第16話 ハンター、エルフと子犬を拾う(3)
「ちょっ…… や、やめてくれ!」
エルフ氏、つまりは年下の女子による飛び込むような土下座。その衝撃的な光景を前に冷や汗が噴き出る。今日はよく冷や汗をかく日だ。
現代における土下座は、それをさせてしまった方を社会的に葬ってしまうある種の凶器だ。俺は慌てて彼女の体を起こそうとし、その体に触れる寸前で停止した。
くっ…… 緊急時でも無いのに女子の体に触れたら、それこそ社会的に死ぬ……!
「ト、トモミン! 頼む、助けてくれ!」
「へ……!? あ、うん。ほらほらエルフちゃん。顔をあげて? 師匠がすんごい困っちゃってるよ。汗ダラダラだもん」
「***、***……?」
トモミンが笑顔で彼女の体を起こそうとすると、彼女はトモミンの胸元をちらりと見ながら大人しく従った。
このエルフ氏の視線…… 土下座の直前にも俺の胸元を見ていた気がするけど、一体どういう意味があるんだろう……?
「うっ……!?」
すると、エルフ氏が小さく呻きながら自身の体を見下ろした。今になって傷の痛みに気付いたらしい。
「もう、無茶するからー。こっちこっち。ゆっくりしてなきゃだめだよー?」
トモミンに手をひかれ、エルフ氏が素直に布団の上に戻る。
「クゥーン……」
眉間に皺を寄せて痛みに耐える様子の彼女に、子犬君も心配そうに寄り添った。
「ふぅ…… 助かった。本当に助かったよトモミン…… けど、彼女は一体どうしたんだ? 助けたお礼って訳でもなさそうだったし…… 言葉が通じないのがもどかしいな」
「うーん。僕にも分からないよ…… でもだいじょーぶ! 言葉が通じなくたって、友達にはなれるんだから!」
ふんすと胸を張るトモミン。流石、世界中に友達がいる人間の言うことは違う。
「はは、君がいうと説得力が凄い…… さて、もう昼だし、俺は何か消化にいいものでも作ってくるよ。
君はこのままエルフ氏達についていくれるか? もう暴れるつもりは無さそうだけど、彼女は結構手練れの魔法使いみたいだ。一応気をつけてくれ」
「りょーかい! まっかせて! あ。エルフちゃんが目覚めたこと、しゃくじーちゃんに電話しとくね!」
「ああ、頼む」
その日の昼食は、出汁を効かせた卵雑炊にしてみた。
エルフ氏は雑炊なんて初めて見たらしく、お椀に入ったそれをいろんな角度から観察したり匂いを嗅いだりと、とても慎重に調べていた。
しかし一口食べて気に入ってくれたのか、すぐに二口目を口にしてくれた。
「ハフッ…… ハフハフッ」
火傷しないか心配な程の勢いで食べ始めたエルフ氏。その姿にほっと息を吐くと、俺とトモミンも雑炊を食べ始めた。そんな俺達を子犬君が悲しげかつ物欲しそうに見つめる。
「キューン、キュゥーン……」
「い、いや、君はさっきたっぷり食べただろう。 --分かったよ。ちょっとだけな」
「あはは。この子食いしん坊だねー」
エルフ氏と子犬君。素性も種族も良くわからない彼女達だけど、食べるものは俺たちとそう変わらなそうだ。 --なら、なんとかなるだろう。
「なぁトモミン。行く宛も無さそうだし、彼女達を暫くウチに置こうと思うんだが……」
「うん、僕も賛成だよ! まだ怪我だって治ってないし、悪い人達じゃなさそうだしね!」
「良かった……! ありがとう。大型犬用のトイレとかも買わないとな」
そんな訳で、俺達はこの少し変わった一人と一匹を我が家に迎え入れる事にした。
***
時間は瞬く間にすぎ、早くも一週間が経過した。三人と一匹の共同生活は今のところうまく行っている。
まず、彼女達の名前は結構早い段階で判明した。エルフ氏はノルフィナ、子犬君はシロと言うらしい。
シロの名前はノルフィナさんに教えてもらった。が、これが結構長くて発音が難しく、聞き取れた部分のシロという名前で呼ばせてもらっている。
シロは子犬らしく結構やんちゃだけど、犬とは思えないほどに賢い。低学年の小学生くらいの知能がありそうで、トイレもすぐに覚えてくれた。
ノルフィナさんもかなり頭のいい人のようだった。初見らしいテレビの使い方なんかも一瞬で覚えたし、こちらの意図もよく察してくれる。そして好奇心がかなり強いらしく、よくテレビを食い入るように見つめている。
加えて、彼女達が何処か地球でない場所から来たのは確定らしい。ノルフィナさんには色んな言語を聞いてもらったり、世界地図を見てもらったりもしたのだけれど、そのいずれにも心当たりがない様子だったのだ。
言葉が通じればもっと詳細に事情を聞けるはずだけど…… まだ名前を呼び合って挨拶するくらいしかできていない。
「ではノルフィナちゃんの怪我が治った事を祝って、かんぱーい!」
そして今日。にっこにこなトモミンの掛け声と共に、ノルフィナさんの快癒祝いが始まった。
場所は自宅の居間。テーブルの上には寿司やらチキンやらが所狭しと並べられている。
身体中包帯だらけだったノルフィナさんは、石神井先生もびっくりの回復力でもう完治してしまったのだ。覚醒者は常人より怪我治りが早いけど、それにしても早い気がする。
「カン、ペイ……?」
その彼女は、初めて聞く挨拶にコテンと首を傾げていた。
「うん、乾杯ね。乾杯」
「カンパイ」
「そうそう! かんぱい、かんぱーい!」
三人でグラスを合わせると、それを合図にシロがでかいマグロのブロックに齧り付いた。
「ワフッ! ハグ、ハグハグハグゥッ……!」
「あは! シロったらすんごい食べっぷり! 結構いい所もらってきたんだよ! ね、師匠?」
「ああ、買う時、ちょっと冷や汗が出てしまうくらいにいいお値段だった…… あ、ノルフィナさんも寿司食べて。きっと気にいるよ。美味いよ」
「ハイ。モグモグ…… スシ、ウマイ……!」
一週間も一緒にいたら食の好みも分かる。予想は当たったようで、彼女は目を輝かせながら寿司を食べ始めた。
俺とトモミンも料理を食べ始め、お腹も満ちてきた頃、居間のテレビから少し不穏なニュースが流れてきた。
『--国内各地のダンジョンで、魔物の個体数や異常等級個体の発生率が上昇しています。
国民が不安の声を上げる中、ダンジョン庁はまだ沈黙を守っており--』
「怖いな…… ダンジョン暴走の予兆じゃなきゃいいが…… 俺たちもそろそろハンター業に戻るか。少しでも魔物を間引いておいた方が良さそうだ」
「だねー。あ、でも師匠。僕らがダンジョンに行ってる間、ノルフィナちゃんとシロはどうしよう? まだ二人きりでこの家に居てもらうのは不安だよ」
「だよなぁ…… やっぱり、ノルフィナさんともう少し話せるようになるまで待つかぁ」
「いえ、その必要はありません」
「いやいや、そうは言っても…… --え!?」
突然聞こえた三人目の声に、俺は驚いて振り返った。
「い、今の、ノルフィナちゃん!?」
トモミンと揃って視線を向けると、声の主、ノルフィナさんはゆっくりと頷いた。
「はい、私が申しました。シロ、こちらへ」
「ワフン?」
続いて彼女は日本語でシロを隣へ呼び……
「狩人の大聖霊の憑代たるカリヤマ様。そしてその奥方たるトモミン様。
見ず知らずの私達の命をお救い頂き、誠にありがとうございました。そしてこれまでの数々の無礼…… どうかお許し下さい」
「ワフ!」
二人揃って俺たちに土下座した。




