第2話 ハンター、覚醒する
「--はっ……!?」
目覚めるとそこは自宅の布団の上では無く、冬の曇天に覆われた山中だった。
そしてさっきまでの激闘の記憶が蘇り、俺はガバリと身体を起こした。
「生き、てる……?」
あの熊野郎に散々身体を刻まれて、数十mの高さから落下したのに、どうして……!?
恐る恐る自分の身体を確かめると、服はボロボロで血まみれなのに傷は全て塞がっていた。骨折どころか痛みも全く無い。むしろ絶好調だ。
混乱と共に背後を振り返ると、そこには不法投棄された鉄骨の山が聳え立っている。
その頂上付近に目を移すと、居た。巨大な熊型の魔物が、上を向いた鉄骨に口から串刺しになって絶命していた。
「夢じゃ無かったのか…… にしても俺、なんで助か--」
カッ……!
その時、俺の胸元から突然光が溢れ、そこから一抱えほどの丸い光の塊が勢いよく飛び出した。
光は、はしゃぐようにぐるぐると周囲を飛び回った後、俺の目の前でぴたりと静止した。
「な、なんだ!?」
訳も分からず固まる俺の頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。
『クスクスッ…… 狩ッテ、モット狩ッテ……』
その声の後、光の塊はゆっくりと俺の胸元に戻り、沈み込むように体の中へ消えていった。
「--なんなんだよ、一体……」
胸元に目を落としながら呆然と呟く。何かの魔法? 非実体系の魔物? --分からない。こんなの見たことも聞いたことも無い。
けれどあの子供のように無邪気な声は、崖から落下した時に耳にしたものと同じだった。
もしかして、俺が助かったのはこいつのお陰なのか……? そう考えてみると、得体の知れないものが自分の中に入り込んで来たと言うのに嫌な感じはしなかった。
「「ゲギャギャ……!」」
「……!」
耳障りな鳴き声に顔を上げると、いつの間にか周囲をずらりと人影が取り囲んでいた。
小柄なそいつらは緑色の肌をしていて、醜悪な顔に牙を剥きながら粗末な武器を構えている。
「ゴブリンの群れ…… それにウォーゴブリンまで……!?」
群れを従えるように俺の正面に立っているのは、筋骨隆々で上背もあるウォーゴブリンだった。デカい斧を担ぐ姿は堂に入っていて、眼光も鋭い。
魔物に至近距離まで接近された。その事に反射的にライフルを構えようとしたけど、俺の手は空を切った。
しまった。熊野郎から逃げる時に捨てて来てしまったんだった……!
「くそっ、せっかく生き残ったってのに……!」
俺は悪態を吐きながら腰のサバイバルナイフを抜き放った。
ゴブリンはF級の魔物で、普通のハンターにとっては雑魚の代名詞だけど、俺にとっては十分に強敵だ。ライフル狙撃でなら仕留められるが、接近戦では正直勝ち目が無い。
そしてウォーゴブリンはその二段階上のD級の魔物だ。ライフルどころか戦車でも倒せるか怪しい。
--でも、なんでだ……? 絶体絶命の状況のはずなのに、何故か危機感が全く湧かない。むしろ妙な高揚感すらある。
熊野郎を見た後のせいで、危機感が麻痺しちまってるのか?
「ゴギャッ!」
「「ゲギャーー!!」」
にやけ面のウォーゴブリンが、俺に斧を向けながら叫んだ。
その号令と共に、周囲を取り囲んでいた十数体のゴブリン達が一斉に飛びかかってくる。
最早これまで。そう思って身構えたところで、俺は再び驚愕した。
常人には反応できない速度で動いているはずの奴らが、まるでスローモーションのように見えたのだ。
狩れる。その確信に突き動かされるまま、俺は地を蹴った。
ドッ!
瞬きよりも早くゴブリンの一体へ間合いを詰める。そいつは、ナイフを手に眼前に迫った俺に全く反応出来ていなかった。
俺はそいつの心臓を的確に一突きすると、直ぐに隣のゴブリンへ肉薄してその首を切り裂いた。それはまるで、何万回と繰り返して来たかのような洗練された動きだった。
圧縮された時間の中、俺はそのまま流れるようにゴブリン達へ致命の一撃を与えていった。
そして飛び掛かってきた連中を全て処理し終わった後、時は元の速さで動き始めた。
ブシュシューーッ……!
「「ギャッ……!?」」
ゴブリン達が一斉に血飛沫を上げ、断末魔の悲鳴を叫びながら地面に転がった。
その光景に、ウォーゴブリンの下卑た笑みが消えた。
「ギャッ…… ギャガァァァッ!!」
奴は怒りの形相で俺に突貫し、大上段から斧を振り下ろしてきた。
ゴブリン達よりほんの少し鋭いけど、やはり緩慢な剣筋だ。俺はそれを最小限の動きで避け、すれ違いざまに奴の首をナイフで断ち切った。
ザンッ! --ドサッ、ドッ……!
背後でウォーゴブリンが倒れ、切り飛ばした頭部が落下する音が響いた。
暫しの残心の後、驚愕と興奮が一気に押し寄せて来る。
な、なんだ……!? なんで俺にあんな動きが…… D級の魔物までナイフ一本で倒しちまったぞ……!?
振り返ると魔物の死骸はぼんやりと発光し、魔石を残して消えていった。
事態を飲み込めずに立ち尽くしていた俺は、思い立ってスマホのカメラを自分に向けた。
するとそこには、今朝鏡で見た疲れた中年男性ではなく、二十歳そこらの若い男が映っていた。
「若返ってる…… まさか俺、覚醒したのか……? 今になって……!?」
身体能力の異常な向上、体を満たす万能感、全盛期の肉体への若返り…… 全て覚醒した時に見られる現象だった。
最初の覚醒者が現れてから数十年。覚醒という現象は殆ど解明されていないけど、彼らの殆どは十代前半から二十代前半までに力に目覚めている。
だから俺は諦めていた。自分が覚醒する事なんて、完全に諦めていたんだ。でも、やっと……!
『クスクスッ……』
「……!?」
心に満ちる歓喜を噛み締めていると、またあの笑い声が脳内に響いた。
やはり、俺の覚醒もあの光の塊のおかげなんだろうか……? --多分そうだろう。覚醒直後に致命傷が治ったり、いきなり達人のように動けるなんて話は聞いた事が無い。
「あんたが何者なのか知らないけど、とにかく感謝するよ…… これで、今まで指を咥えて見ているだけだったあいつらに、俺も挑む事ができる……!」
光の塊が入ってきた自分の胸に手を置きながら、俺は笑った。
繰り返し見てきた上級ハンター達のダンジョン配信。そこに映っていた強大な魔物、憧れの獲物達。今の俺なら、そいつらにもきっと手が届く。狩ることができる……!
本物のハンターとしての生活に胸を躍らせていた俺は、そこで、ようやく忘れていた事を思い出した。
「あ…… そうだ……! あのゴスロリメイドはちゃんと逃げられたのか……? ライフルも回収しないと……!」
周囲を見渡すと、俺が落下してきた高さ数十mの崖が目に入った。
できるという確信に背中を押され、俺はそのほぼ垂直な岩壁を数歩で駆け登ると、熊野郎と遭遇したダンジョンへと急いだ。




