黒い騎士ゲオルギオスとの戦い
金吾「わかっているな、メディアリア!!!」
メディアリア「はいっ!!」
金吾が口に土を含もうとした、その瞬間だった。
ゲオルギオスの姿が“跳ねた”──いや、消えた。
金吾「――っ!?」
反射だけで迅雷を発動し、金吾は紙一重で刃を避け続けた。
だが、口の中の土が喉を刺激し、えずきが込み上げてくる。
錬金魔法どころではなかった。ただ避けるだけで精一杯だった。
メディアリア「シャワーレイン!!」
頭上から降り注ぐのは、ただの水の雨。
しかし金吾にとっては──
金吾「っ!!」
氷の弾丸に変えるための“素材”だ。
金吾が魔力を流し込むと、雨粒は瞬時に凍りつき、鋭い氷柱となって降り注いだ。
ゲオルギオスは初めて動きを止め、距離を取る。
金吾「――っ!!」
金吾は続けざまに油を噴射した。
一見すれば火炎放射の前動作──そう思うだろう。
ゲオルギオスもそう判断し、水の壁を展開した。
――しかし。
油は炎を纏わず、そのまま水を貫通した。
ゲオルギオス「っ!?」
黒衣の腕に油がかかった瞬間、“熱いのか冷たいのか判別できない痛み”が走った。
ゲオルギオス「毒か? いや、これは……」
黒衣の男は腕を押さえ、わずかに身を引く。
表情は変わらない。
だが、目だけが鋭く細められた。
ゲオルギオス「……極低温の油。なるほど、よい工夫だ」
金吾「効いたか……っ!?」
金吾は口の中の土を吐き捨て、荒い息を整える。
喉の奥がまだ痙攣しているが、もう構っていられない。
ゲオルギオスは腕に付着した油に自ら火をつけた。
皮膚が焼ける匂いが漂う。
だが彼は眉一つ動かさず、低温を焼き切って動きを取り戻した。
ゲオルギオス「面白い。君の魔法……いや、“組み合わせ”は、実に興味深い」
その声音は、まるで実験材料を観察する学者のようだった。
金吾「嘘だろ……」
メディアリア「金吾さん、次……来ます!!」
ゲオルギオスの足元の影が、ふっと揺れた。
次の瞬間──
ゲオルギオス「……終わりだ」
黒衣の男の姿が、視界から消えた。
金吾「っ!!」
金吾は反射で地面を蹴り、横へ飛ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所を黒い刃が薙ぎ払った。
風圧だけで頬が裂ける。
金吾(速ぇ……!)
ゲオルギオスは影のように滑る動きで迫ってくる。
その軌道は読めない。
メディアリア「《ヴァトン・ヘッグ》!!」
メディアリアの斬撃魔法が飛ぶ。
だがゲオルギオスは、身体をわずかに傾けただけで避けた。
ゲオルギオス「悪くない。だが──軽い」
黒衣の男がメディアリアへ向き直る。
金吾「させるかよ!!」
金吾は迅雷で背後を取ろうと踏み込む。
だが──
ゲオルギオスの動きは、金吾の“予測の外側”にあった。
金吾「がはっっ!!」
視界の死角。
右側からの一撃が、金吾の首元をかすめた。なんとか致命傷に至らずに回避できたが、鋭い衝撃とともに、呼吸が一瞬止まるような一撃だった。
メディアリア「金吾さんっ!!!!」
それでも、おびただしい量の血が流れる。
視界が揺れ、足元がふらつく。
だが金吾は反射で剣に炎魔法をまとわせ、刀身を赤熱させた。
その熱を首元へ押し当て、強引に流れを抑え込む。
焼ける匂いが立ちのぼり、痛みが脳を突き抜けた。
それでも金吾は歯を食いしばり、倒れまいと踏みとどまる。
ゲオルギオス「見事だ!」
そこには敵意も怒りもない。ただ純粋な称賛だった。
だからこそ金吾は、妙に腹立たしいかった。
ゲオルギオス「即応性、判断力、そして魔法の応用……君は実に優秀だ。惜しいな。実に惜しい」
金吾「……まだ、終わってねぇよ……!」
ふらつく身体を無理やり支え、金吾は剣を構え直す。
メディアリアが震える声で叫んだ。
メディアリア「金吾さん、無理です……! 下がってください!!」
金吾「下がれねぇよ……追われておしまいだ……」
メディアリア「あれを……あれをやってみます」
金吾「!? わかった……」
金吾はメディアリアの側についた。
ゲオルギオスは静かに歩み寄る。
一歩ごとに、空気が重く沈んでいく。
ゲオルギオス「さて──続きだ」
メディアリア「はああああああああ!!!!!」
その叫びと同時に、小川の上流から轟音が響いた。
次の瞬間──
濁流が押し寄せた。
ゲオルギオス「っ!?」
それはメディアリアのギフト《アクア・レギュラ》。
水を操る力で川を一気に増水させ、濁流を生み出したのだ。
大地が揺れ、木々がしなり、濁った水が怒涛の勢いで押し寄せる。
さすがのゲオルギオスも、足場を奪われた。
黒衣の影が水に呑まれ、激流の中へと押し流されていく。
その姿は、あっという間に下流へ消えた。
メディアリア「あぁ……」
張り詰めていた魔力の糸がぷつりと切れ、メディアリアはその場に崩れ落ちた。
肩で息をし、指先が震えている。
限界まで魔力を絞り出した反動だった。
金吾「メディアリア……!」
金吾は駆け寄ろうとしたが、膝が折れそうになる。
首元の痛みと、全身の疲労が一気に押し寄せてきた。
それでも──倒れるわけにはいかなかった。
金吾は震える手でポーションを取り出し、喉へ流し込んだ。
温かい液体が体内に広がるが、まだ、力は戻らない。
金吾「……行くぞ……!」
メディアリアを抱え上げると、肉体強化魔法《迅雷》を発動させた。
視界がぶれる。
足元がふらつく。
――それでも、前へ。前へ。
森の木々が後ろへ流れていく。
風が耳を裂くように鳴り、金吾の呼吸は荒くなる。
金吾(追ってくる……かもしれねぇ……)
ゲオルギオスが濁流に呑まれたからといって、あの男がそう簡単にくたばるとは到底思えなかった。
だからこそ──止まれない。
金吾は歯を食いしばり、
村の灯りが見える方角へと、ただひたすらに走り続けた。
金吾「これが銀貨100枚だと、ふざけんな!!」
怒鳴り声は、もはや自分を奮い立たせるためのものだった。
メディアリアを抱えた腕が震え、足がもつれそうになる。
それでも──
村の灯りが見えた。
その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
金吾「……っ」
膝が折れ、視界が揺れ、身体が前へ倒れた。
ザルツブナ村の入口に辿り着いた瞬間、金吾は地面に崩れ落ちた。
土の匂いと、遠くで揺れる灯りだけが、意識の最後に残るだけだった。




