第14話 ハンター、エルフと子犬を拾う(1)
「え…… し、師匠! エルフって本当に居るの!?」
「あ、いや、すまん。エルフっぽく見えたから思わず……」
世界中にダンジョンが発生した世界凶変以降、人々は魔物だけでなく、エルフやドワーフなどの亜人種が現れる事を大いに期待した。
しかし残念ながら、今に至っても人類以外の対話可能な生物は確認されていない。
ゴブリンやオークは人型だけど会話できないし、そもそも魔物のアイツらは生物と言えるか微妙だ。死んだら魔石を残して消えてしまうし……
けど目の前で行き倒れている女性は、尖った笹穂耳以外は完全に人類に見える。
「だ、だよね……!? えっと、まずは助けないとだよね? 倒れてるし」
「ああ。だが……」
「グルルッ……!」
エルフ氏の前には、俺達向かって唸る大型犬サイズの子犬が陣取っている。このままじゃ救助もままならない。
「--大丈夫だ。君達に危害は加えないよ。ただ助けたいだけなんだ」
俺は子犬に近づいて跪くと、下手の方からゆっくりと手を差し出した。
「ガゥッ!」
子犬が弾かれたように動き、差し出した俺の手に思い切り噛みついた。
「し、師匠!?」
「大丈夫だトモミン、身体強化を貫通するほどじゃない。体は大きいけど、やっぱりまだ子供なんだな…… 安心してくれ、俺達は敵じゃない」
子犬の目をじっと見つめながら穏やかに語りかける。すると暫くして、彼は気まずそうに俺の手から口を離した。
「クゥーン……」
「大丈夫、痛くないよ。優しい子だな」
ぺろぺろと俺の手を舐める子犬に、俺は小さく微笑み掛けた。
人付き合いは苦手だけど、昔から犬や猫にはなぜか好いて貰えたんだよなぁ。自分一人で手一杯の生活だったから、飼ったりはできなかったんだけど……
子犬と和解した俺をみて、トモミンが歓声を上げる。
「す、凄いよ師匠! まるで風の谷の姫姉様みたい!」
「ははは。彼女と違ってずるしてるけどな…… さて、君の友達を助けようか」
「ワフッ……」
不安げな子犬の脇を通り過ぎ、俺はうつ伏せに倒れたエルフを抱き起こした。
「うぅっ……」
「……!?」
小さな呻き声と彼女の顔が顕になり、俺は息を呑んだ。
ああ、この人は人類じゃないんだな…… 彼女の黄金に輝く長髪と神々しいほどの美貌を目にして、俺は自然とそう納得していた。
年の頃はトモミンより少し上くらいだろうか? 体型はモデルさんのようにスラリとしている。
その両目は閉じられ、掛けている眼鏡はひび割れてしまっていた。深い知性が伝わってくるような怜悧な顔立ちだ。
「驚いた…… こんなに綺麗な人は初めてみた」
「え゛……!?」
トモミンから変な声が聞こえた気がしたけど、今はこの人だ。
耳は…… うん。やっぱり本物に見える。ちょっと自信がないけど、人体改造とかでこの形に整えた感じでも無さそうだ。
脈拍と呼吸は…… 良かった。弱々しいけどちゃんと生きている。ただ、よく見ると身体中が傷だらけだった。致命傷はなさそうだけど、早めに処置したほうがいいだろう。
「怪我はあるけど、今すぐ病院に駆け込まないといけない感じじゃ無さそうだ。
魔物に襲われて逃げてるうちに、疲労困憊で行き倒れたってとこかな…… ん……? でもこの人、一体どこから来たんだ……?」
ここは千葉の山中なので、この辺にエルフの里なんて無いはずだ。管理局がここを調査したのもついこの間の事だし……
「た、確かにすんごい綺麗だね…… 師匠。その人、本物のエルフなの……? つまり、えっと、人間じゃないの?」
エルフ氏の顔を覗き込みながら、トモミンがおずおずと聞いてくる。
「分らないけど、この耳は生まれつきのものに見えるよ。それに何というか、地球人類には思えないんだよなぁ…… 人型の魔物とも思えないし。
しかし助けるにしても、普通の病院に彼女を運び込んでいいものか……」
命は助かったけど、どっかの研究機関に幽閉されてしまった…… なんて展開は避けたい。
いや、そもそも診て貰えない可能性もあるか。多分保険証なんて持ってないだろうし。
「うーん、あー…… だったらさ、まずは僕らのお家に連れて行こうよ。僕の友達に口の固いお医者さんがいるから、その人に往診に来てもらうとか……」
何故か気が進まなそうに言うトモミン。確かにそれがいいかもな。
「ありがとう、それで行こう。じゃあ彼女は俺が--」
「あ、待って師匠。その人は僕が運ぶよ。ほら、女の子だし」
「おっと、そうだな。頼む。 --トモミン…… 何かその、怒って無いか?」
こっちに目を合わせず、淡々とエルフ氏を抱き抱える彼女に、俺は思わずそう聞いてしまった。
すると彼女は、目を細めながらじろりと俺を見返した。
「ううん。怒ってなんかないよ? ただ師匠って、僕には綺麗だとか一度も言ってくれた事ないなーって…… そう思っただけ」
「そう、だったか……? えっとトモミンは…… そう、可愛いって感じだよな。こう、守らなければって勝手に思ってしまう感じの」
俺の言葉にトモミンが息をのむ。ヤベっ、ちょっとキモかったかだろうか……?
「ふ、ふーん…… 師匠、僕の事可愛いって思ってたんだー。へぇー…… そっかそっかぁ!
まー、僕って? 黙ってれば天下狙えるほど可愛いとか、よく言われるからね! ふふん!」
何か急に機嫌が治った。しかし、それって褒められて無いのでは……? いや、余計なことは言わないでおこう。
「ワフン……?」
トモミンが抱えたエルフ氏を、子犬が不安げに見上げる。
「おっと、君も一緒に行こう。ちょっと抱っこしていいか?」
「ワフッ!」
俺は大型犬サイズの子犬を抱き抱えると、エルフ氏を抱えたトモミンと一緒に自宅へと急いだ。




