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逃げ癖ハンターは立ち向かう 〜狩人の大精霊に憑依された底辺ハンターは魔物に溢れた現代で無双する〜  作者: 藤枝止木
1章 ハンター、大精霊に気に入られる

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第1話 ハンター、森の中で熊さんに出会う


 --ダァンッ!


 真冬の山中に銃声が響き、俺が覗き込んでいたスコープの中で獲物が倒れた。


「よし……」


 構えていたライフルを下げて足早に獲物の元へ向かうと、頭から角を生やしたウサギのような魔物が、血を流して横たわっていた。

 アルミラージと呼ばれるそいつはぼんやりと光りながら薄くなっていき、歪な形をした石を残して消えた。

 俺がその小豆粒ほどの魔石をポーチに放り込むと、中に入っていた数個の魔石同士がぶつかってちゃらちゃらと音を立てた。その音に思わず笑みが浮かぶ。


「まずまずだな…… これでまた数日は凌げる」


 --今から数十年前、科学全盛の世界は突如として終わりを告げた。魔物と呼ばれる危険な生物と、そいつらが湧き出るダンジョンが世界各地に出現し始めたのだ。後に世界凶変(せかいきょうへん)と呼ばれる大事件である。

 強大な力を持つ魔物達の侵攻に世界は滅亡するかに思えたけど、時を同じくして異常な力に目覚める人も現れ始めた。

 後に覚醒者と呼ばれる彼らの活躍によって人類は危機を脱し、同時に魔石というエネルギー資源まで手に入れた。

 以来、魔物を狩って魔石を回収するハンターという職業は一般化し、人類の希望として尊敬を集めるようになった。

 そしてかく言う俺、狩山一人(かりやま かずひと)もそんなハンターの一人だ。


「まぁ、最底辺のGランクだけど」


 Gランクハンターは花形職業であるハンターの中でも例外だ。

 覚醒していない常人でも成れる代わりに、命の危険に対して実入は少なく、世間からは掃除屋なんて呼ばれて見下される。

 ちなみにさっき仕留めた小さなアルミラージでさえ、見た目に反してヒグマのような力と頑健さを持っている。もし至近距離で遭遇したら、あの角でどてっ腹をぶち抜かれてお陀仏だ。


「我ながら、そんな仕事をよく10年も続けてるよな……」


 極度のビビりでコミュ障だった俺は、育った施設、学校、会社…… その何処にも馴染めず、いろんな事からひたすら逃げてきた。そんな俺には、もうGランクハンターくらいしか選択肢が残っていなかったのだ。

 けれど今は、一人で山を駆け回る気楽さや、魔物を追跡して仕留める事への達成感を感じている。多分俺はこの山や狩猟が好きなんだ。

 それでも、時々考えてしまう。体力が衰えて山に入れなくなったら? 魔物に襲われて死ぬならまだしも、生き残って酷い障害を負ってしまったら……?

 足元から這い上がってくるような不安から目を逸らし、俺は頭を振って思考を切り替えた。


「帰ろう…… 帰ってS級ハンターのダンジョン配信でも見ながら、酒を飲んで寝ちまおう」


 そうして山を降り始めた時だった。


「--ァァァァァッ……」


 山の奥の方から悲鳴のような声が聞こえてきた。


「今のは……!?」


 人が…… 誰かが魔物に襲われているのか……!?

 数秒ほど逡巡した後、俺は悲鳴が聞こえた方に向かって走り始めた。すると木々の疎な開けた場所で、大きな空間の歪みのようなものを見つけた。

 直径十mに迫る球形の歪みの中には、ぐにゃぐにゃに歪んだここでは無い何処かの風景が映っている。まさに目を疑うような光景だけど、俺はこれが何なのかよく知っていた。


「ダンジョン……!? 何でこんなにでかいのが…… この前来た時には無かったぞ……!?」


 千葉県の中程に位置するこの山は、何故か人が入れない程の小さなダンジョンしか発生しない。

 そしてダンジョン規模と魔物の強さは比例するので、この山には最下級であるF級の魔物くらいしか居ないのだ。普通の熊すら出ないから、今の日本ではここが最も安全な山と言っても良い。

 なのに目の前にあるダンジョンはどう見ても上級以上。G級ハンターの俺が入れば、恐らく数分も生きていられない魔境だ。


「キャァァァァ……」


「……! くそっ、やっぱりこの中か……!」


 悲鳴はその魔境の中から聞こえていた。

 今から上級ハンターを呼んでもおそらく間に合わない。俺は慎重にダンジョンの中へと足を踏み入れた。


 ズァッ……


 異様な音と共に周囲の状況は一変。景色は見慣れた山中から、巨大な木々が林立する深い森に変わっていた。見上げると木々の枝の隙間から青空のようなものまで見える。


「どうやらとんでも無く広大なダンジョンらしいな…… 悲鳴が聞こえてくるのは…… あっちか……!」


 幸い周囲に魔物の影は無く、俺は声を頼りに見通しの悪い森の中を進んでいった。すると。


「ゴルルルルッ……」


「……!?」


 目の前の巨木の向こう側から、巨大な肉食獣を思わせる唸り声が聞こえてきた。

 生き物としての本能か。それを耳にした俺の体は(すく)み上がり、背中が一瞬で冷や汗に濡れた。

 この体の芯から震えが来るような鳴き声。一体どんな魔物が……

 俺は息を殺しながら巨木に近づくと、そっと向こう側を覗き込んだ。


「ゴァァァァァッ!!」


 咆哮が轟く。巨木の向こう側にいたのは、灰色の巨獣だった。

 こちらに背を向けた姿はヒグマに似ているけど、その大きさがおかしい。体長はおそらく五mを優に超え、鈍色(にびいろ)の毛並みは金属光沢を放ち、額からは刀剣のような角まで生えていた。

 恐ろしくも美しい姿に、思わず膝を屈してしまいそうになほどの畏怖(いふ)を感じる。

 なんだあの化け物は……! 上級ダンジョン深層ならまだしも、何でこんな入ってすぐの所にあんなのが……!?


「ひっ…… ひぃぃぃっ……!」


 小さく聞こえた悲鳴に目を向けると、巨獣の視線の先、高い木の上にゴスロリメイドが居た。

 --ゴスロリメイド……!? 場違いすぎる存在に思わず目を擦ってみたけど、どうも見間違いじゃないらしい。

 巨獣に追い立てられるように樹上で震えているのは、高校生くらいに見える女の子だった。

 その顔は恐怖に歪み、可愛らしいフリル付きの衣装の所々に血が滲んでいる。

 な、なんで子供がこんな所に、あんな格好で居るんだ……?


「あ、あはは…… みんな。僕、もうダメみたい…… せっかく見に来てくれたのに、こんな配信になっちゃってごめんね…… 最後に、一つだけお願い。時々でいいから、僕のこと、思い出して……!」


 その子はスマホを地上の魔物に向けながら、歯をガチガチ鳴らしつつ誰かに語りかけた。

 もしかして配信者なのか……? それも随分気合の入った…… そういえばあの顔と格好、どこかで見たような--


「ゴァッ!」


 バスッ!


 響いた異音に視線を移すと、彼女がしがみ付いている巨木に魔物が前脚を振り抜いた所だった。

 極太の幹が発泡スチロールのように大きく削り取られ、巨木がぐらりと傾ぐ。

 ま、まずい…… もう次の一撃で木が倒れてしまう。そうしたら彼女は……!


「キャッ…… キャァァァァァッ! やっぱり毎日朝昼晩四六時中僕のこと思い出して! チャンネル登録もそのままにして! 命日にはみんなでオフ会してぇ!!

 --死にたく無いよぉ…… まだ、たった100万人としか友達になっていないのにぃ……!」


 メイドの彼女がスマホを自分に向けて半狂乱で叫ぶ。そこへ魔物が再び前脚を振り被った。

 この光景を目にした俺は、恐怖と混乱に呑まれつつもどこか冷静だった。

 あの魔物はどう見てもB級以上の化け物で、G級の俺が彼女を助けるのは不可能だ。そして彼女があの魔物に食われたら、次に食われるのは俺だ。

 ならば…… 無駄に命を散らす事は無い。この隙に逃げ帰るべきだ。

 導き出された冷酷な結論が、罪悪感に震える俺の体をゆっくりと下がらせ、彼女に背を向けさせる。


「誰か…… 誰か助けてよぉ!!」


 けれど、彼女の助けを求める声に俺の足はぴたりと止まった。

 その時俺の心中には、命懸けで彼女を救おうなんて殊勝(しゅしょう)な考えは無かった。あったのはもっと利己的で、全く別の事への恐れだった。


 --仮に彼女を見捨てて生き残っても、俺の心にはこの出来事に対する強烈な恐怖と罪悪感が残ってしまう。そうすれば、俺はもう二度と山に入る事が出来なくなくなるだろう。

 あらゆる事から逃げ続けてきた俺が最後にたどり着いた、魔物だらけのこの山に。

 残された唯一の居場所すら失う。それは俺にとって、目の前の怪物に立ち向かうより恐ろしい事だった。


「やって、やる……!」


 決心してみると、俺の体は普段以上にスムーズに動いた。

 静かに、そして素早くマガジン交換を行い、木の影から半身を出してフル装填のライフルを構える。

 今スコープ越しに見えるのは熊型魔物の馬鹿でかいケツだけだ。心臓を…… バイタルパートを狙うには……!


「おい! こっちだ熊野郎!!」


「グルッ……!?」


 俺の声に熊野郎がこちらを振り返ろうとする。すると奴の巨体が横向きになり、前足の付け根がさらされた。

 俺は瞬時にそこへ照準を合わせて引き金を引いた。


 ダァンッ!


 銃声と共に、狙い通り奴の前脚の付け根の毛皮が爆ぜた。

 よし……! 俺は心の中で喝采を叫び、ライフルのボルトを操作して次弾を装填した。

 しかし急所を狙撃された筈の奴は痛がるそぶりすら見せず、こちらに向き直って小首を傾げた。


「……!」


 威圧感に震えそうになりながら、俺は奴の顎下に狙いを変えてさらに引き金を引いた。


 ダァンッ、ダァンッ、ダァンッ!


 立て続けに三発。撃ち切った全弾は全て狙った場所に命中したけれど、奴は小揺るぎもしなかった。

 だ、駄目だ…… ヒグマでも仕留められる弾丸なのに全部毛皮で止まる。やっぱりあのレベルの魔物にライフルなんて通用しないんだ……!


「ゥルルルッ……」


 熊野郎が唸りながら前脚を上げ、その体が黄色い光を帯び始める。あの光の色……!

 奴が前脚を踏み鳴らす直前、俺はライフルを放り出してその場から飛び退いた。


 ズガガッ!


 直後。さっきまで居た場所の地面から太い金属の棘が何本も飛び出し、俺が身を隠していた大木をバラバラに引き裂いた。

 やはり地属性魔法の予備動作……! 危なかった。上級ハンターのダンジョン配信を見てなかったら、終わってた……!


「グルルッ……! ガォンッ!!」


 攻撃が不発に終わり、熊野郎が苛立たし気に俺に向かって吠える。正直ちびりそうだけど、これで奴のヘイトは俺に向いた……!

 強烈な殺気に肌を泡立たせながら、俺は樹上のゴスロリメイドに叫んだ。


「おい! 今のうちに逃げろ!」


「あっ……」


 彼女の返答を待たず、俺は踵を返して全力で走り始めた。


「あぐっ!?」


 その瞬間、背中に強烈な痛みと灼熱感が走った。


「グルァッ!」


 真後ろから響く咆吼。足を止めずにちらりを後ろを振り返ると、前脚を振り抜いた格好の奴が直ぐそこに迫っていた。

 奴とは十数mは距離があった筈なのに、一瞬で……!? あと数cm後ろに居たら即死だった……!

 その事に戦慄しながら更に強く地を蹴り、俺は来た道を戻ってダンジョンの出口に飛び込んだ。


 ズァッ……


 再び名状し難い音が響き、俺は元の千葉県の山中へと放り出された。

 着地をミスってずっこけてしまい、急いで立ち上がってダンジョンに背を向ける。


「ゴアァァァァッ!!」


 直後、当然のように追ってきた奴の咆吼が山中に響いた。それに追い立てられるように、俺はある場所を目指してひたすらに走った。

 この山は俺の庭だ。高低差のある地形や、木々の密集している場所を利用する事で、何とか奴の猛攻から逃げる事ができた。

 そして数分後にたどり着いたのは、木々がまばらで少し上り坂になっている場所だった。

 俺は上り坂の先にある薮の手前で足を止め、よろよろと背後を振り返った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 この時点で、俺の体には致命傷ギリギリの傷が幾つも刻まれていた。

 山道を全力疾走した上に出血多量。心臓は早鐘のように打ち頭がうまく働かない。もう限界だ。

 時々暗くなる視界の中、俺を追い詰めた熊野郎が苛立たしげな様子で牙を剥く。


「グルルルルッ…… ゴァァァッ!!」


 奴が咆吼を上げながら脚を(たわ)めた瞬間、俺は残された力を振り絞って真横へ飛んだ。


 ゴォッ!


 直前まで俺が居た場所を、鈍色(にびいろ)の疾風と化した奴が通り過ぎる。奴はそのまま薮を突き抜け…… ガクリと足を踏み外した。


「ゴアッ!?」


 焦ったような奴の唸り声に、俺は会心の笑みを浮かべた。

 奴を誘い込んだここは非常に危険な場所だ。上り坂な地形と藪のせいで見えずらいけど、藪のすぐ向こう側は高低差数十mの切り立った崖になっていているのだ。さらにその崖下には、不法投棄された太い鉄骨が剣山のように積まれてる。

 奴が上手くその上に落ちてくれれば、仕留め切れ無くても時間稼ぎにはなる筈だ。

 ゴスロリメイドももうダンジョンから脱出しているだろう。俺も早く山を降って、上級ハンターに応援要請を……!


 崖下に落ちていく奴を横目に、俺は走り出しそうとし--


「がはっ!?」


 突然強い痛みと衝撃が走り、俺の体は上空へ打ち上げられてしまった。

 何が……!? 混乱する俺の目に飛び込んできたのは、足をばたつかせながら崖下へ落ちていく熊野郎の姿だった。

 どうやらあのバタ足に蹴り上げられてしまったらしい。最後の最後に運の悪い……

 俺の体が上昇をやめ、奴の後を追うように崖下へ落ち始める。


「ギャッ……!」


 先行していた奴が鉄骨の剣山に頭から落下し、短い悲鳴を上げた。

 そして落下した姿勢のままビクビクと痙攣し始める。どうやら、上を向いていた鉄骨に口から突っ込み、そのまま串刺しになってしまったようだ。

 あの化け物も口の中までは頑丈では無かったらしい。しかし俺以上に運の無い奴だ。

 それを目にした俺の胸中に深い達成感と安堵が広がった。

 この高さから落ちたら俺も絶対に助からない。でも最後にあんな大物を仕留めて、さらに人一人助ける事ができたんだ。俺にしては悪くない人生だった……

 地面が急速に近づき、張り詰めていた緊張の糸が切れ、視界が黒く塗りつぶされて行く。


『--クスクスッ…… 狩人(カリウド)、見ツケタ……!』


 そして意識が途切れる直前、誰かの嬉しげな声を聞いた気がした。


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