第12話 ハンター、メイドとダンジョンに潜る(4)
「やっと到着したな」
絶品トンカツを食べてから更に一週間後。俺たちはボスの階層に到着した。
これまでの階層同様、周囲には見渡す限りの荒野が広がっているが、ボス部屋特有の張り詰めた空気を感じる。このダンジョンは少し変わっていて、最下層が丸ごとボス部屋なのだ。
しかし気になるのは空の色だ。以前来たときは普通の青空だったのに、今は不気味な赤色に染まっている。
「何か妙な雰囲気だ…… トモミン、警戒を緩めるなよ」
「ガルルルルッ…… 僕、ボス、倒す……!」
隣に立つトモミンに話しかけると、彼女は目をぎらつかせながらそう答えた。
すっかりハンターとして仕上がってしまっている。いや、これは流石に仕上がり過ぎだ。
”トモミン、おいたわしや……”
”空の色変じゃね?”
”おい師匠! 俺たちのトモミンが狂戦士みたいになってんぞ! どうしてくれんだ!?”
”結構なハードスケジュールだったからなぁ…… 俺なら途中で脱走してる”
”昭和のスポ魂ものかと思ったぞ”
トモ友の皆さんからの尤もなコメントに、俺はドローンカメラに向かって頭を下げた。
「す、すまない。少しやり過ぎてしまった…… トモミン。深呼吸だ。一回落ち着こう」
「ふぅーっ、ふぅーっ……! 大丈夫だよ師匠。今の僕なら、何だって殺せるから……!」
落ち着くどころかさらに呼吸を荒くするトモミン。
俺はこの階層に来るまで、彼女が階層ごとに着実に成長できるよう慎重にレベリングを手伝ったつもりだった。
結果、彼女はD級相当のレベルと、それに相応しい技量を身につけてくれたけれど、短期間でそれを行なった代償は大きかったらしい。
今やあの太陽のような笑顔は消え失せ、獣のような禍々しい笑みを浮かべてしまっている。
『ト、トモミンちゃん。ちょっと見ないうちに、随分雰囲気が変わっちゃったわね。狩山くん……?』
ボス戦なので、試験官の斉藤さんも支援局のドローンカメラ越しに見てくれている。
その彼女からの責めるような声色に、俺は今度は支援局のカメラの方に頭を下げた。
「すみません、俺のせいです。俺が師匠として未熟なばかりに…… トモミン、早くボスを倒して地上に帰ろう。そして君の好きなカレーでも食べて、しばらくはゆっくり休もう」
「カレー……! お休み!? よっしゃあ、頑張るぞー!! --でも師匠。そのボスが見当たらないよ?」
パッといつもの笑顔に戻ってくれた彼女は、不思議そうに周囲を見渡した。
彼女のいう通り周囲には魔物一匹居ない。あるのは、後ろの方に浮かぶ黒い球体のようなものくらいだ。
あれがこのダンジョンにおける階段のようなもので、俺たちはあれを通って上の階層からここへ降りて来たのだ。
「そうなんだよなぁ。俺の時はすぐに向こうから襲いかかって来たんだが……
ここのボスはワータイガーの強化種で、素早い動きが厄介なやつだ。トモミンとは相性が悪いかもしれないけど、だからこそ修行に--」
ヒューン……
セリフの途中。強化された俺の聴覚が、上空から猛スピードで近づいていくる小さな風切り音を捉えた。
同時に降ってきた僅かな殺気に、俺はトモミンを抱き抱えてその場を飛び退いた。
「ひゃっ……!?」
ゴォッ!
瞬間、俺たちが立っていた場所を何かが高速で通りすぎ、それは再び上空へと舞い上がった。
”うわっ……! なんかデカいのが通り過ぎた!”
”二人は!? 良かった、無事かぁ……”
”あれ絶対ワータイガーなんかじゃ無いぞ!?”
”上だよ上! 何だあれ!?”
「ガォォォォンッ!」
荒野に響く野太い咆哮。赤く染まった空を駆けるのは、背中に翼を生やした巨大な虎だった。
あの幻想的な姿に、このビリビリと来る強烈な殺気……
「ウイングタイガー……! なんでD級ダンジョンに!?」
現れたのは、虎は虎でも強力なB級の魔物だった。つまり、あの熊野郎と同格の怪物だ……!
『ウイングタイガーですって!? --異常等級個体を確認! 試験は中止よ! 今すぐ撤退して!』
斉藤さんの鋭い声がドローンカメラから響く。
異常等級個体とは、生息するダンジョンの等級を大きく逸脱した強力な魔物の事だ。
ダンジョン内でごく稀に発生し、その行動も普通の魔物と違って予測が難しい。俺が仕留めた熊野郎も、D級ダンジョンから発生した異常等級個体という事になっている。
さておき、あれはいくら何でも今のトモミンには早すぎる。
「了解です! トモミン走れ! 上の階層に戻るぞ!」
「う、うん!」
トモミンの手を引き、この階層の出口である黒い球体に向かって走る。
『ガォンッ!』
しかしウイングタイガーが吠えた瞬間、球体の周囲を風の防壁のようなものが覆った。
強力な風の結界……! 俺はともかく、今のトモミンじゃあれを突破できない!
『そんな、出口が……! --二人とも何とか耐えて! すぐに救助を送るわ!』
斉藤さんの悲痛な声が響く。 --仮に今すぐ上級ハンターを突入させても、ここに到達するまで数十分は掛かる。それを待つよりは……
弟子の身が危険だというのに、俺の口角は自然と上がっていた。この状況、俺があの化け物を狩るしかないじゃないか……!
「トモミン…… 俺が前に出る。君は自分の身を守る事に専念してくれ」
「え…… や、やだ! 二人で倒そうよ!」
「む…… わかった。けど、無理はしないでくれよ?」
「うん!」
「ガォンッ!」
上空を旋回していたウイングタイガーが、身構えた俺達目かげて急降下を始めた。
「俺が奴を止める! 君はその隙に打ち込め!」
「止める!? りょ、了解だよ!」
瞬く間に眼前に迫る四トントラックのような巨体。俺はそれを迎え撃つように前へ踏み込んだ。
同時に発動させたのは『剛力』のスキル。ハイオークの肉を喰らって獲得したこの力は、魔力消費の激増と引き換えに身体強化率を爆増させる!
「おぉっ……!!」
ドンッ!!
ウィングタイガーの巨体と俺の体がぶつかり合い、轟音が響く。
ズザザザザァッ……!
流石に勢いを殺しきれずに数メートル後ろに押し込まれてしまったが、俺は奴の凄まじいぶちかましを受け切った。
ニヤリと笑う俺に対し、至近距離にある奴の馬鹿でかい顔は驚愕に歪んだ。
”マジかよwww あれ受け止めちゃうの!?”
”狩山師匠…… つえーとは思ってたけど、B級に力で勝つとか人間やめてんな”
”わぁ、おっきい虎さん!”
”やれー! 寄り切れー! 狩山関ー!!”
”今だトモミン! どたまかち割ったれ!”
「よっしゃあ!」
モーニングスターを振りかぶったトモミンが、奴の横手から迫る。
『グッ…… グルァァ!!』
ドバァッ!
しかしその時、緑色の光を放った奴を中心に強烈な爆風が巻き起こり、俺とトモミンはその場から吹き飛ばされてしまった。
「ぐぇっ!?」
なんとか体勢を崩さずに着地した俺に対し、トモミンは潰れたカエルのような声を出しながら地面に転がった。
奴はその隙にまた上空に舞い上がり、俺たちを見下ろしながら翼を大きく広げた。そしてその体がまた緑色に発光し……
『ガァァァァァッ!』
咆哮と共に、奴の翼から数え切れない数の羽が射出された。
ヘリからの機銃掃射のようなその攻撃の範囲には、当然地面に転がるトモミンも含まれる。ヤバい……!
俺はコートを跳ね上げ、奴の攻撃に対抗可能な魔法を発動させた。
『千刃乱舞!』
フォン…… ガガガガガァンッ!
コートの下から射出された百近いダガーの群れが、俺とトモミンに降り注ぐはずだった羽の弾丸を全て撃ち落とした。
ふぅ…… なんとか凌いだけどこれはかなり厄介だ。こっちのダガーは全部無事のようだが、ダガーを奴自身に飛ばしても、恐らく羽の弾丸で勢いを削がれてしまうだろう。となれば……
『ガァァァァァッ!』
奴が再び吠え、その体が緑色に発光する。間合いを取ってひたすら打ちまくるつもりか…… 少しまずいな。向こうから持久戦を仕掛けてきたって事は、あの攻撃は魔力消費が少ないのかも知れない。であれば、こっちが先にバテる可能性がある。
どうする……? あの高度だと刀を伸ばしてもリーチが足りないし……
--いや、そうか。手持ちの武器のリーチが足りないなら、よりリーチの長い武器を作ればいい……!
俺はダガーを全弾手元に集めると、金属操作魔法を発動した。
ギュルルッ!
そうして出来上がったのは、一本のダガーが先端についた長大な鎖だった。俺はその鎖を頭上で振り回し、十分な遠心力を与えた後……
「猛獣は…… 鎖で繋いでおかないとなぁ!」
上空のウィングタイガー目掛けて渾身の力で投擲した。
ジャララララッ!
ダガーが凄まじい勢いで打ち上がり、後に鎖が追従する。
それに気づいた奴は、すぐに自身に迫るダガーへと標的を変えて羽の弾丸をばら撒いた。
ガガガガガァンッ!
羽の弾丸がいくつもダガーに着弾する。しかし、鎖で俺の手元と繋がったダガーの勢いは衰えず、弾幕を張りながら逃げるウィングタイガーに追いすがり……
「ギャッ……!?」
ついにダガーは奴の後ろ足に突き刺さり、さらに後ろに繋がった鎖が奴の足にしっかりと巻きついた。
”おぉ、捉えた! 虎だけに!”
”↑重罪”
”いや、師匠の魔法汎用性高過ぎだろ”
”やれぃ狩山! 根性見せんかい!”
「言われなくても……! ふん!」
「ガオッ……!?」
上空へ逃れようとする奴に対し、俺は渾身の力でグンと鎖を引っ張った。
ジャラララッ…… ドォンッ!
結果、引き摺り落とされた奴は強かに地面へと叩きつけられ、荒野に轟音が響いた。
しかしその衝撃でダガーが抜け、鎖の拘束が緩んでしまった。
「グルルッ……」
「しまっ……!」
ウィングタイガーがよろめきながら再び上空へと飛ぼうとする。
ここで逃したら同じ手は通じないかも知れない。俺が慌てて鎖を操作しようとした瞬間、奴に突貫する影があった。トモミン!
「飛ばせないよ!」
ドガッ!
彼女の渾身のモーニングスターが奴の頭に炸裂。脳を揺さぶる一撃に、巨体がガックリと脱力した。
「グォッ……!?」
「ナイス! トモミン!」
ザンッ!
地を蹴った勢いのまま抜き放った俺の刀が、奴の一抱えはある極太の首を切り落とした。




