第17話 ハンター、世界の秘密に触れる
「だ、だから土下座は勘弁してくれ……! トモミン、君からも--」
一週間前とほぼ同じ流れに、俺は再び冷や汗を流しながらトモミンに助けを求めた。
「奥方…… お、奥方……」
しかし俺の声は届かなかった。彼女は赤面して俯き、何事かをぶつぶつと呟いている。ど、どうしてしまったんだ……!?
いや、今はとにかくノルフィナさん達に土下座をやめてもらわないと……!
「ノルフィナさん、とにかく頭をあげてくれ! シロもだ! そんなの一体いつ覚えたんだよ……」
「ワフン?」
俺の必死な声に、シロは伏せのような体勢からお座りの姿勢に戻った。キョトンと首を傾げる様が可愛い。
そしてノルフィナさんの方もおずおずと頭を上げてくれた。こちらは驚いた表情を浮かべている。
「え…… 今のがこの国における最上級の謝罪じゃないんですか……!? 私の国と同じだったので、間違いないと思ったんですが……」
「あ、合ってはいるんだが…… 最上級すぎて最終兵器というか…… そんな事までさせた奴って事で、大抵は土下座された方が批判されてしまうんだよ」
「な、なんと…… それは大変失礼しました。この国には、焼けた鉄板の上で行う本当の土下座というものもあるそうですが、そちらをしなくて正解だったようですね」
「……! あ、あぁ。大正解だよ……」
知識が偏り過ぎだ。そういや彼女、テレビでやってたあの賭博漫画のアニメを食い入るように見てたな……
「えへ、えへへ…… だ、だめだよぉ師匠。こんな所で……」
「トモミン、そろそろ帰ってきてくれ」
俺は、何故か赤い顔でトリップしているトモミンの肩を揺らした。
「へ……!? あ、うん。 --い、いやー、師匠……! 全くまいっちゃうね!? 僕が師匠の奥方だなんてさ! ウフッ、ウフフフフッ!」
「ああ、全くだ。俺達は本当にただの師弟関係で、その、そういった関係では断じてないんだ。なぁ、トモミン」
「えぇっ……!? そ、そうなんですか!? 私はてっきり……」
俺たちの視線を受けたトモミンは……
「--うん。そうだよー……」
先程の表情から一変、実に不機嫌そうに答えた。
「な、なんでそんなに不服そうなんだよ…… えっと、それでノルフィナさん。ずいぶん綺麗な日本語だけど、一体いつの間に? どうして今になって……」
彼女、さっきまでは「スシ、ウマイ……!」とか言ってたのに。
俺の問いかけに、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「それは、その…… 実は三日目くらいから結構話せるようになっていたんですが、まだ文法や発音に不安がありまして……
完璧に仕上げてからと先延ばしにしてしまっていた所、何やらご迷惑になっていたようでしたので…… 重ねてすみません」
彼女は申し訳なさそうに土下座しそうになり、慌てて止めてぎこちなく頭を下げた。
ちょっと変わってるけど、やっぱり悪い人では無いらしい。加えて短期間でほぼ完璧な日本語を習得して見せた言語能力…… とんでも無く優秀な頭脳の持ち主のようだ。
「そ、そうだったのか…… ともかく、これでようやく色々と話を聞けるよ。
まずはそうだな…… 君達はこの家の近くの鉄熊山に倒れていた訳だけど、一体どこから来たんだ……?」
「はい、おそらくご存知ないと思うのですが…… アルヴァ大陸の北に位置するイッサエル王国、その田舎にあるフヴィートの里です」
「--えっと、トモミン?」
「アルヴァ大陸に、イッサエル王国……? 僕も聞いた事ないよ。僕でも知ってる場所を別の地名で呼んでるパターンかなぁ……? もっかい世界地図見てもらおっか?」
顔を見合わせる俺たちに、ノルフィナさんは静かに首を横に振った。
「いえ、その必要はございません。この世界の地図に、私の国が載っているわけがないんです。
テレビ…… あの素晴らしい叡智の装置を眺める内に、その確信を得ました」
「それは…… じゃあやっぱり……!?」
「はい。恐らく私達はこの世界の住人ではありません。 --イグドラシア。それが、私達がいた世界の名前です」
それからノルフィナさんは、シロと一緒にこの世界に来た経緯を話してくれた。
異世界イグドラシアで暮らしていた彼女は、イッサエル王国の王都で魔導士の称号を得て、故郷の里に帰省していたらしい。
そしてそこへ、突然強大な魔物が群れを率いて襲撃をかけてきたのだ。
魔導士であるノルフィナさんは、里の守り神的な存在だったシロと一緒に魔物達を迎撃。里の人々を逃すことに成功した。
しかし強力な魔物の群れを前に彼女達は押し込まれ、敗走する事になってしまった。
逃げる彼女達の背後に敵が迫る中、目の前に巨大な球体状の空間の歪みが現れた。
一か八かでそこへ飛び込むと、彼女達は見知らぬ山、鉄熊山に転移していた。
その直後に歪みは消失。安堵から意識を失ってしまった後、俺達に会ったという事だった。
「じゃ、じゃあ…… あのおっかない熊さんが居た所ってダンジョンじゃなくて……!?」
「本物の、異世界への入り口だったのか……!」
ノルフィナさんの話に、トモミンと俺は揃って驚きの声を上げていた。
そういえば入り口の見た目がかなり違った。普通のダンジョンは光の渦、熊野郎が居た場所に通じる入り口は空間の歪みだった。
「はい。ちなみに私達の世界にもこの世界同様、魔物が湧き出すダンジョンが存在します。
恐らく私達がこの世界に紛れ込んだように、何かの拍子に紛れ込んだのでしょう」
「なるほど…… 話が大きすぎて現実感が無いが、ともかく事情は分かったよ。その、大変だったな……
そうだ。さっき、確か俺の事を狩人の大精霊の憑代って言ってたけど…… その大精霊って、こう、一抱えくらいの丸い光みたいなやつか?」
俺は、自分の胸の中に入り込んだ光の塊の事を思い出しながら尋ねた。
「はい、まさしく。えっと…… まず精霊とは、魔物の脅威に喘ぐ私達のため、天上の神々が地上へ遣わした存在だと言われています。
私には水と風の精霊が、シロには力と光の精霊が宿っています。トモミン様にも力の精霊が宿っていますね。
私達は彼らの憑代となる事で、強大な魔物達に対抗し得る力に目覚めるのです」
「「……!」」
ダンジョンや魔物と並ぶ世界の不思議、覚醒者。彼らがどうやって力に目覚めるのかは解明されていなかったが、その謎が今ここで明らかになってしまったらしい。
驚愕して顔を見合わせる俺とトモミンに、ノルフィナさんが頷く。
「そうです。イグドラシアからこの世界に紛れ込んだ精霊…… その憑代となった人を、この世界では覚醒者と呼ぶようですね。
そして、カリヤマ様に宿ったのは唯の精霊ではありません。強大な力を持つ大精霊の中にあって、最古かつ最強と言われる大いなる御霊…… 狩人の大精霊です。
この偉大な大精霊は、真なる狩人にしか憑かないと言われています。そのような方に拝謁を賜り、誠に光栄です」
神妙に頭を下げるノルフィナさんに、俺は狼狽えてしまった。
「真なる狩人って…… よ、よしてくれ……! 俺は唯の狩り好きの中年だ。
--けど、そんな俺をその大精霊が気に入ってくれたってのは…… なんだか嬉しいな」
「師匠……」
自身の胸に手をやって頬を歪める俺を、トモミンが微笑ましそうに見つめる。
そこへ、ノルフィナさんがなんだか気まずそうに声を上げた。
「あのー…… それでですね。その偉大なお方にこのようなお願いをするのは誠に恐縮なのですが……」
「ん? ああ、なんでも言ってくれ。けど、様付けはやめてくれよ。さっきも言ったが、俺はそんなに大した人間じゃない」
「あ、僕も! トモミンって呼んでね! さんはいらないよっ!」
「あぅ…… で、では。 --カリヤマさん、トモミン。どうか、私達をこのままこの家に置いて頂けないでしょうか……!?
元の世界への帰り方が分からない上、この世界は人の所属がガチガチに管理されているようですから、私達はきっとまともに働くこともできません……!
なのでこの家を追い出されてしまったら、私とシロは早晩のたれ死んでしまいます! どうか…… どうかご慈悲を!」
「クゥーン……」
息ぴったりに頭を下げる二人に、俺とトモミンは微笑みあった。
「師匠、僕は大賛成だよ! ノルフィナちゃんもシロもいい子だし!」
「ああ、俺も賛成だ。この家はトモミンと二人でも広すぎるからな」
「あ、ありがとうございます! ですがその、なんの対価も支払わずに置いて頂く訳にも行きませんので……
カリヤマさんさえよければ、と、伽を致します……! その、初めてなので至らぬ事もあるかと--」
「だめだよ。そんなの許せるわけないじゃん」
瞬間。居間の温度が氷点下になったと錯覚するほどの冷たい声が聞こえた。
声の主、トモミンの表情は、まるで能面のように無表情だった。
「ひっ……!?」
「キャインッ……!」
ノルフィナさんとシロが怯えて後ずさる。俺もかなり怖い。
「お、落ち着けトモミン! 今日ちょっと変だぞ……!? ノルフィナさんもだ! 対価とか気にしないでくれ!」
「--あ、そうだ! ノルフィナちゃんの住民票とかは僕が友達にお願いしてなんとかするから、みんなでパーティー組んでハンターするなんてどうかな!?
そしたらノルフィナちゃんも対価とか気にしなくて済むし。ね、ね! そーしようーよ! ね?」
「は、はい……! 賛成です!」
「ワンワン……!」
「俺も賛成だ……!」
「やったー! じゃ、それで決まりね!」
俺達の悲鳴のような返事に、トモミンはいつものようなとびきりの笑顔で笑った。




