残っていた理由もこれである。あいつは天然の魔物だったのだ。
あと、あいつはノルフィナの里の近くにある森の主で、長年里の人達から恐れられていた魔物だったらしい。
俺はあいつを倒した時に狩人の大精霊に憑依された。その話をノルフィナにした際、彼女は心底納得した様子で深く頷いていたっけ。
「でも羨ましいと言えば、私はこっちの科学文明もとても凄いと思いますよ? 特にテレビとインターネットは最高です……!
あのような叡智の大海原に誰もがアクセスできるなんて…… この世界は本当に素晴らしいです!」
「そ、そうか。楽しんでくれているようで良かったよ。けど、ほどほどにな……?」
目を輝かせて身を乗り出してくるノルフィナに、俺は思わずのけぞってしまった。
この子、アニメとかにすぐ影響されるから、ネットの世界にのめり込みすぎないか心配なんだよな……
けど、元の世界に帰れない状況に塞ぎ込んでしまうより何百倍もマシか。
彼女はこの世界で前向きに生きようとしてくれている。それが一番重要なので、他の事には少しくらい目を瞑っても良いだろう。
--今なら、彼女にあの件について聞いても良いかも知れない。
「ノルフィナ。その、辛かったら話さなくても良いんだが…… 君たちの里を襲った魔物はどんな奴だったんだ?」
「……!」
俺の質問に、ノルフィナの表情が瞬時に強張った。
「すまない。あまり思い出したく無い話だよな…… けど、そいつが熊野郎みたいにこっちの世界に迷い込んでくる可能性もある。できれば情報を共有してくれると嬉しい。
君とシロは手練だ。その君たちが押し負けるような相手となると、相当に厄介な相手のはずだが……」
「--そういえば、詳細はお伝えしていませんでしたね…… 分かりました、お話しします」
ノルフィナは姿勢を正すと、静かにその日について語り始めた。
それは満月の夜だった。里の実家で眠っていたノルフィナは、尋常で無い様子で吠えるシロの声に目を覚ました。
すぐに里の大人達と門の所に向かうと、里のすぐそばに、闇をそのまま切り取ったかのような漆黒の巨狼が佇んでいたのだ。
その禍々しい姿を目にした瞬間、ノルフィナは強烈な恐怖と悪寒に襲われ、その全身からは冷や汗が吹き出した。
自分では絶対に勝てない。それを悟った彼女はすぐに撤退戦を指示。彼女とシロが殿となり、人々を里の裏門から逃した。
巨狼はその間もノルフィナ達と睨み合っていたが、しばらくすると天に向かって悠然と遠吠えをした。
すると、月明かりに照らされた巨狼の影の中から、次々と影の狼が這い出してきた。
あっという間に百を超える大群となった影の狼は、一糸乱れぬ動きでノルフィナ達に襲いかかった。
彼女達は、その大群相手に逃げずに果敢に戦った。逃した里の人々が近くの城塞都市に逃げ込むまで、なるべく時間を稼ぐ必要があったからだ。
しかし、終わらない飽和攻撃にやがて撤退を余儀なくされてしまった。
そして追い詰められるように森へ逃げ込んだ時、この世界へのゲートを見つけ、何とか逃げ延びたのだ。
「--あの魔物が何だったのか、正確には分かりません。けど、古い文献で似たような魔物の記述を読んだことがあります。
混沌の闇を操る大いなる影の狼…… この世界風に呼ぶとしたら、その名はカオスウルフ。たった一頭で大国を滅ぼした伝説を持つ、正真正銘の化け物です。
この世界の基準に照らし合わせれば、間違いなくS級に位置付けられるでしょう。私とシロでは、奴の使い魔のシャドウウルフ達を捌くので精一杯でした……」
語り疲れたように長く息を吐く彼女に、俺は深々と頭を下げた。
「ありがとう、よく話してくれた。カオスウルフか…… 大群を生み出す能力といい、君が即座に撤退戦を選ぶほどの殺気といい、確かに強敵みたいだな」
「はい。こちらの世界に来てしまわない事を願うばかりです」
「--ああ、そうだな」
純粋にこの世界の事を案じてくれているノルフィナに、俺はそう応えた。
しかし狩り馬鹿な俺は、心の中では別の事を考えてしまっていた。
伝説に謳われるS級の怪物…… そんなに強力な魔物なら、是非ともこの手で狩ってみたいな、と。




