第11話 ハンター、メイドとダンジョンに潜る(3)
E級昇級後の翌朝。俺はトモミンと一緒に自宅の台所で朝食を食べていた。
「トモミン。疲れが溜まってなければ、今日はD級の昇級試験を受けに行かないか?」
「むぐっ……!? --もぐもぐ…… ごっくん。し、師匠。ちょっとペース早くない……!? 昨日E級に上がったばっかじゃん……」
ベーコンエッグを美味しそうに頬張っていたトモミンは、少し引いた様子でそう言った。
うーん。確かに世間的には早いか…… E級からD級に上がるのって、普通は一年くらいかかるって話だし。彼女の昇級を急ぐのも、完全に俺の都合だしな……
俺が自分の昇級をC級で止めているのは、トモミンを指導する上で丁度いい等級だからだ。
C級はベテランと呼ばれる等級なので、彼女の師匠を務める上で外から見ても納得して貰えやすい。
しかしこれがB級とかになってくると、逆に高すぎて彼女の視聴者から心配の声が出る可能性があるのだ。
よくあるのが、上級ハンターの男が初級ハンターの女の子を弟子にして、過保護にレベリングしてしまうパターンだ。逆の場合もたまに聞くけど……
さておき、そのまま師匠側が弟子の面倒を一生見るならまだしも、途中で喧嘩して師弟解消なんて事になったら不味い。
そういう場合、弟子の方はレベルだけ上がって技量が伴わないので、分不相応なダンジョンに潜って帰らぬ人となってしまう事が多いのだ。
なので、トモミンがレベルだけのハンターになってしまわないよう、俺は注意深く彼女を育てなければならないのだ。装備の面では少し甘やかしてしまっているけれど……
しかしその一方で、俺個人としては早くB級以上に昇級して強力な魔物を狩りに行きたい。行きたくてしょうがない。
トモミンが相応の技量を身に付けた上でD級に上がってくれたら、俺も安心してB級に昇級できるんだが…… 彼女の都合もあるのに急かしたのは良くなかった。
師匠たるもの、じっくり腰を据えて弟子を育てていこう。
「そうか…… わかった。トモミンの本業は配信だし、あまりハンター業にばかりかまけていられないもんな……」
そうは言ってもちょっと残念な事には変わりはない。思わず小さく肩を落としてしまった俺を見て、トモミンは何故か小さく息を呑んだ。
「……! そ、そんな顔されたら…… もー、分かったよ! 行くよ! 行けば良いんでしょ!」
「え…… ほ、本当か!? ありがとう! よし、ならさっさと食べて支援局に行こう!」
朝食の残りをかき込み始めた俺に、トモミンは苦笑気味に息を吐いた。
その後俺たちは早速ハンター支援局に向かい、斎藤さんにトモミンのD級昇級試験を申請した。
その際、斎藤さんからはまた良い知らせがあった。熊野郎のB級魔石の買取手続きが完了したのだ。
他の魔石の売却額も合わさり、俺の口座残高は見たことのない桁数に激増した。ちょっと前までは結構ギリギリの生活をしていたので、かなりありがたい。
試験場所となるD級ダンジョン、『獣戦士の荒野』は、今のトモミンならレベリング込みで往復二週間ほどは掛かる。
俺たちは潤沢な資金で十分に装備を整え、ダンジョン攻略を開始した。
攻略開始から数日。俺たちは『獣戦士の荒野』の中層まで来ていた。
見上げると、空は太陽もないのにオレンジ色に染まっていて、周囲は以前テレビで見たサバンナのような風景が延々と続いていた。
吹き付ける熱風のせいで、下草もまばらに生える木々も全てがカラカラに乾いてるようだった。
「ひぃ、ひぃ…… 師匠、そろそろ、休ませてぇ……」
そして俺の少し後ろを歩くトモミンは、モーニングスターを杖にしてヘロヘロの様子だった。
「ああ、次の集団を倒したら休憩にしよう。 --よしあっちにハイオークの群れだ」
「ひぃ〜ん……」
俺がそう言って歩みを早めると、彼女は情けない声を上げながらも付いてきてくれる。なんだかんだ根性あるんだよな、この子。
”狩山師匠、結構スパルタだな”
”汗だくでへろへろのトモミン…… 良いな”
”おいやめろ”
”師匠、なんで魔物の位置がわかるんだ? 随分遠くから、しかも種類まで把握しているっぽいし”
サイバーグラスに表示された視聴者のコメントに、俺は少し言葉を詰まらせた。
「あー…… 俺は耳がいいんだ。あいつら鼻息荒いしな。 --トモミン、これが終わったら食事にするからもう少し我慢してくれ」
「へ……? も、もしかしてお腹鳴ったの聞こえた……!? もー、デリカシー!」
「あ…… す、すまない。無神経だった」
赤い顔でプンスコするトモミンへ俺は必死に謝った。
彼女の可愛い腹の音すら拾うこの超聴覚は、E級ダンジョンのボス、ラージアルミラージの肉を喰らって手に入れた。トモミンが奴を仕留めた際、幸運にもドロップしたのだ。
喰った魔物の力や特性を取り込めるユニークスキル…… 俺がそれを持っているのは確定らしい。
この耳のおかげでトモミンのレベリングも効率的に行えている。魔物を探すために、広い荒野を無駄に歩き回らなくて済むからな。
「お、いたぞ。向こうもこっちに気づいた。ほら、しゃきっとしな」
「うー…… これ終わったらご飯、これ終わったらご飯……!」
荒野の向こうに見えた数人の人影が、武器を構えた俺たち目掛けて猛スピードで駆けてきた。
「「グラァァァァッ!」」
筋肉と脂肪がたっぷりついた豚頭の巨体。通常個体よりさらに重量級のハイオークだ。
身長二メートル、体重は二百キログラムを超えているだろう。そいつらが棍棒を振り回しながら迫ってくる様は圧巻だ。
「俺は右! トモミンは左だ!」
「りょーかい!」
バッ!
奴らの棍棒の間合いに入る直前、俺たちは二手に分かれて群れの側面に回り込んだ。
「グラッ……!?」
ハイオークの一体が、急制動をかけながら棍棒を横なぎに振るう。俺はそれを潜るように躱し、間合いを詰めて居合い抜きのように刀を振るった。
ザンッ!
棍棒を振るった個体の胴体が上下に切断され、その個体の後ろにいた二体が狼狽える。
俺は間髪入れず二連突きを放ち、ハイオーク達の心臓を穿った。
そいつらが脱力して地面に倒れ始めるのを横目に、俺は次にトモミンへと視線を移した。
「ご飯!」
「グボッ……!?」
彼女は妙な掛け声と共に、受けに回った棍棒ごとオークの腹をぶち抜いていた。
力こそパワーな戦い方に見えるけどあれでいい。彼女はモーニングスターを振り抜いた勢いのまま他の個体に襲いかかると、ほんの数秒で残りを片付けてしまった。
よし、レベルの上昇も順調で、技量もちゃんと付いてきている。やはり彼女は飲み込みが早い。
「トモミン、いい動きだった。魔石を拾って食事にしよう」
「うん! あっ…… し、ししょー! 見てみてー!」
トモミンが魔石を拾う手を止め、何かを高々と何かを掲げた。それはハイオークのドロップ素材、巨大なブロック肉だった。
「で、出来した! 今夜はご馳走だ!」
空が徐々に暗くなる中、俺たちは近くで見つけた岩場に腰を落ち着け、ルンルン気分で調理を始めた。
「トモミン……! 二日ぶりにまともな食事にありつけるぞ……!」
「そうだね! 楽しみだね!」
ハンターはとにかくよく食べるが、ダンジョンに持ち込める食料の量は限られる。
俺達が今回持って来ているのも、体積あたりのカロリーを優先した高性能な保存食だ。これが、みちみちに栄養が詰まっているせいか異様に硬い……
ハンターの顎の力なら食べられるし、不味くはないんだが当然飽きが来る。だからこそ、こうしたドロップ肉はめちゃくちゃありがたいのだ。
ちなみに水に関しては、魔力を込めると飲料水を生成できる造水器の魔道具を購入済みだ。
かなり高価だったけど、今回のような長丁場のダンジョン攻略には必須の品だ
超希少な空間系のスキルを持つハンターは、いわゆるアイテムボックスのような魔法を使えるらしいけど…… 羨ましい限りだ。
”ハイオークのドロップ肉って、グラム数万円はしなかったけ……?”
”ドロップ率低いし、取れてもこんな感じでハンターが消費しちゃうからなぁ”
”狩山シェフ、今日のメニューは?”
「まぁまぁ、慌てないでくれ。多分すぐ分かるさ」
コメント欄に反応しつつ、俺は調理を進めた。
硬い保存食を粉状に砕いて水で溶き、それに塩胡椒した分厚い肉の切り身を浸し、粗く砕いた保存食を纏わせる。
次に下処理したその肉を、鍋で加熱した油の中へ入れていく。ちなみに、鍋は金属操作魔法で手持ちのダガーから生成したもので、油はオーク肉の脂身から抽出したものだ。
そして一度油から引き上げた肉を少し休ませ、二度揚げすれば……
ジュゥゥゥゥゥッ……!
「わ、わぁ…… トンカツだぁ〜!」
綺麗な狐色に仕上がった大きなトンカツに、トモミンが歓声を上げた。
普通は皿に移して切り分けるんだけど…… 保存食で過ごした数日間は、俺たちから理性や上品さを奪い去っていた。
俺とトモミンは頷きあうと、トンカツを手で掴んで豪快に丸齧りした。
カリュッ……!
クリスピーな食感の衣の下には、程よい歯応えのジューシーな肉。それを噛みちぎって咀嚼すると、豚肉の濃厚な旨味が口の中一杯に広がった。
「う、美味すぎる……! 肉の旨味がこんなに強いのに、脂に全然くどさが無い…… 塩胡椒だけで、ソースもキャベツも、ご飯すら無いのに…… これだけでもう完成してる!」
「美味しい…… 美味しいよぉ……!」
”うわぁぁぁぁ! とんかつ食いに行ってくる!”
”ダンジョン内の野営でハイオークのとんかつとか、贅沢すぎるだろ……”
”頼む、食わしてくれ……! 金ならいくらでも払う!”
”よし、狩山氏。家へ嫁にきてくれ”
”トモミン、泣いてる……?”
一心不乱にとんかつに齧り付く俺たちに、コメント欄が発狂する。相変わらずいいリアクションをしてくれる。
ちなみに支援局のカメラもついてきているけど、今回は長丁場なので基本は録画。要所要所で職員が確認する形だ。
流しっぱなしの配信にも関わらず、常に誰かしら見ているトモ友が異常なのだ。いや、いい意味で。
『クスクスッ…… 力ガ、イッパイ……』
「……!」
脳内に無邪気な声が響く。ハイオークの肉を食らったことで、また何かのスキルか特性を取り込めたらしい。
「試すのが楽しみだな……」
「んぉ? ひひょう、ふぁんかいっは?」
トンカツを頬張りながら聞いてくるトモミンに、俺は笑みを深めた。
「ふふっ、あとで話すよ。それより今は食おう」
「うん!」
その後、俺たちは夢中でとんかつを貪り、一抱えはあったブロック肉を一晩で食べ切ってしまった。
やはりハンターという生き物は燃費が悪すぎる……




