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決闘を汚す行為

 ライガは一瞬だけ《メリュキュリオ・オブ・アイギス》を解除し、その隙に炎の海から跳び出したのだ。

 そして、身が焼ける前に再び水銀の守護盾を展開し、燃え盛る油のるつぼを背に、悪魔のような姿で立ち上がる。

 金吾は、その姿を見据えながら思考を巡らせた。

 水銀の守護盾を使われると、攻撃は通る。だが、致命傷にはならない。

 正気があるとすれば、もう一つのギフト、ラース・オブ・ライガだった。

 憤怒の雷帝、一撃で全てを粉砕する高火力強化ギフト。

 このギフトには明確な弱点があった。

 防御能力が極端に低下する。それにこのギフトが使えるのは、一瞬だけだった。だからこそ、接近戦で、勝機を見出したときにしか使わない。外せばそれだけで致命傷足り得るのだから。

 もっとも、ライガ本人はそれをデメリットだと思っていない。攻撃を受ける前に倒してしまえばいい――そんな単純な理屈で、今まで勝ってきたのだろう。

 だからこそ、そこに勝機がある。

 そして、最後のギフト。《アーカーシャ・オブ・エスパーダ》――剣の叡智。

 達人級の剣技を“見ただけで己のものとする”ギフト。

 だが、剣以外の武器は扱いが極端に難しくなる欠点がある。

 素手での戦闘も例外ではない。

 最初の目論見では、戦闘中に斧と取り替えて対応するつもりだった。

 しかし、その斧はすでに砕かれてしまった。

 ――ならば、別の手を使うしかない。

 剣を奪うか、他の武器を持たせるか。

 ――あるいは、その剣を壊すか。

ライガ「もう、小細工は通用しないぜ!」

 ライガが地を蹴った。

 ギフトすら使わず、ただの身体能力だけで金吾へ迫る。

 その速さと重さは、もはや人間の域ではなかった。

金吾「化け物が……!!」

 金吾はパイクリードを斧の形へと変質させる。

 使い慣れた剣の形では、ライガの剣技に飲まれるだけだ。

 ならば、剣ではない形で対抗するしかない。

 だが、それでも防戦一方だった。

 ライガの一挙手一投足が、致命傷となりえる中で、なんとかいなしていた。

 金吾は瞬間瞬間に「迅雷」を発動させ、その都度、身体能力を一時的に跳ね上げては、紙一重で攻撃をいなしていく。

 ほんの一瞬でも遅れれば、骨が砕ける。

 ほんの一撃でも受ければ、終わる。

 それでも金吾は踏みとどまった。

 斧を握る手に力を込め、呼吸を整え、次の一撃に備える。

 ――善戦していると言ってよかった、Sランク冒険者相手に、Bランクにもなっていない中年の冒険者が。

 その姿に、この場に集まった全ての者が驚き称賛することだろう。

  しかし、ただ一人だけ違和感を抱く者がいた。

 ――メディアリアだった。

 決闘そのものを否定するわけではない。

 その意思は確かに今も揺らいでいない。

 だが、これは違う。何かが決定的におかしい。

メディアリア「――おかしい、例えギフテッドだからって、おかしすぎる」

 金吾が二年間かけて練り上げた必勝の策。

 あの火力を見れば、誰だって無事では済まないと思う。

 それを“ギフテッドだから”で片付け、皆は納得している。

 ――本当に?

 ライガの身体には、確かにダメージの痕跡がある。

 だが、それが自己治癒で回復したとして――ここまで早く、ここまで戻るものだろうか。

メディアリア「ポーションを飲んだ素振りもないのに……」

 ライガの踏み込みが、先ほどよりも鋭い。

 呼吸も乱れていない。

 筋肉の張りも、疲労の色もない。

 まるで、戦闘が始まってから一度も消耗していないかのように。

メディアリア「……回復魔法?」

 彼女の視線が、観客席の端に立つ少女――天宮ルナへと向く。

 ルナは両手を胸の前で組み、祈るように目を閉じていた。

 その足元に、淡い光の粒が散っている。

メディアリア「――っ!!!!!!!!!!」

 その瞬間、メディアリアの髪が逆立った。

 魔力の流れが、皮膚を刺すように走る。

 怒りが、反射的に魔力へと変換された。

 無意識のまま、そう反射的に、彼女は放っていた。水の斬撃魔法ヴァトン・ヘッグを――

 水の斬撃魔法ヴァトン・ヘッグが、天宮ルナへ向かって一直線に走る。

 その威力は、これまでの彼女からは想像できないほど強かった。

 メディアリア自身の成長もある。

 だが、それ以上に――怒りが、魔力を押し上げていた

バルドル「――っ!?」

 咄嗟にバルドルがルナの前へ飛び込み、その身で斬撃を受け止めた。

水の刃が空気を裂き、地面を深く抉る。

ライガ「――っ? ち、力が抜ける!?」

 その瞬間、ライガの動きが鈍った。

 まるで、身体の芯から力が抜け落ちるように。

 金吾自身も、一瞬だけ何が起きたのかわからなかった。

 だが、その隙は確かに生まれていた。

 氷の斧が、ライガの身体を切り裂く。

 鈍い手応えが、金吾の腕に伝わった。

バルドル「どういうことだっ!?」

 あたりは騒然となっている。

メディアリア「殺してやるっ!! その女っ!! わたしが今殺す!!」

 叫びは、悲鳴にも似ていた。

 怒りと恐怖と焦燥が混ざり合い、制御の利かない魔力が全身から噴き出す。

 観客席がざわめき、空気が一気に張り詰める。

バルドル「待て、メディアリア!! 落ち着け!!」

 バルドルが声を張り上げるが、届かない。

 メディアリアの視界には、もうルナしか映っていなかった。

 彼女の中で、何かが決定的に切れていた。

メディアリア「回復魔法で……! 回復魔法でその男を……! 決闘を汚して……!! 金吾さんを……殺そうとして……!!」

 言葉にならない言葉が、喉から漏れる。

 怒りが魔力に変換され、周囲の空気が震えた。

 ルナの足元の光が、かすかに揺らぐ。

ルナ「……っ、違っ……私は……!」

 ルナの声は震えていた。

 だが、メディアリアの耳には届かない。

 彼女の怒りは、理屈では止まらない。

 その怒りに呼応するように、水が震え、空気が湿り、次の魔法が形を成し始める。

 金吾とライガの戦いが一瞬止まり、全員の視線がメディアリアへと向く。

金吾「……メディアリア!!」

 金吾の声が、ようやく彼女の耳に届いた。

 だが、その瞳はまだ怒りに染まっていた。

金吾「お、お前が殺したら、俺は無念だ……」

メディアリア「――っ」

金吾「そうだろう……? 俺の楽しみを奪うなよ……」

 その一言で、メディアリアは冷静さを取り戻した。

 怒りで荒れ狂っていた魔力の流れが、すっと静まる。

 胸の奥で暴れていた衝動が、金吾の声に引き戻されるように沈んでいく。

メディアリア「……っ、金吾……さん……」

 握りしめていた拳が震え、指先から水がぽたりと落ちた。

 魔法の形を成しかけていた水が、ただの雫へと戻る。

 呼吸が乱れ、視界が揺れる。

 怒りで熱くなっていた頭が、急激に冷えていく。

 金吾という男の不器用な優しさを、誰よりも理解できてしまえるから――

その事実が、怒りよりも強く、彼女の心を締めつけた。

メディアリア「うぅ……うっ……」

 声が震える。

 涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。

 水の魔力が霧散し、空気の湿り気がゆっくりと消えていく。

 さっきまで暴れていた魔力が、嘘のように静まっていく。

 観客のざわめきが戻り、バルドルが深く息を吐いた。

バルドル「……天宮ルナ、お前は神聖な決闘を汚した」

 その言葉は、静かだった。

 怒鳴り声ではない。

 だが、場にいた誰もが背筋を凍らせるほどの重みがあった。

 ルナの肩がびくりと震える。

ルナ「わ、私は……っ、ちが……っ……!」

 否定しようとする声は弱々しく、

 その足元に散っていた光の粒は、すでに消えかけていた。

 だが、誰も口を出さない。

 Sランク冒険者であり、“聖光の女王”と呼ばれる少女を、公然と非難する勇気はなかった。自分たちの同じSランク、仲間なのだから。

ルナ「そ、そもそも! こ、こんな無意味なこと、する必要なくない!? なんで殺し合わなくちゃいけないの!?」

 声は震え、言葉は空回りしていた。

 だが、その叫びは、誰かの心には届かない。

メディアリア「この――」

 怒りが喉まで込み上げる。

 だが、その一歩先を踏み出す前に――

バルドス「それは決闘の前にいうことだろ」

 低く、重い声が場を断ち切った。

ルナ「だって、あんな凄い炎だすなんて、思わないじゃん!?」

 泣き言のような声。

ルナ「そ、それに! 私その場にいなかったし!!」

 その瞬間、観客の空気がさらに冷えた。

バルドル「ふざけるなっ!! だったらこの場に来るんじゃねぇ!!」

 その声に、ルナは肩をピクッとはねさせる。

バルドル「決闘は、当人同士の力で決着をつけるものだ。外部からの干渉は、どんな理由があろうと許されねぇ」

 バルドルの視線が、鋭くルナを射抜く。

バルドル「道具はいい、回復アイテムを自分で使うのもいい、だがな、他人の手でそれを行うことは許されない。次やったら、俺が殺す」

 その言葉は脅しではなかった。

 ただの事実として告げられた“宣告”だった。

 ルナの顔から血の気が引いていく。

ルナ「……っ……わ、私は……ただ……」

 言い訳が喉でつかえ、声にならない。

 金吾のためでもない。

 ライガのためにもならない

 ただ、決闘の場を壊しただけだった。

 己の都合だけで、ライガを活かそうとする。

メディアリア(これが……敵っ、わたしたちの……敵っ!!!)

 胸の奥で、怒りとは違う熱が灯る。

 ――だが、金吾とライガの戦いは、まだ終わっていない。

 金吾とライガは、互いに距離を取りながら、メディアリアとルナの騒動を一瞬だけ見つめていた。

 ルナは震える唇を噛みしめ、

 バルドルの視線から逃げるように俯く。

 ライガは、まだ状況を理解しきれていないのか、ただ荒い呼吸を繰り返していた。

 そして――金吾だけが、静かに前を向いた。

金吾「……もういいか? 早くこの殺し合いを続けたいんだが」

 その声は、驚くほど落ち着いていた。

 まるで、今の混乱など最初から織り込み済みだったかのように。

バルドル「……ああ。外野の不正は、あとで裁く。だが、決闘は決闘だ。続けろ、金吾」

 バルドルの宣言が、場の空気を再び引き締める。

 観客たちが息を呑む中、金吾はゆっくりと斧を構え直した。

金吾「……さて。さっさとくたばれよ、クソ馬鹿ヤロウ」

 その声音には、怒りも焦りもなかった。

 ただ、静かな決意だけがあった。

 ライガは歯を食いしばり、その瞳に再び殺意を宿す。

ライガ「……ああ。これが本当の第二ラウンドだ、クソおっさん……!」

 炎の残り香が漂う決闘場で、ふたりの影が再び向かい合った。

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