だが、勝者はいなかった
何事もなかったかのように、決闘は続けられる。
ライガに浴びせた一太刀は、果たしてルナの回復魔法と釣り合っていたのだろうか。
そんなことを考える者は、少ない。
意図的に考えない者は、多い。
金吾は何も言わなかった。それだけなのだ。
――そんなことはどうだっていい。
金吾にはただ、眼の前の勝利しか見えていない。
過去を精算する、明日への一歩を踏み出す――それが形として残ることだけが、金吾の望みなのだから。
膨大な魔力を使う「迅雷」魔法を支えているのは、メディアリアが生成したアリア・ペル・フォンスの水のおかげだ。
だが、それでも限界はある。
このまま消耗戦を続ければ、勝ち目はない。
金吾「勝機は、勝機を掴むには、命をかけなければならない」
ライガの剣を――
金吾「壊すためにはっ!!」
ライガ「オラアアアア!!!!!」
その瞬間、金吾の氷の斧は粉砕され、肩から胸にかけて大きく切り裂かれた。
メディアリア「嫌っ――いやあああああああああ!!!!!!」
鎖骨の部分で止まったとはいえ、その傷は誰の目にも致命傷に見えた。
ライガ「よ、よしっ!!」
勝負はついた――誰もがそう思った。
金吾「これが、ベスト。俺のベストは、これなんだ……」
金吾はゆっくりと、ライガの剣に手を当てた。
ライガは金吾の目を見る。
それは、諦めていない者の目、上級ランクの魔獣が見せるような、気高い光を宿した目だった。
ライガ「――っ!?」
次の瞬間、ライガの剣は、金吾の体内に刺さった部分から錆びて腐り落ちた。
体内錬成――刃が肉を裂いた、その接触部分を錬金で腐食させたのだ。
これが金吾の、二年間の研鑽の集大成だった。
ライガは慌てて剣を引き抜くが、その先端は折れていた。
金吾はその折れた切っ先を、口で咥える。
全ての力を振り絞り、その切っ先で、ライガを――
金吾「――っ!!」
折れた剣で、ライガは金吾の顔を切った。
右の目に大きな傷をつけるが――
金吾「――っ!!!!!!!!」
金吾は止まらない。
ライガの喉元に、切っ先が――
金吾「あぁ……」
――刺さらなかった。
刹那のところで、バルドルの腕が金吾の首を掴んでいた。
その傍らにはエレインがいた。
彼女が飛び込もうとした瞬間、バルドルがその前に立ち、金吾の一撃を止めた。
ただ、それだけだった。
金吾「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!」
右目からはおびただしい量の血が流れる。
金吾「どうしてお前は、お前らはっ!!!!!!」
叫びは、怒号でも悲鳴でもなかった。もっと原始的な、胸の奥を引き裂くような声だった。
――誰も何も言わない。
バルドルも、エレインも、観客も。ライガでさえ、息を呑んだまま動けずにいた。
金吾の肩が震え、血が滴り落ちる音だけが響く。
金吾「何が神聖な決闘だ!! なにが“次邪魔をすれば殺す”だ……キサマ!! キサマがっ!! 俺を起こさなければ……こんな世界に居なかったんだ!!!!!!! バルドルううううう!!!!!!!!!!」
その叫びは、怒りであり、恨みであり、絶望だった。
だがそれだけではない。
もっと深い、もっと暗い、“奪われ続けた者”だけが発することのできる声だった。
誰も、何も言えない。
言えるはずがない。
その声に込められたものが、あまりにも重すぎたからだ。
そして、それは金吾の人生そのものだった。
これまでも、そしてこれからも――
奪われ、踏みにじられ、否定され続けた人生。
論理も理屈もない、ただ、心の底から絞り出された叫びだった。
だからこそ、誰も何も言えなかった。
金吾の叫びは、決闘場の空気を震わせ、その場にいる全員の胸を、否応なく締めつけた。
なぜなら――
この場にいる者すべてが、“加担者”なのだから……
金吾「――っ」
その小さな声を最後に、金吾は崩れ落ちるように倒れた。
勝者だけが流した血の正しさを証明できる。
だが、この決闘に勝者は居ない。
――それが全てだった。




